第4話 孤児院と聖女と子供

「あ、セーラ姉ちゃんがまた誰か拾ってきた!」


「珍しい! 男の人だ!」


「セーラ姉ちゃんが男を連れてきたぞー! あいじんだあいじんー!」


 納屋のすぐ傍にある孤児院に足を踏み入れると、途端に騒がしい声が浴びせられた。

 ボロボロの服を着た子供達が一鉄とセーラの周囲に集まってきて、わあわあと騒ぎ出したのである。


「兄ちゃんもセーラ姉ちゃんに拾われたのか? ヒドい顔してるな!」


「親から捨てられたのか? オレ達と一緒だな。遊んでやるからこっち来いよ!」


「えっと……あー……」


「フフッ」


 左右にわりついてくる子供。

 一鉄が困惑した顔でセーラの方を振り向くと、穏やかな笑顔が返ってきた。


「よろしければ、遊んであげてくれませんか? 夕食の準備ができるまで時間がありますし……この子達の相手をしてあげてください」


「べ、別に良いけど……いや、良いのか本当に?」


 見知らぬ男性に子供を預けるだなんて、日本だったら噴飯ものの暴挙である。

 一鉄はまだ、セーラに自分の名前すら教えていないというのに。


「そういえば聞いていませんでしたね? お名前は何と仰るのですか?」


「……一鉄です。銭形一鉄」


「一鉄さんですね? 自己紹介が終わったのでもう知り合いです。遠慮なく寛いでいってくださいな」


「ええ……そんなんで良いのか……」


 危機感がなさ過ぎる。

 この美人のシスターは人を疑うという心を持っていないのだろうか。

 これほどの美貌。男から狙われることだってあっただろうに、よく今日まで生きてこられたものである。


「イッテツ兄ちゃんだな! よし、こっちに来いよ!」


「お、おいおい……」


「遊んでやる。遠慮するなって!」


 数人の少年達が一鉄を引っ張っていく。

 子供に引きずられるようにして、一鉄は孤児院の奥へと連れていかれた。


「オレの名前はアルトだ! ここにいる子供達のリーダーなんだぜ。兄ちゃんも今日からオレの子分にしてやるよ!」


 ニカッと笑って言ってくるのは十歳ほどの浅黒い肌の少年である。

 アルトと名乗った少年に連れていかれたのは広い部屋で、散らかった空間には積み木やボロボロの人形が転がっていた。

 おそらく、孤児院にいる子供達の遊び場なのだろう。


「ほら、これがこの家のトレンドの遊びだ。『デーモンクラッシャー』っていうんだぜ!」


 アルトが木箱から取り出したボールを一鉄に渡してきた。

 ボールとは言ったが、中に空気を入れたゴム製のものではない。木を削って球体にした物のようだ。

 アルトは続いて取り出したコケシのような形状の物体を十本、少し離れた場所に立てて並べていく。


「そこからボールを投げて、こっちの的を何本倒せたか競うんだ! この的は悪魔だからやっつけないとダメなんだぜ!」


「だから『デーモンクラッシャー』か……すごい名前だから、どんな遊びかと思ったよ」


 ボーリングのような遊びのようである。

 球を転がすのではなく投げるという点で異なっているため、モルックにも近い。


(そういえば……ボーリングも元々は魔除けの儀式がゲーム化したものだって、本に書いてあったような?)


