エピローグ 女神の救い

『亜人狩り』をしていた勇者達との戦いが終わって、一時の平穏が訪れた。

 スノウバード王国の王族、特に勇者を管理していたマルティーナは血眼になって『金色の殲滅者』の正体を突き止めようとするだろうが、彼らが一鉄のところまでたどり着くことはない。

 王族にとっても『亜人狩り』は表沙汰にしたくはない恥部。大々的に一鉄のことを犯罪者として指名手配するわけにはいかない。


 そもそも、無能勇者として追い出された一鉄が最強の勇者である天馬や竜也を倒しただなんて誰も思ってはいないだろう。

 ブラッドレイ・ファミリーが偽装工作をせずとも、捜査線上に上がることすらないはずである。


「平和だな……」


「おーい、そっちそっち!」


「順番ぬかすなよ! 横入り禁止!」


 一鉄は木陰でのんびりと寛いでいた。ぼんやりと見つめる視線の先では、孤児院の子供達が庭で遊んでいる。

 子供達はブランコやすべり台、ジャングルジムなどの遊具を使ってキャアキャアとはしゃいでいる。


 これらの遊具は一鉄が金を出して、孤児院に寄贈したものである。

 大工や職人に設計図を描いて渡したところ、彼らは見事に日本にあったそれらを再現してくれた。

 王都内にある公園に同じような遊具を設置して良いか聞かれたので、特に問題ないと答えておいた。


「平和か……どの面をさげてって話だよな」


 一鉄は笑顔で走り回る子供達を眺めながら、皮肉そうに唇を吊り上げる。


 一鉄はクラスメイトを殺した。

 自分がやったことが間違っているとは思わないし、微塵も後悔はしていない。

 だが……それでも、終わった今になって鬱屈感に襲われているのも事実である。


(あの馬鹿達にも家族がいた。日本に心配して、帰りを待っている人達がいる……)


 仮に元の世界に帰還する方法があるとしても、一鉄が殺した五人が家族のところに帰る日は来ない。永遠に。

 その機会を奪ったのは一鉄である。


(俺は死んだら、もっとも深い地獄に堕ちるだろう……だけど、歩みを止めるつもりはない)


「このジャングルジムってやつ、すげーたのしい!」


「頂上まで競争だよー!」


 子供達が笑っている。

 一鉄が人殺しで稼いだ金で作った遊具で遊びながら、嬉しそうにはしゃいでいる。


(人殺しで得た金のおかげであの子達の笑顔がある。遊具だけじゃない。夕飯のおかずが豪勢になったのだって、俺が人を殺した結果だ)


 汚い金で子供を救ったって誰も喜ばない……心の綺麗な聖人はきっと、そんな優しい言葉をかけてくれるだろう。

 だけど……一鉄はそうは思わない。


(金は金だ。綺麗も汚いもあるもんか)


 一鉄は両親を亡くして日本の施設で育ったが、そこでの生活は酷いものだった。

 寄付金が足りなくて、お腹いっぱい食事を摂れたことはない。クリスマスの贈り物は折紙やビー玉、メンコが一枚二枚という有様。

 国から補助金は出ていたとのことだが……今、思い返してみれば、どこかで誰かが着服していたのだろう。それらの金が一鉄達のところまで届いたことはない。

 貧しさに耐えかねて、年長の少女らの中には身体を売っていた者までいたほどだ。


(ここにいる子供達にそんな生活はさせるものか。絶対に、どんな手段を使ってでも幸せにしてやる……!)


 たとえ人殺しによって手に入れた金であったとしても。

 その金で子供達が十分な食事を摂ることができ、笑って生きていくことができるのであればそれで良い。

 そのためにならば、いくらでも手を汚してみせる。何人だって殺してみせる。


 一鉄がしていることは、たぶん正義ではないのだろう。

 一鉄は殺し屋。裏社会に生きる悪党だ。これから先も陽の目を見る生活なんてありえなくて、最後もろくな死に方はしないはず。


(それでいい。暗闇の荒野で生きて、そして誰に看取られることもなく死ぬ。それこそが俺に相応しい)


「……難しい顔をしていますね? 考え事ですか?」


「む……」


 鈴が鳴るような涼しげな声が降ってきた。

 木陰で横になったまま声の主を見上げると、修道服に身を包んだ美女が立っていた。


「セーラさん」


 シスター・セーラ。この孤児院の管理者であり、一鉄にとっては荒んでいた心を救ってくれた恩人である。


「悩み事ですか? 私で良ければ話を聞きますけど……」


「そんな大したものじゃありませんよ。朝ごはんを食べ過ぎたのか、腹が痛いなって思ってただけです」


「ああ……それは良くありませんね。失礼します」


「うっ……!?」


 適当な出まかせだったのだが、セーラが予想外の行動に出た。

 地べたに横になっていた一鉄の傍らに膝をついて、腹部を撫ではじめたのだ。


「せ、セーラさん?」


「こうすると腹痛が良くなるんですよ」


「そ、そうなんですか?」


「私もお腹が弱くて、よく姉がさすってくれたものです。もう何年も会ってはいませんけど」


「…………」


 セーラの姉……ルーナ・ブラッドレイは闇ギルドの長として裏社会で生きている。そのことをセーラは知っているのだろうか?

 妹がギャングの女帝として君臨していること。そして、一鉄がその手下として多くの人を殺めて、その金で孤児院に食べ物や遊び道具を寄贈していることを知ったら、セーラはどんな反応をするのだろうか。


(悲しむか、それとも怒るのか……どっちも見たくないな。できることなら)


「大丈夫ですよ、一鉄さん」


「へ……?」


「大丈夫です。私は貴方を許します」


 セーラが穏やかな……天上から愚かな人間の所業を見下ろす女神のように、一鉄に言葉を投げかける。


「貴方も姉と同じ。自分の誇りを守るような生き方を選んだのでしょう? 私には貴方達が何を背負っているのかはわかりませんが……二人のことを許します。きっと、偉大にして寛容なる女神もまた同じでしょう。だから、何も心配はいりません」


「…………」


「どうか御心のままに、穏やかに生きていてください。貴方にはその権利があるのですから」


「何というか……ズルいなあ、本当に」


 優しすぎる言葉をかけられて、不覚にも一鉄は涙が出そうになった。

 これまでギリギリのところで堪えていた感情が決壊してしまいそうだ。

 一鉄は左腕で目元を隠した。セーラは何も言わず、今度は頭を撫でてくれる。

 優しい手つき。柔らかな感触。温かな体温。

 不意に訪れた幸福な時間に、まるで本当に自分の犯した罪が許されたような気分になる。


(本当に……この人と出会えただけで、これまでの人生で訪れた不幸が全て帳消しになる気がするよ……)


 このまま穏やかな日々に身を投じてしまえば、どれだけ幸せだろう。

 それでも……一鉄はこれからも裏社会の殺し屋として人を殺し続ける。

 生きる価値のないクズを殺して、未来ある子供達のために命を使う……それが一鉄の生きる道。貫くべき美学なのだから。


 悪を殺す。殲滅をする。

 裏社会に名を轟かせる最強の殺し屋――『金色の殲滅者』の殲滅美学はまだまだ始まったばかりなのだから。



 






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新作小説を投稿いたしました。



ダンジョンは努力しか勝たん

~クラスメイトがチートを失ったが努力家の俺には関係ない~

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チート無し。努力の力のみでダンジョンを攻略するストーリーです。

こちらの作品もどうぞよろしくお願いします!

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金色の殲滅者 無能で捨てられた勇者だが、投げ銭したら城が崩壊した レオナールD @dontokoifuta0605

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