第3話 初めてのレベルアップ

「ハア、ハア……な、何だったんだ。いったい……?」


 たっぷり五分ほど棒立ちになっていた一鉄であったが……このままでは不味いことになると気がつき、あの場から走って逃走した。

 一鉄が焦りながら逃げ込んだのはスラムにあった納屋のような建物である。

 ボロボロで人がいるような気配も無く、鍵もかかっていなくて簡単に入ることができた。


(アレは俺がやったんだよな……ありえないだろ。俺は無能な『金遣い』の勇者じゃなかったのか……?)


 一鉄は息を整えながら状況を整理する。

 脳裏の思い出されるのは、一鉄が投げたコインが黄金色の光となって城を貫く光景である。

 城にいた頃に戦闘訓練として何度かコインを投げていたが……あんなことが起こったのは初めてだ。


(俺のレベルは1だぞ……城を壊せるほどの力があるわけがない……)


「ステータス」


 一鉄が確認のためにステータスボードを表示させると、そこには驚くべき情報が記載されていた。


――――――――――――――――――――

銭形一鉄

ギフト:金使いの勇者 Lv57

【体力】10/570

【魔力】0/0

【攻撃】1

【防御】570

【敏捷】570

【知力】1

スキル

・ステータスボード

・投げ銭

・小銭拾い NEW!(レベル15にて修得)

・両替え  NEW!(レベル30にて修得)

・貯金箱  NEW!(レベル45にて修得)

――――――――――――――――――――


「ブッ! れ、レベル57……?」


 ステータスがとんでもない数字になっていて、おまけに新しいスキルまで修得している。

【小銭拾い】と【両替え】と【貯金箱】――どれも何とも言えない微妙そうな能力なのだが、それでも確かに新しいスキルが加わっていた。

 数値としては、防御と敏捷が大幅に上がっている。

 上昇率は1レベルに付き10ずつ。それでいて攻撃と知力はまったく上がってない。どれだけ極端なステータスだというのだろう。


(落ち着け……冷静になれ。こういう時に焦ったら決まって悪いことになる。落ち着いて情報を精査するんだ……)


「攻撃力が1のまま。つまり、俺の【投げ銭】の威力はそもそもステータスの数値に左右されないということか?」


 一鉄はあえて声に出してつぶやく。

 独り言というよりも、口から言葉として紡ぐことで情報を明確化したかったのだ。

 先ほど城を撃ち抜いた攻撃を見る限り、本当に攻撃力が1ということは有り得ない。

 それならば……城での訓練と先ほどとで、いったいどんな違いがあるというのだろう。


「……投げたコインの種類か!」


 一鉄はすぐに答えにたどり着いた。

 城の訓練時にスキルを試した際、一鉄は『銭貨』を使用していた。

 この国で流通している貨幣で『1Wz』の価値がある一円玉のようなコインだ。

 対して、先ほど城を破壊した際には『金貨』を使用した。『10万Wz』の価値がある金貨を。


「もしかして……俺の攻撃力はステータスじゃなくて、投げたコインの金銭的価値で決まるのか……?」


 1Wzの価値しかない銭貨を投げれば『1』の威力の攻撃に。

 10万Wzの価値がある金貨を投げれば『10万』の威力の攻撃に変わる……それが『金使いの勇者』の力。【投げ銭】というスキルの効力なのではないか。


「だとしたら……チョーヤバくね?」


 思わず、これまで一度も使ったことのないギャル語を口にしてしまう程度にはヤバい。

 召喚された四十一人の高校生……勇者の中で最強なのは、『聖剣使いの勇者』である白谷天馬だ。

 天馬がこれ見よがしに自慢していたステータスの攻撃力は『500』程度だった。

 虎の子であるスキル……【聖剣召喚】を使用したとしても上昇幅はせいぜい二倍。『1000』ほどの威力の攻撃力ということになる。

 一鉄の予測が正しいのであれば、金貨で【投げ銭】をした際の攻撃力は『10万』。全力を出した天馬の百倍の攻撃力を持っていることになってしまう。


(待てよ……攻撃力『10万』はあくまでも金貨を使用した場合だ。もっと金銭的価値の高いコインを使ったのなら、さらに破壊力が増すんじゃ……?)


 この国の通貨であるWzは全て硬貨であり、紙の通貨は存在しない。

 それぞれの貨幣の価値は次のとおりである。


銭貨  1Wz

銅貨  10Wz

大銅貨 100Wz

銀貨  1000Wz

大銀貨 1万Wz

金貨  10万Wz

大金貨 100万Wz

白金貨 1000万Wz


 ちなみに……Wzの価値は日本円とほぼ変わらない。

 先ほど投げた金貨は消滅してしまったため、一鉄は10万円を無駄にしてしまったことになる。


(一撃で10万を消費するとなると相当に金がかかることになるが、金の消費さえ飲み込んでしまえばムチャクチャ強いよな……このスキル)


 金貨の一撃で城の一部を吹っ飛ばしたのだ。

 仮に大金貨や白金貨を連発してしまえば、国だって落とせる可能性がある。


(金貨の威力を小型のミサイルと同等として、白金貨はその百倍。核兵器クラスの威力があるんじゃないか……?)


