第3話 帰路
私が頭を抱えていると、その雰囲気を察したのか、アリスから声を掛けられた。
「和奏ちゃん、大丈夫ですよ。私は、こんな賞をいただけて嬉しいです」
「そうなんだ……私はてっきり、悔しがるんじゃないかと思ってたんだ」
全国大会まで来た以上、アリスはトロフィーを目指しているものとばかり思っていた。
これなら慰める必要はなさそうだ、と肩から力が抜けた。
いつの間にか、私は緊張していたらしい。
「よし、それじゃあ帰ろうか」
「はいっ」
新幹線の時間にはまだ早いけど、私たちは移動に時間が掛かるから早めに動くことにする。アリスの右手が腕を伝って、私の左肩へと乗せられる。
「それじゃあ歩くね」
「お願いします、和奏ちゃん」
アリスに声を掛けてから、ゆっくりと歩き始めた。
さきほどよりは少なくなったお母様軍団に、ペコペコとお辞儀をしながら会場を脱出する。
ピークの時より人が少なくなったとはいえ、緊張する。
忙しなく行きかう人々の間を、アリスを伴ってなんとか通り抜ける。
「はぁ……緊張したぁ……」
「ふふっ、和奏ちゃんのそんな声は久しぶりに聞きました」
会場から少し遠ざかると、私は盛大に息を吐いた。
つくづく、うちの市は田舎なんだってことを実感させられる。
歩道の点字ブロックの上を歩きながら、アリスはくすくすと楽しそうに笑う。
何だか、私の苦労を分かってもらえていないような気がして、少しだけ唇を尖らせる。
「前からも左右からも、ズンズン人が近付いてくるんだよ? 緊張もするって……」
「そうですねぇ……確かに、色んな方向から足音が聞こえてきました。あの中を一人で歩けと言われても、足が
いや、本当に緊張した。
中学校に通う時は、あんな人混みを通ることなんてないから、段差にだけ気を付けていればよかった。だけど、都会は歩いてくる人にも気を付けないといけない。
「
「あら? 和奏ちゃんは都会に憧れていたんじゃなかったですか?」
私は、生まれも育ちも八代市。
修学旅行も近場だったし、都会にある種の幻想を抱いていた。
「今日で一気に自信無くなっちゃったよぉ~~~」
「ふふ、それは困りましたね?」
「笑いごとじゃないんだってば~」
空いている左手で、私の肩に乗っているアリスの手の平をちょんちょんと突く。
「ふふっ! 止めてください、和奏ちゃん!」
アリスはくすぐったそうに笑う。
アリスとじゃれ合っていて、本当に何気なく後ろを振り返った時だった。
私たちのすぐ後ろまで、音もなく自転車がやってきていた。
「――アリス危ないっ!!」
「ぇ――?」
私は、未だに笑いが止まらないアリスの手を握ると、強引に歩道の壁側へと引き寄せて抱きしめた。
直後、私のリュックを掠めるようにして自転車が通り過ぎていく。
点字ブロックの上は走りにくいはずなのに、わざわざ走っていくのを見てカッと頭に血が上る。
「あの――」
「チッ、並んで歩くなっ――!!」
怒り心頭な私に、自転車に乗っていたおじさんが怒声が浴びせてきて、一瞬で冷や水を浴びせられた気分だった。
一言二言、文句を言ってやるつもりだったのに、口がうまく動かなかった。
反射的に、私の体に力が入る。一瞬、鼓動を忘れていた心臓が早鐘を打つように、ドッドッと動き始めた。
知らなかった。
大人の男の人って、怒鳴るとあんなに怖いんだ。
楽しそうに笑っていたアリスは、突然の出来事に顔を
私の責任だ。もしかしたらアリスに大怪我を負わせていたかもしれない……。
こんなんじゃ、アリスの親友失格だ。
体の震えを押し殺しながら、私の不注意をアリスに謝る。
「ご、ごめんアリス……後ろから自転車が来てたのに、話に夢中で気が付かなかった」
「いいえ、和奏ちゃん。それなら私だってお話に夢中で、音に気付きませんでした」
アリスがふるふると首を振る。
気丈にも、アリスは微笑みながら言う。
「和奏ちゃん、私を助けてくれてありがとうございます」
「ううん…………たまたまだよ。でも、何事も無くて良かった」
本当にたまたま、私が後ろを振り返っていなければアリスはどうなっただろう。
もしかすると、二度と歩けないほどの怪我を負っていたかもしれない。
ゾッとした。
そして、駅でお母さんから言われていたことを思い出した。
『和奏、都会には気を付けなさい。近所が全員顔見知りな八代と違って、色んな人がいるからね』
お母さんの言う通りだった。
コンクールが終ったからって、気を緩めちゃダメなんだ。
「和奏ちゃん?」
「ごめん、アリス。もうちょっとだけ、このままでいたい……」
左手で、アリスの背中を二度三度、
するとアリスも、私の背中とリュックの間に手を滑り込ませてきた。
互いを抱きしめ合う。
アリスの心臓も、ドクドクと脈打っているのが分かる。
「怖かったね、アリス」
「はい、和奏ちゃん……」
そうして互いを抱きしめ合っていると、少しずつ鼓動が落ち着いてきた。
「急に抱きしめてごめんね」
「もう、和奏ちゃんは悪くないんですから、これ以上謝ったら怒りますよ?」
「う、うん、ごめ――じゃなくて、ありがとう。アリスのお陰で落ち着いたよ」
「それじゃあ、そろそろ離れませんか? その……少し恥ずかしいです」
よく考えれば、人の往来がある歩道で抱きしめ合って、私たちは何をやっていたのだろうか。
恐怖が静まってくると、じわじわと
ゆっくりと、
アリスの顔が少し赤い。
……多分、私の顔も同じくらい赤くなっているはずだ。
私たちは、そそくさとその場を後にした。
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