第3話 ロック鳥の香草チキンソテー

「お……、おき……て、起きなさい、このバカ!」


 鋭い声が耳元で炸裂し、リュウジは目を覚ました。視界はぼやけ、頭はまだ夢の中に取り残されているようだった。


「痛ッてーーーッ!」


 頬に走る鈍痛。手を伸ばすと、じんわりと熱を持っている。


「イッテェな、もう……何だよ」


「アンタがいつまでも気持ちよさそうに寝ているから、ついね」


 少女は腕を組み、呆れ顔で見下ろしていた。揺れる焚き火の灯りが、彼女の整った顔立ちを照らしている。


「そんなんで叩かれてたら命がいくつあっても足りないわ」


「あら、そんな言い方しなくても。こんな美少女が起こしてあげたというのに」


(クソッ、自分のことを美少女って普通は言わないだろ。確かに可愛くはあるが……って、イカン、イカン。相手のペースに持ってかれる)


 リュウジは頭を振り、周囲を見渡した。崩落の衝撃で落下したはずの場所には、意外にも安堵を感じさせる静寂が広がっていた。焚き火は煌々と燃え、壁面には無数の木の根が張り巡らされている。水滴が根を伝い、床に落ちるたびにピチャリと音を立てていた。


「そういえば、ロックバードは?」


「あんた、どこに目をつけてんの。そこにいるでしょ」


 少女が顎で示した先には、巨大なロックバードの死骸が横たわっていた。より近くで見ると、その迫力はさらに増していた。鋭い嘴と爪、硬質な茶色の羽——1枚1枚が人の太腿ほどの幅を持つ。


「うげっ……。そうだ、俺たち、襲われていて……って、そいつ動かないのか?」


「大丈夫よ。死んでるわ。アッチは打ちどころが悪かったみたいね」


 まさか、あの怪鳥をクッションにして助かるとは。リュウジは胸を撫で下ろしながらも、空腹がこみ上げてきた。


 ぐぅー。


「安心したら腹減ったな」


「竹砂糖くらいしかないわよ」


 少女はバックからこぶし大の竹を取り出し、側面をダガーで削った。中から甘い汁が垂れ、彼女はそれを無造作に舐め取る。


 しかし、それだけでは満たされない。いずれ鳴り響く腹の音の合唱。互いに顔を見合わせ、赤面しながらも、次第に表情が崩れ、最後には空腹に耐えかねて溜息が漏れた。


「コイツ、食えるんじゃねーか?」


「アンタ、まさか魔獣を食べようとか考えてんじゃないでしょうね」


「いや、まぁ……その、まさかだ」


 リュウジはロックバードの死骸を見つめ、決意したように立ち上がる。少女の呆れた視線を感じながらも、空腹が背中を押した。


 彼は羽を剥ぎ取り始めた。それは「剥ぐ」というより「引っこ抜く」に近い。全身の力を込め、まるで大きなカブを抜くように一本一本を引き抜いていく。次第に鳥の肌が露わになり、薄桃色の筋肉が現れた。


「ダガー、借りるぞ」


「ちょ、ちょっと!」


 少女の制止をよそに、リュウジは器用に肉を捌き始めた。筋繊維に沿って太腿の肉を切り出し、皮には細かな穴を開ける。


「もう、勝手に他人のダガーを取らないでよ!」


 彼は少女の叱責を受け流しつつ、焚き火でフライパンを熱した。武器として奮闘したそのフライパンは、今や調理器具としての本領を発揮する。


 皮を下にして肉を焼く。ジュウッという音とともに、肉から脂が溢れ出した。


「ほら、見なさい!魔物の油は獣臭くて食べられたもんじゃないわ。諦めなさい。砂糖を舐めてりゃ死にはしないわよ」


「大丈夫、任せとけ。絶対に美味いメシ、食わしてやるよ」


 跳ねる油に怯まず、リュウジは肉を押さえつけながら揚げ焼きにした。塩もコショウもないこの異世界で、美味しくできる確信はない。だが、彼には料理人としてのプライドがあった。


「アチッ!」「もう、ホントに大丈夫?」


「大丈夫。なんとかなるって」


 リュウジは地面に生えていた野草を摘み、ひとつまみ口に含んだ。苦みの奥に感じる爽やかな風味——バジルに似ている。それにオレガノ、レモングラス、タイム……そしてナツメグに似た実まである。


「あんた何やってんの!空腹で頭がどうかしちゃった?それは雑草よ」


「違う!雑草なんかじゃない。これは……いける!」


 彼は細長い野草をフライパンに敷き、肉をひっくり返す。少女が心配そうに見つめる中、先ほどまで獣臭かった油の香りは、芳醇なオリーブオイルのような匂いへと変わっていった。


 カリッと焼き上がった皮からは、食欲をそそる香ばしい香りが漂い、チリチリという音と共に空腹を刺激する。


 ゴクリ——少女が生唾を飲み込む音が、暗闇の遺跡に響き渡った。

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