「じゃあ、オレからやるぜ! せいっ!」


 アルトが慣れたフォームでボールを投げると、十本のピンのうち七本が倒れた。


「どうだ、スゲエだろ!」


「さすがはアルトあんちゃんだ! たくさん倒れたぞ!」


「このゲームでアルト君に勝てる奴なんていないぜ!」


「ハッハッハ! 今日もオレの圧勝だな!」


 孤児院の子供達に持て囃されて、アルトが得意げに胸を張る。


「ほら、次はイッテツ兄ちゃんの番だぜ! やってみろよ!」


「いいけどな……そんなに難しいゲームでもなさそうだし」


 一鉄は手渡されたボールを手の中で転がしながら、設置されたピンに目を向ける。

 実のところ……一鉄はこの手の的当てゲームが得意だったりする。

 ボーリングは初回プレイで200以上のスコアを出すことができたし、ダーツも数回投げただけでコツを掴んでど真ん中に的中できるようになった。

 メンコ遊びも子供の頃に流行ったのだが、無双的な強さで近所の子供達の絶対王者として君臨していた。


「ほいっ」


 軽いかけ声と共に投げられたボールが狙い通りに先頭のピンに命中して、他のピンを巻き込んで倒していく。


「なあっ!?」


「うわあ! 全部倒れたぞ!」


 アルトが驚きの声を上げ、子供達からも喝采が上がる。

 一鉄が投げたボールは見事に全てのピンを倒していた。ストライクだ。


「や、やるじゃないか……へこんだ顔してるからザコかと思ったのに、見直したぜ」


「雑魚だと思われてたのか……俺は。そんなに酷い顔をしているのかな?」


 アルトの悔しそうな言葉に一鉄は苦笑した。

 色々とあったせいで落ち込んでいたが、子供達にも沈んだ内心を読まれていたらしい。


(もしかして……強引に遊びに誘われたのは、慰めようとしてくれたのかな?)


 子供に気を遣われるだなんてみっともない。

 一鉄はひとまず自分の頭を悩ませているアレコレを追い払い、子供達に笑顔を向けた。


「これは俺の勝ちってことで良いのかな?」


「ま、待てよ! 一回勝負だなんて言ってないだろ!」


 アルトが慌てた様子でボールを握り、一鉄に向けて突き出してくる。


「三回勝負だ! 先に二回勝った方が勝者だからな!」


「別に良いけど……負けても泣かないでくれよ?」


「泣くもんか! すぐに吠え面かかせてやるから見てろよな!」


 アルトが「ウワーッ!」とムキになった様子で喚きながら、並べ直したピンに向かってボールを投げつける。周りでは他の子供もわあわあと騒いでいた。


「ハハッ……懐かしいなあ、もう」


 そんな喧騒に一鉄は心地良さそうに目を細める。

 一鉄も彼らと同じ。幼少時に親を失って施設で育った孤児だった。

 一鉄の両親は詐欺の被害に遭って財産を失い、貧困を苦にして首を吊ってしまったのだ。

 残された一鉄はある宗教団体が経営していた施設に引き取られることになり、似たような境遇の子供達と一緒に生活してきた。

 高校に入ってからはバイト代と奨学金を使って独立していたが、時々、施設に戻って子供達と遊んでいた。


(思えば、随分と遠くまで来てしまったものだな……もう、俺はあの子達に会うことはできないのだろうか?)


 一鉄はしみじみと悲しい気持ちになる。

 この世界に召喚された際に結んだ約束では、『魔王種』と呼ばれる強力な魔物を倒すことができたら元の世界に帰してくれるという話だった。

 しかし、役立たずだからと一鉄を追い出したマルティーナの対応を見るに、彼女が誠実に約束を守ってくれるとはとても思えない。


(俺はたぶん、日本に帰ることはできないんだろうな……いや、仮に帰れたとして、あの子達に合わせる顔があるのか……?)


 一鉄は大勢の人を殺してしまった……ちゃんと確認はしていないが、一気に上がったレベルから察するにそうなのだろう。

 人殺しになってしまった自分が日本という平和主義を重んじる国に帰って、全てをなかったことにして子供達と顔を合わせる資格があるのだろうか?


「あ、兄ちゃん。また暗い顔になってるぜ!」


 再び表情を曇らせた一鉄に、アルトがボールを突き出してくる。


「俺は九本も倒したぜ! その様子だと、二回戦は俺の勝ちだな!」


「……おいおい、もう勝ったつもりかよ。気が早いなあ」


 一鉄はボールを受けとり、反対の手でアルトの頭をポンポンと叩く。


「絶対王者というのは、必ず勝利する宿命を背負っているからこその『王者』なんだぜ? 格の違いってやつを教えてやるよ!」


 一鉄は好戦的に笑って、ボールを構えた。

 やってしまったことはなかったことにはならない。

 それでも……自分が落ち込んでいるせいで、ここにいる子供達の笑顔まで曇らせるわけにはいかない。


 一鉄が投げたボールは先ほどと同じように綺麗な放物線を描いて、狙い通りの場所へと命中した。

 全てのピンが一斉に倒れて……二本先取。

 これで二勝〇敗。一鉄の勝利が決まった瞬間である。

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