第3話 いつもお越しに来てくれていたよね

――翌日  病院のベッドの上で暇を持て余していた時に妃那乃がお見舞いに来てくれた


  *食事をほとんど手を付けていないのを妃那乃が見つける


妃那  あれ、全然食べてないじゃん


参治  ああ、いや。腹が減っていないわけじゃないけどさ。病院のメシってなんでこんなに美味しくないんだろうなって


妃那  ああ、じゃあちょうどよかったかも。はいこれ


 *妃那乃お弁当箱を出す


参治  これは?


妃那  うん、昨日ね。ウチの家でみんなで食事をするっていうことになっていたのよ。それで準備していたんだけど、参治が事故するからさ


参治  いやあ、面目ない


妃那  それで、せっかく作ったのに参治の分余らせちゃったから持ってきたのよ


参治  今、食ってもいいか


妃那  もちろんいいけど、お弁当で冷えているし、昨日つくったやつだし、口に合わなくても怒らないでよね――ってもうたべてるし!

(*参治は会話の途中で弁当箱をあけてハンバーグを食べる)


参治  うわー、やっぱ冷めていても妃那乃のかあさんが作るハンバーグは絶品だよな


妃那  もう、そういうことはちゃんと覚えているのね。あたしのことは忘れちゃったのに


参治  い、いやあ、その……でも、あれだ。俺はさ、このハンバーグがほんとに好きでさ


妃那  ふーん。それで、美味しくできてるかな?


参治  そりゃあそうさ。この味だけは絶対に忘れてなんかいないからな。いつも通り、最高に美味しいハンバーグだ


妃那  それ、ママが作ったハンバーグじゃないんだけど?


参治  え、まじ?


妃那  マジマジ


参治  いや、だってこれ……


妃那  あたしがママに教えてもらいながら作ったのよ。だから、参治の胃袋を掴んだのはあたしってこと。どう? 嫁にもらいたくなったでしょ?


参治  あ、ああ(――それは心の底から思った言葉だ)



*日曜日、病室の片づけをしながら退院の準備をする参治と妃那乃


参治  さあて、病院での精密検査も無事終わったし、ようやく退院だ


妃那  本当に何もなかったの?


参治  うん、特に問題ないみたいだよ。記憶がまだちゃんと戻らないのは、事故によるショックのせいだろうって。普通に生活していればそのうち戻るっていう話


妃那  そう、それならばいいんだけど


  参治  ――無事退院することにはなったが、妃那乃はいまだに恋人であることが嘘だったと言わない。おかげで俺もすっかり記憶が全部戻っていることを言い出せないままになってしまった。明日からは普通に学校に行くのだけど、果たしてこのまま続けていて大丈夫なのだろうか

 というかそれならそれで、こっちから妃那乃をからかってやるというのも悪くないかもしれない。今までさんざんからかわれてきたからな



*一緒に家まで帰る途中の道。



妃那  明日から学校、ちゃんと起きられるの? 一週間近くも入院生活してたから生活リズム狂ったんじゃない?


参治  ああ、確かにそうかもな。でも、朝は妃那のが起こしに来てくれるんだよな?


妃那  え?


参治  あれ? 前は毎朝俺の部屋まで起こしに来てくれてなかったっけ? 記憶、違いだったかな? ごめん。まだ記憶がはっきり戻っていなくて……


妃那  う、ううん。そんなことないよ。もちろんあしただってちゃんと起こしに行くから



*妃那乃視点、妃那乃目が覚めて目覚まし時計を確認


妃那  あ、やっばーい。寝坊しちゃったよ~。今日の朝は参治の家に起こしに行くって約束したのに、今からのんびり準備していたら間に合わないじゃない! 朝ごはんを食べるのはあきらめるしかない


