第5話 意図せぬ復讐(前編)
「ああ、スッキリした! ようやく無能な勇者を片付けることができましたわ!」
時間はわずかに遡って、スノウバード王国の王城にて。
銭形一鉄……『金遣い』の勇者を追い出したマルティーナ王女は、晴れ晴れとした顔で満面の笑みを浮かべた。
「勇者という称号は選ばれし戦士にこそ与えられるべきもの。あのような小銭を投げるしか取り柄の無いゴミクズが名乗っていたことに虫唾が走っていたのです! 皆さんのおかげで、今日から気持ちよく眠ることができそうですわ!」
「ハッ! まったくだぜ。目ざわりなカスが消えてくれて清々した!」
マルティーナの言葉に山名竜也がニヤつきながら賛同した。
実のところ、竜也は日本にいた頃から一鉄のことを嫌っている。
それはかなり個人的な私怨が原因であり、異世界に召喚されてからはどうにかして一鉄のことを追い出したいと機会を窺っていた。
「二人とも、笑い過ぎだよ……そんなことよりも、約束は守ってもらえるんだろうね?」
喜ぶ二人に横から声をかけたのは白谷天馬である。
勇者のリーダー格である天馬が、貴公子のような秀麗な顔にわずかな憂いを浮かべる。
「この僕にクラスメイトを裏切るなんて汚れ役をさせたんだ。ちゃんと約束通りに見返りをもらえるんだろう?」
「ああ……そうでしたわね。心配せずとも、約束は果たしますわ」
マルティーナは喜んでいたところに水を差されて、わずかに不快そうな表情をする。
竜也は心の底から一鉄のことを嫌っていたために追放に協力したのだが、天馬はマルティーナと取引をしており、報酬目当てで協力していた。
「それでは、こちらにお越しください。お望み通り……お二人のレベルを大きく上昇させる方法を教えてさしあげますわ」
マルティーナが先導して、城の中に二人を案内する。
彼らが一鉄追放の見返りとして提示されていたのは、レベル上げへの協力である。
勇者の中でも特に武闘派である天馬と竜也はレベル上げに執心しており、とにかく強くなることにこだわっていた。
特に天馬は上昇志向が強い。『聖剣使いの勇者』というクラスメイトではもっとも戦闘向きの能力を得ながらも満足することはなく、さらなる力を求めていたのである。
(せっかく、異世界に召喚されて特別な力を授かったんだ。『四十一人の勇者の一人』だなんて有象無象の地位は僕に相応しくない)
天馬は思う。
自分にふさわしいのは『
国の頂点に君臨して、大勢の臣下と国民に侍られる……そんな立場こそが自分にふさわしい。
今はマルティーナに従っているが……いずれは彼女も、その父親である国王をも超える権力を手に入れてスノウバード王国を手中に収めてやろう。
天馬は涼しげな甘いマスクの下で、そんな野心をたぎらせていた。
(マルティーナは性格が悪いけど、一応は王女様だからね。この国を支配するための正当性も必要だし。まあ、妃の一人としてハーレムに加えてやるさ)
天馬が爽やかな笑みをうかべながら欲望を燃やしていることに、まだ誰も気がついていない。
野望を前に出すことはしない。今は隠れて牙を研いで、力を蓄えるべき時期なのだから。
「こちらですわ。天馬様、竜哉様」
二人を先導して、マルティーナがとある階段の前までやってきた。
「この先は政治犯などの囚人が収容される場所です。今は誰も入ってはいませんが……この最上階にはある『怪物』が収容されているのです」
「怪物……それは興味深いね」
「ええ、とても面白い『怪物』ですわ」
マルティーナがクスクスと微笑みながら、らせん階段を上っていく。
天馬と竜哉も後に続く。
やがて、三人は城の尖塔の最上階へとたどり着いた。
マルティーナが鍵で黒い金属の扉を押すと、ギシギシと錆びついた音を鳴らして開いて部屋の内部が露わになる。
「これは……!」
「マジかよ……スゲエ美人じゃねえか……!」
天馬と竜也が驚きに目を見開く。
開かれた扉の先は窓のないレンガに囲まれた部屋である。そこには鎖で拘束された裸の女性が天井からぶら下がっていた。
マゼンタ色の鮮やかな髪を伸ばした女性は固く瞼を閉ざしている。
その容貌は欠点が一つたりとも見当たらないほど整っていて、完璧すぎてかえって作り物じみていた。
まるで一流の芸術家が生涯を賭して完成させた蝋人形のよう。整いすぎていて、現実味というものが失われている。
「これは人間ではありません。『魔王種』と呼ばれる人類の天敵たる魔物の一匹で『屍王グレモリー』といいます」
この世界には魔物と呼ばれるモンスターがいる。
『魔王種』は様々な種族の魔物から突発的に現れる存在であり、同種の魔物をはるかに凌駕する力を有していた。
その存在はまさしく人類の天敵。
魔王種の魔物が人里に現れれば、町はたちまち飲み込まれて国は滅び、人間が蟻のように踏み潰されることだろう。
「我がスノウバード王国はノース大陸で唯一の人間国家ですが、その支配領域は大陸の十分の一にも届きません。獣人や亜人といったゴミ種族が
北方にある山脈には『鳥王ハルファス』が。
東方にある平原には『蟲王デカラビア』が。
西方にある樹海には『狼王マルコシアス』が。
南方にある大海には『氷王ダゴン』が。
四方を魔王種の生息域に囲まれているおかげでスノウバード王国は他の大陸の国々から攻め込まれたりはしないものの、現在以上に領土を広げることができずに発展が妨げられていた。
「皆さんを勇者として召喚したのも、魔王種を排除することにより、スノウバード王国を繁栄に導くことが目的です」
「この女がその魔王種ってことか? どうみても人間……いや、人間離れしちゃいるが、形は人にしか見えねえぞ?」
竜也が『屍王グレモリー』から視線を逸らすことなく訊ねた。
「『屍王グレモリー』はヴァンパイアの突然変異によって生まれた魔王種です。我々の祖先がこの地に流れ着いた際、彼女は古城の奥深くに眠っていたらしく、当時の国王が魔法の鎖によって封印を施しました」
「寝込みを襲ったってことか? なかなか、やることが汚ねえじゃねえか」
「そうでもしなければ魔王種に勝てませんから。幸い、グレモリーは今日まで目を覚ますことなく眠り続けています……もしも目を覚ませば、その瞬間に封印の鎖が弾け飛んでしまうかもしれませんが」
「……話を本題に戻してくれ。彼女と僕達のレベル上げがどう関係しているんだ?」
天馬はどこか悔しそうな表情をしていた。
病的なまでに上昇意欲の強い天馬は、あらゆるジャンルで一番にならなければ気が済まない性格である。
『美しさ』という点でグレモリーに圧倒的敗北を喫したことで、その態度にはわずかであったが苛立ちの色が見えていた。
「簡単なことですわ。天馬様、御二人にはこれからグレモリーを殺してもらいます」
「は……殺すだと?」
「何だって? 聞き間違いじゃないよね?」
「ええ、聞き間違いではありません。確かに殺してもらうと言いましたよ」
驚く二人に、マルティーナがにこやかに言い放つ。
「魔王種という強力な魔物を殺し、マナを吸収することでレベル上げをしてもらいます。この女を糧として喰らえば、二人は驚くような成長を遂げることでしょう」
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