成仏できない

@seventy_

成仏できない

交通事故にあった事を気付いたのは今。ちょっと潰れた自分が交差点で血を流しながら倒れている。こうしてみると、第三者視点で世界を見るのは面白い。宙にも浮けるし。


だが、気になったのは霊になった原因だ。よく言われているのは、未練がある時らしいが、特に思い当たらない。私は現在大学四年生で、卒論を書き、卒業、また就職先も決まっている。友達も普通にいる。でも正直働きたくないから22歳で死んじゃえればなぁなんて考えていたし、中一の時に作った、「友達とやりたいことリスト」は今までの人生で全てチェックを付けた。


強いて言うなら、恋人、なのかな。同じ大学の同級生。でもよくある浮気だか嫉妬だかは全くしていないし、別れてもいない。ただ普通に遊びに行ったり、カラオケ行ったり、デートではあるけど、The大学生な激しい恋愛ではなかった。


とりあえず、全く心当たりが無いので、この霊界で未練を探すことにした。







彼の家に着く。これ、すごい移動が楽。速度は自分で調節出来る。壁なんて無いような物。だが、彼の家のドアをすり抜け中に侵入するのは、少しだけ抵抗がある。今まで彼が鍵を差し込み、回す、そして「どうぞ」と言ってドアを開く、という7秒のひと手間がもう無く、ただ入るしかないという現実に、ちょつとだけ死を感じた。


まあ入るしかないので、入ってみた。狭いが整頓された玄関。2mの廊下、洗面台、ほぼ使っていないキッチン、そして先にはワンルーム。ここに彼はいた。まだ、私が死んだ事には気付いていないから、呑気にLINEしている。


「電話」

「まだ?」

「寝ちゃった?」

「今日疲れてたのかな、おやすみ」


現在の時刻は23時21分。毎日23時から始まる30分の電話。なぜ30分と決めているかというと、電話をズルズル引きずったせいで2人とも1限目にある授業の単位を全て落としそうになったからだ。


寝ちゃった?なんて言ってますけど、私、もう覚めれないからね。


あ、ていうか自分の身体置いてきちゃった。今どこにいるんだろう。まあいいか、別にここで私生きてるし。死んでるけど。






日付が代わり、朝。一応霊でも人間らしい事は出来た。立ちながらだけど、彼が寝るタイミングで一緒に寝て、目覚ましの音で一緒に起きた。まるで同棲しているようだ。どうせ彼に同棲を提案したら断られるんだろうけど。同棲だけに。ここ、私が生きてこれを伝えられていれば、クスッと笑ってくれたのだろうか。


バタバタと支度をし始めたタイミングで、着信音がする。スマホには、兄の名前が表示されている。


「朝にごめんね、本当は直接伝えたかったんだけど」


兄は、私が亡くなったこと、葬式の事を伝えて、早々と電話を切った。


彼は淡々としていた。話が終わったら、朝の準備を再開している。なんて無慈悲なんだ。霊でも心の中は読めないから、少しだけ彼に憤りを覚える。


彼が着替えをする際、手に取ったグレーのパーカーに、よりグレーが濃くなった円が2つできた。今まで後ろを追っていたけど、不思議に思って覗き込む。


なんだ、泣いてるじゃん。鼻も啜らないし、崩れ落ちもしないし、想像していた泣き方では無いけど、静かに数滴の涙を落とす様子は、彼らしいのかもしれない。






葬式は無事執り行われた。みんな私の為に黒い服を着て、泣いたり、思い出を語ったりしている。出来れば混ぜて欲しいけど、死んだ人と思い出を語り合うのは気持ち悪い。


火葬の様子も別に見れはしたけど、見なかった。流石に今まで鏡で見たことしかなかった私が現実にいて、燃やされている様子を見るのは、ホラー映画を嗜んでいた私でも非常にこたえるものがある。よく一緒に映画見てたなあ。


また、気になったのは彼の様子だった。あの日から私は未練を探すために色んな所を旅していたので家には行っていなかったが、なんだか少し、ほんの少しだけ、顔色が悪い。葬式後の食事も断っていた。そそくさと帰る彼についていく。


家に着くと、驚いた。まず、玄関にはアロマスティック。香りものは嫌いだったはずなのに。キッチンには、調味料が揃えられていた。彼は食に無頓着で全然料理はしない。


そして廊下を抜けた先、世界が変わっていた。


今までの景色とは対照的に、部屋を彩る要素が消えていた。撮った写真を飾る額縁、旅行のお土産に買っていた置物、本棚等、文化的な物は全て消えていた。たった2日ここに来なかっただけでこうなっているとは。


それからというもの、彼はどんどん趣味を増やし、お金をかけるようになっていた。釣り、ハイキング、読書、ジム、料理など、私が生きている頃はなんにも趣味がなく、デートも全部当たり障りの無い場所、またはこの家だったのに。


彼の空っぽになったワンルームは、私の知らない物が増えていった。


でも、このワンルームは覚えているから大丈夫と思っていた矢先、彼は帰宅途中不動産に寄った。引越しを考えているとの事だ。


すぐに引越し先を決め、彼は前の家よりも少し田舎な町で暮らし始めた。もう、私が知っている物はほぼ無くなっていた。


次に、彼は七輪と炭、着火剤を買った。料理という趣味にさらに磨きがかかっている。秋刀魚でも焼くのか。


家に帰ると、トイレに買った荷物と共に入る。七輪を組み立て、炭を入れる。そして着火剤に手を伸ばした。黙々と煙が上がる様子をただ、じっと見ていた。


後出しだけど、彼の様子がおかしい事なんて分かっていた。特に収入源も無い彼に、趣味を沢山始める余裕なんて無い。引越しなんて特にそうだ。でも、あの思い出の詰まった部屋だけは、汚したくなかったんだろう。


心霊現象によくある、物を落として驚かせて故人を思い出させるなんてことは出来なかった。思い出して、生きてしまうからだ。


本当は寂しかった。話したかった。ただ見守るだけで、話す事は出来ないし、どんどん私の関わりがある物が消えていって、彼は私を忘れようとした。その事実に胸が苦しくなるけど、見ているしか無かった。


私の未練は、彼と一緒に生きて死ぬ事。


彼が倒れる。


私たちは、周りのように愛を形にすることはなかったけれど、一緒に居るだけで安心するという事、それが愛を示していた。


彼の体から少し透けた彼が現れる。数秒後、彼は泣いていた。ありえないくらいに。


ああ、貴方も同じ事を思ってくれていたんだ。でも、私が死んじゃったら、達成できないもんね。


これじゃあこの先ずっと、成仏出来ないじゃん。


まあでもいっか、霊界だとしても、リアルに干渉出来なくても、2人で居られるからね。


いつか地球が爆発しても、幽霊だから大丈夫だね。


成仏できないなんて、ちょっと怖いものがあるけど、でも、貴方となら、ちょっと楽しみかも。

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