  *妃那乃 急いでで準備をする。参治の家の玄関を開ける


妃那  おはようございまーす


  *参治の母親がキッチンで朝食を作っている


参治母  あら、ひなのちゃんおはよう。起こしに来てくれたのね。あ、もう朝ごはん食べた? よかったら一緒に食べていってね


妃那  ああ、たすかりますう


 *妃那乃参治の部屋に入る。参治はベッドの上で眠ったまま


妃那  参治、朝だよおきなさーい

 *妃那乃布団の上からたたく、が起きない


妃那  ねえ、いつまで寝てんのよおきなさいって

 *妃那乃両手で体をゆする

参治  もうちょっと、もうちょっとだけ


妃那乃 こいつ、寝ぼけてるわね。せっかくあたしが起こしに来てあげたっていうのにそれは無いでしょ。えいっ

  *妃那乃、布団を引きはがす


参治  ああっ

  *参治、寝ぼけたままとられた布団と間違えて妃那乃の手を掴み引っ張る。

妃那  きゃあ

  *妃那乃ベッドの上に倒れ込む。参治、寝ぼけたまま妃那乃を抱き枕のように抱きしめる


妃那  もう、いい加減起きなさいよって……ああ、参治の体のにおい、なんだか落ち着くなあ……

  *妃那乃、目をつむる。参治、目を覚まし、瞼をこする


参治  うわあ、な、なんで妃那乃がここに!


妃那  なんでって、起こしに来たところをあんたが襲い掛かったんじゃない!もう、ホンット寝相悪いんだから


参治  え、あ? ご、ごめん!


*ベッドから起き上がる二人


妃那  まあ、別にいいけどね。こんなことはじめてってわけでもないし……やっぱりまだ思い出せない?


参治  え、あ、その……


妃那  あー、そういうの、なにげにへこむんだよね。あたし達、恋人同士なのにい……


参治  あ、じゃ、じゃあさ、もう一度ハグしようよ


妃那  え?


参治  そ、そうしたら、思い出せるかもしれないだろ? いやかな?


妃那  い、嫌じゃないわよ。別に今までだって何度もそういうことしてきたし

  *妃那乃、参治をもう一度布団に押し倒しハグする。胸に顔をうずめる

――うわーなにこれ。尊い~


*部屋の戸をノックする音

参治ママ  朝ごはんで来たわよー 早く起きていらっしゃーい

   ふたりは赤い顔を急いでしたくする。


*ふたりは参治の家で朝食。妃那のみそ汁を飲んでもだえる


妃那  はあー、相変わらず参治ママのおみそしるおいしー


参治母 ふふん。そうね、ひなのちゃんにもそろそろ、この味、伝授しとかなくっちゃね


妃那  え、いいんですか! 是非教えてください!


参治母 そりゃあもちろん。いやでも覚えてもらわなきゃ



*学校へ向かう途中、参治はふとおもい出したように言う。



参治  あ、そういえば今ふと思い出したんだけど、毎朝、学校へ行く途中、手をつないでいたんじゃなかったっけ?

  *参治妃那乃をチラ見する


妃那  え、あ、まあ……そうね。学校の近くまで行ったら見られると恥ずかしいから途中までだったけど、確かにそうよ


*妃那乃は参治と手をつなぐ。


参治  いや、こうじゃなかったな

*そう言って一度手を放し、恋人つなぎに組み替える。


妃那  ――え、マジなの? マジなの? なにこれ? 参治ったら一体どんな記憶があるっていうのよ~ やだ、もう心臓がどきどきして止まらないじゃない!


  *学校が近づいてくる。 妃那乃つないだ手を放す


妃那  そろそろ学校だし……


参治  え?


妃那  学校では、恥ずかしいからって、付き合っていることは秘密にしているのよ


参治  ああ、そういえば、そうだったような気がするな


妃那  うん。でもそのかわり、放課後はまた、一緒に帰るからね。


参治  ああ、わかったよ


妃那  ――学校では恥ずかしいから、という理由で秘密にしているということを参治が納得してくれたことに胸をなでおろす。最近紗千香が参治のことをかっこいいとか言い出していたし、紗千香には参治の記憶が部分的になくなってしまったということは伝えてある。それなのにいつの間にか二人が以前から付き合っているなんて話を聞いたら紗千香にはすべてがばれてしまうし、さすがにそれは気まずかった。

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