第4話 ルルティア・コネクト
ほのかに薫る爽やかな香草と、濃厚な肉の香りが調和する。少女は居ても立っても居られず、バックパックから食器を取り出す。
壁から滴る地下水で食器を洗い、壁面にびっちりと伸びた木の根をダガーで削って即席の箸を作る。その手際は、まるで何度もこうした状況を経験してきたかのように無駄がない。
「ねぇ。まだなの?」
少女の急かす声にリュウジは苦笑し、首を振った。彼女の焦燥感が理解できるほど、チリチリと油の跳ねる音と芳醇な香りは食欲を刺激してやまない。
「できた! ロックバードの香草チキンソテー」
リュウジは誇らしげにフライパンを傾け、こんがりと焼き上がった肉を皿に盛り付けた。トッピングされた細長い野草は、まるでハーブサラダのように彩りを添えている。カリカリの皮に包まれた厚切りの肉に、香草オイルソースがたっぷりとかかる。
「ちきんそてー? 何よ、そのふざけたネーミングセンス」
「まぁ、いいから食ってみろって」
少女は疑念を隠さないまま箸を構えた。「一口だけよ。不味かったら食べないからね。だいたい魔獣を食べるなんて宗教的に……」
——カリッ。
「美味しい!」
頬張った瞬間、少女の目が驚きに見開かれた。カリッとした皮の下から溢れ出す肉汁。爽やかな香草の薫りが少女の食欲をさらに掻き立てる。口いっぱいに広がる濃厚な旨味と、思った以上に柔らかい食感。
「美味しいじゃない! 魔獣を食べ物にしちゃうなんて、アンタ何者よ?」
「俺はリュウジ。これでも料理研究家だ」
「りょうり? まっ、いいわ。美味しいし。アタシはルルティア・コネクト。みんなはアタシのことをルティって呼ぶわ。よろしく!」
「おぅ、よろしく。ルティ」
差し出された右手を握り、しっかりと握手を交わす。ルティは挨拶も早々に再び箸を動かした。よほど美味かったのか、ソテーを次々に口へ運ぶ。
満面の笑みで頬張るルティの顔は、先ほどまでの険しい表情とは一変し、年相応の少女らしさを取り戻していた。リュウジはその様子を見ながら、華奢な少女が一人で魔獣討伐をしなければならない世界の過酷さを考える。
「確かに美味いな」
リュウジも遅れて一口かじる。カリッとした皮を噛み切ると、肉汁が溢れた。筋肉質かと思いきや、意外にも柔らかい肉質。塩もコショウもないのに、本来の旨みだけで十分に味わい深い。
さらに一口。
焦げた香草の爽やかな風味が鼻を抜ける。バジルに似た清涼感、レモングラスを思わせる微かな酸味——野草がスパイスとして肉と調和し、口当たりを軽やかにしている。
「はぁ、美味しかった」
「もう食べ終わったのか?」
「ええ、お腹いっぱいに食べたのなんて、いつぶりかしらね? まさか魔獣を食べるなんて……驚きよ」
「まぁ、チキンソテーは昔から作ってるからな。美味くできて当然!」
「昔から……ロックバードを?」
「さすがに、こんな馬鹿でかい鳥は初めてだ。でも、鳥を料理することに代わりはないだろ」
ルティは満面の笑みから困惑の表情に変わった。異世界では鳥を食材にすることが珍しいのかもしれない。
「りょうり? 食べ物を作れるってことは、リュウジはアクアベイルの出身なの?」
「知らん名前だな。産まれも育ちも日本の千葉市だ。千葉って言っても田舎の方でさ……」
「にほん、ちば? 何それ? リュウジのファミリーネームは?」
——ファミリーネームって苗字のことだよな?
「藤咲リュウジ。藤咲だ」
「フジサキ? ……変わった名前ね。アクアベイルで無ければディシュバーニー? もしかして、私の出身と一緒? でも、そんなファミリーネームは聞いたことないわ」
「何ブツブツ言ってんだ」
「あぁ、もう。やめやめ。これからのことは朝になったら考えるとして、交代で仮眠を取りましょ。アタシはお腹がいっぱい。眠いから先に寝る。アンタは見張り。じゃあ、おやすみ」
ルティは吹っ切れた様子で淡々と喋り、了承を得る前にゴロンと横になった。リュウジは押しに押される形で、小さな声で「おやすみ」と少女の背中に言葉をかけた。
遺跡の中は、薪のはぜる音と石壁から滴る水の音だけが響く。リュウジはあくびを一つ、崩落した天井を見上げた。その先、瓦解した隙間からは満点の星空が広がっていた。
その異様な光景に、リュウジは改めて——自分が異世界にいるのだと実感するのだった。
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