「怖い……自分の潜在能力ポテンシャルが怖すぎる……」


 ある意味では、能力の真価がわかる前に追い出されたのは幸運だったのかもしれない。

 あの傲慢な王女が一鉄の力を正確に把握していたのであれば、容赦なく利用することだろう。

 敵対している勢力に送り込み、戦争の道具として利用されるに決まっている。


(あの女に利用されなくて助かったということか……それはそうとして、どうして俺のレベルが上がったんだ……?)


『レベル』は生き物を殺し、その生命力を取り込むことによって上昇する。

 この世界に生まれた人間には存在しない能力。ギフトと並んで、勇者を勇者たらしめる特別な力だった。

 レベルは生き物を殺さなければ上がらない。つまり、一鉄が放った攻撃によって不特定多数の命が失われ、その結果としてレベルが上がったということになる。


(俺はもしかして、大勢の人を殺してしまったのか……城を破壊した一撃によって、何人もの人が命を落として……)


「ウプッ……!」


 恐るべき事実に気がついてしまい、一鉄は思わず胃の中身を吐き出しそうになってしまった。

 今さらながら、自分が大量殺人犯になってしまったのではないかという実感が湧いてきたのである。


「俺は……何てことを……」


「……もし、どうかされましたか?」


「…………!」


 自分の身体を抱きしめるようにして震える一鉄であったが、その背中に声をかけてくる人間がいた。

 弾かれたように顔を上げると、いつの間にか納屋に一人の女性が入ってきており、一鉄のことを心配そうに見つめている。


「顔色がとても悪いですよ? 身体も震えていますし……大丈夫ですか?」


「あ、貴女はいったい……?」


「申し遅れました。私はこの孤児院でシスターをしておりますセーラと申します」


「こ、孤児院……?」


 一鉄は怪訝な声を漏らしながら、セーラと名乗った女性を目に映す。

 セーラの年齢は二十歳ほどであり、シスターという肩書の通りに黒い修道服を身につけていた。

 容姿は厳しめに判定してもかなりの美女である。整った優しげな相貌、青い瞳、滝のように流れる金色の髪は宗教画に描かれた聖母のようにすら見えた。


「どなたかは存じませんが……よほど辛いことがあったのでしょう。よろしければ、お話を聞きますよ?」


「それは…………いえ、大丈夫です」


 包み込むような優しい言葉に思わず全てを語りそうになる一鉄であったが、すんでのところで言葉を飲み込んだ。

 会ったばかりの女性に『自分は城を吹き飛ばしたテロリスト(?)で大勢の人を殺してしまったかもしれません』などと口にできるわけがない。


 セーラが裏切って一鉄を売るのではないかと疑っているわけではないが、事情を明かすということは巻き込むことと同じである。

 話す必要がないことは黙っていた方が良いに決まっている。


「その……お邪魔しました。すぐに出ていきますから、大丈夫です……」


 一鉄はいまだ震える脚に力を入れて、どうにか立ち上がる。

 ボロボロになって破れた壁の隙間から外に目をやると、この納屋に隣接して二階建ての建物が立っていた。

 どうやら、あれがセーラのいう孤児院のようだ。この納屋は孤児院が所有している物置か何かだったのだろう。


「……勝手に入ってすみません。失礼します」


 一鉄はフラフラとした足取りで納屋から出ていこうとする。だが……そんな一鉄の手をセーラが掴んだ。


「あ、待ってください!」


「へ……?」


「今にも倒れそうな方を外に送り出すわけにはいきません! せめて、夕食だけでも召し上がっていってください!」


「ゆ、夕食……?」


 セーラの提案に一鉄が目を瞬かせた。

 セーラの目から見れば、一鉄は孤児院の物置に勝手に入って休んでいた不法侵入者である。

 そんな一鉄を食事に誘うだなんて、どれほどのお人好しだというのだろう。


(断るべきだ……初対面の相手にそこまで甘えるわけにはいかない)


「…………温かい」


 けれど、掴まれた手のぬくもりに一鉄は拒絶の言葉を口にすることができなくなってしまう。

 この世界に召喚されて無能者の烙印を押されてから、人から優しくされたことはほとんどなかった。


 マルティーナをはじめとしたスノウバード王国の人間からは『ハズレ勇者』として蔑まれ、竜也や天馬からは『金遣いの役立たず』だと侮蔑を受けている。

 クラスメイトの中には、少数だが一鉄を気遣ってくれた者もいたが……彼らも余裕があるわけではなく、救いの手を差し伸べてはくれなかった。


 数ヵ月ぶりに人の優しさに触れて、一鉄は胸からこみ上げてくる何かに涙が出そうになる。


「ゆ、夕飯だけなら……ごちそうになります。その、ありがとうございます……」


 一鉄は涙を堪えて、どうにか感謝の言葉を絞り出したのであった。

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