第27話 フルート協奏曲『ごしきひわ』

 一週間、二週間と時はグングンと流れていき、気付けば五月が終わろうとしていた。

 さて、五月末から何があるでしょうか。


「それじゃー、中間テストの問題用紙解答用紙配るぞー」


 はい。答えは、中間テストでしたー。

 例によって、アリスは別室受験。


 中間テストは三日かけて行われる。


 一日目は英語表現、化学基礎。

 二日目は日本史、数学Ⅰ、現代文。

 三日目は数学A、コミュ英、古文。


 嫌がらせだろうか?

 テストの予定表が配られた時、私は愕然とした。


 数字を扱う理系科目と、文系科目がごちゃ混ぜにしてあるじゃないか。

 配点が五十点ずつなら、数学Ⅰと数学Aはまとめてくれればいいのに……!! 


 この順番を考えた先生は、性格が悪いに違いない。


「SVO、SVC、SVOO……」

「小松、うるさいぞー」

「す、すみません監督っ!」


 うわ、文法をぶつぶつ呟いてた小松が注意された。

 一組を担当する日焼けした先生は、どうやら野球部の顧問だったようで、小松はビシリと背筋を正していた。


「それじゃあ、合図でテストを始めてください――始め!」


 高校の授業内容を試される初めてのテストだ。

 四方八方から、一斉にコピー用紙をめくる音が聞こえて来た。


 テスト後――。


「うーん、簡単だったね?」

「な、南條さん……もしかして頭いい?」

「いや、私よりアリスの方が頭は良いと思うけど……小松、英表苦手なの?」


 ノートを眺めつつ、空気の抜けた風船みたいな小松と会話してたら、すぐに次のテストが始まって――終わった。


 アリスと合流して早速音楽室へ、と思ったけどそうは問屋が卸さない。

 テスト一週間前から、許可された部活を除いて、活動を停止しないといけないのだ。いわゆるテスト期間ってやつ。


 当然、吹部も活動停止。

 もどかしいけど、私たちは高校生。勉強という本分を投げ捨てて、部活に熱中はできない。


「じゃーねー和奏」

「うん、また明日~」


 進路指導室の入口に、アリスが立っているのを見つけた。

 一組の女子と手を振り合って、アリスを迎えに行った。


「アリス、テストお疲れ様!」

「あっ! 和奏ちゃんも、お疲れ様でした」

「バスの時間まであと二十分はあるけど、どうする?」


 アリスが盲目だというのは、バスを利用する生徒にとっては周知の事実。

 先輩や同級生の心遣いで、アリスは優先席を譲ってもらえる。


 二十分も立ってバスを待つのも馬鹿らしい――という訳で、バスの時間まで教室で駄弁だべることにした。


 教室には、私たちしかいなくなっていた。

 そうなれば、話の内容は来月の中旬に迫ったコンクールの話になる。


「手続きは、先生がやってくれたから、あとは出るだけだよね?」

「はい。ところで和奏ちゃん」

「んー?」

「その……感覚は戻ってきていますか?」


 言い辛そうに、私のブレザーのすそをちょこんとつまんで俯いている。


「うーん、全盛期――とまでは言わないけど、それなりに戻って来てはいるよ? それがどうしたの?」

「いえ……このコンクールは元々、私が強引に参加を決めたようなものですし、もし調子が戻らなかったら、コンクールは辞退しても良いと思っているんです」


 まあ、辞退は最終手段ですけどね――とアリスは付け加えた。

 その提案を聞いて、怒るよりも前に自分が情けないと感じてしまった。


「心配かけちゃってごめん。でも、大丈夫」

「和奏ちゃん……」


 最近、アリスは早起きができるようになりつつある。

 アリスだって苦手を克服するために頑張ってる。


「親友がこんなに頑張ってるのに、私だけ頑張らないなんて恰好悪いじゃん?」


 ブランクのせいで演奏はボロボロだったけど、それでも全盛期の七割までには戻ってきてる。テスト明けから、追い込みをかければやれなくはない。


「ねえアリス」

「はい」

「私にも、意地ってもんがあるのよ」


 親友としても、音楽家としても、ね。

 そんなアリスの期待に応えずして、何が隣に立つだ。


「あっ……」


 ブレザーをつまんでいるアリスの手をそっと包み込む。


「待ってなさい。絶対、コンクールに間に合わせてみせるから」

「はい……はいっ!」



 そうして中間テストの全日程を消化した放課後。

 午前中で放課にも関わらず、私たちは音楽室へやってきた。


「さてと、コンクールまであと二週間、か」

「はい、今週中にコンクール曲の練習も始めないと、いくら私と和奏ちゃんでも間に合いません」


 ピアノの天板の上でフルートを組み立てながら、脳内でスケジュールを組み立てて行く。


「楽譜をなぞるだけだったら一週間あれば十分だけど、解釈がねぇ……」

「はい。『ごしきひわ』が演奏機会の多い曲だからといって、解釈の手間を惜しむと、審査員の方には一瞬で見抜かれてしまいますからね」

「だねぇ~」


 楽譜をぺらりぺらりと捲りながら、ようやく『ごしきひわ』の楽譜を開いた。


「まあ知ってたけど、いきなり音の跳躍インターバルが多いんだよねぇ……」

「でも、とっても美しくて、フルートの旋律が綺麗ないい曲です」

「ヴィヴァルディ様~、どうか私に想像を超えるような解釈を与えたまえ~」


 音楽室に飾ってあるヴィヴァルディの肖像画へ、手を合わせて拝んでみた。

 何故なら、この曲はかの有名なヴィヴァルディの曲だからだ。


「それ、効果あるんですか?」

「もしかしたら、ヴィヴァルディが枕元に立ってくれるかもしれないじゃん?」

「……私もやってみましょうか」


 アリスが私の冗談を真に受けそうになったので、慌てて止めさせた。

 てへっ、ごめんなさい。


「全くもうっ! 早く音源を流してくださいっ!」

「はーい」


 備品のCDプレーヤーに、『ごしきひわ』のCDを入れて再生ボタンを押した。少し音質が悪いけど、私の尊敬しているプロ奏者の『ごしきひわ』が流れ出した。


「あぁ~、さすがはフルートの名手、倉井先生だぁ」

「和奏ちゃん、静かに!」

「あ、ハイ……」


『ごしきひわ』は、正式名称をフルート協奏曲『ごしきひわ』RV.428という。

 フルート吹きならほとんどの人が知っている、ポピュラーな曲だ。


 一章から三章までの構成で、演奏時間はだいたい十一分。

 五色ひわ、というスズメ目アトリ科の鳥が曲のタイトルになっている通り、鳥の鳴き声や自然の情景を表現できる曲だ。


 素晴らしい。

 途切れなく流れるフレーズに、ちょっぴりダークで豊かな音色。


 演奏を聞いていると澄んだ青空の下、木々の間を駆け抜ける爽やかな涼風をイメージしてしまう。


 耳を澄ませると、サァァと風に揺られた葉音に混じってほら、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 木々の間を、ぴょんぴょんと移動してるに違いない。お目当ては木の実かな?


 倉井先生は多分……『ごしきひわ』と森の朝の風景を、意識しながら吹いているのだろう。先生のイメージと違うかもしれないけど、私はそう解釈した。


 ――とまあ、解釈って言っても単純に鳥になり切って、鳥の鳴き声をイメージした演奏をすればいいってわけじゃないんだよね。


「さて、和奏ちゃん。和奏ちゃんは、この曲に何を感じましたか?」

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