第2話 もちろん、憶えている
妃那乃自宅。夕食の準備をしている。
妃那 今日の夕食を参治の家と一緒に取ろうと提案したのはあたし。いつもは料理自慢のママが作るのだけど、実は今日は違うのだ。
*妃那乃フライパンの蓋を開け、中からこんがりと焼きあがったハンバーグが湯気を上げる
妃那 ふふっ上手に焼けたわ。参治の大好物のハンバーグ。ママにずっと教えてもらいながらようやくあたしもちゃんと作れるようになったわ。参治のやつ,これをあたしが作ったって言ったらどんな顔をするかしら
*電話が鳴る。
妃那 なんだろう? 参治のママからだ
*電話を取る
妃那 え! 参治が事故に遭った? 今病院にいる?
*参治、病院のベッドの上。
参治 ――まったく迂闊だった。事故で頭を打ったらしく、しばらくは記憶も曖昧でぼーっとしていたが、ようやく意識もしっかりしてきた。まったく。俺としたことが少し浮かれてしまっていたみたいだな
*病室に慌てた様子の妃那乃がやって来る。参治布団をかぶる
参治 ――ああ、マズい。妃那乃が来たのか。こんなかっこ悪いところを見られたらまたからかわれるんだろうな。今日のところは、寝たふりでごまかせるだろうか
*病室の入口にいる母と話をしているのが聞こえる
妃那 参治、だいじょうぶなんですか?
参治ママ ああ、ひなちゃん。わざわざ来てくれたのね
妃那 そりゃあ来ますよ。参治が車にはねられたって
ママ ゴメンね。今日の夕食、妃那ちゃんが作ってくれていたんでしょ
妃那 それは別にいいんです。でも、参治君が……
ママ ごめんなさいね。心配かけちゃって でもまあ、体のほうには大したけがもないのよだけどね
妃那 だけど?
ママ うん、ちょっと事故に遭った時に記憶がところどころ曖昧なところがあるみたいで……
妃那 記憶、喪失っていうことですか?
ママ うん。まあ、一時的なものかもしれないしまた戻るのかもしれないのだけど今は少し……
妃那 そう、なんですね……
ママ ひなちゃん。ちょうどよかったわ。少しの間、参治のことお願いしてもいいかしら?
少しの間入院が必要みたいで、わたし、ちょっと家に荷物を取りに帰ってこようと思っているの
妃那 わかりました。参治君のことはあたしが見ています
ママ よろしく頼むわね
*ママ立ち去る。妃那乃心配そうにベッドの横に、寝たふりをする参治のベッドの縁に腰掛ける
妃那 参治……
*妃那、心配そうに参治の手を握る
参治 ――さすがに、ここまで心配をかけて寝たふりをするというのはマズいだろうな。
それにしても、どうしたものかな。怪我自体も大したことはないし、記憶の方も一時期あやふやだったけれど、今はもうすっかり回復している。
まあ、とりあえずは、目を覚まそうか
*参治目を開き妃那乃を見る
妃那 あ、参治、だいじょうぶ?
参治 ああ、えっと……うん、体のほうはそんなたいしたことないみたいで……
参治 ――ああ、マズいな。妃那乃のことだ。車にはねられるようなどんくさい俺をからかってくるかもしれない
*参治、からかいを恐れて視線を逸らす。その態度に妃那乃は心配そう。
妃那 え、もしかしてアタシのことがわからない? 記憶があいまいって言ってたのだけど?
参治 ああ、うん……実は、ちょっと……それで、ごめん……君は……
参治 ――俺はあえて記憶が戻っていないふりをした。いつもからかわれてばかりだからこんどはこっちがからかいかえしてやろう
*妃那乃は少しためらった後で
妃那 あたし、朝日妃那乃よ。あなたの恋人、憶えていないの?
参治 ――嘘じゃん。まさかからかってやろうと思ったら、向こうもまたからかおうとしてくる。そんなふうにされると、こっちもはい冗談でしたなんて言いにくくなってしまったな。ここは合わせるか
参治 そんな、こんなかわいい子がおれの恋人なんて、信じられない
*照れる妃那乃
妃那 そ、そうね。でも、なんていうのかしら。あたし達、幼馴染というか、腐れ縁というか、それで、付き合うようになったから……
参治 ――うーん、なんだか、どこまで冗談で言っているのかわからなくなってきたな。もういいや、このままつづけてみるか
参治 おれたち、どんなふうに付き合ってたんだろうか?
妃那 そうね。別に、普通よ。ほら、家も隣だしよく部屋にはいったり来たりしていたわ。いわゆる家デートね。あたしたちの仲は両親も公認だし
参治 両親公認か。そういえばさっき母さんとも話をしていたな
妃那 え、さっきの話、聞いていたの?
参治 あ、いや。聞いていたというか、意識がぼーっとしていて話の内容までは聞き取れていない、というか覚えていないよ。
妃那 そ、そう。それならいいんだけど……
参治 でもまあ、両親公認というなら疑う余地もないな
妃那 まだ疑っていたの? あたしと参治が恋人同士だってこと
参治 だって、妃那乃さんはあまりに素敵で俺にはもったいないような
妃那 だから、気にしなくてもいいんだって。だってあたし達、両親公認だし、言ってしまえば結婚の約束をしているようなものだしね
参治 結婚……そうか、結婚か……
妃那 どう、したのよ?
参治 いや、記憶が少し戻って来たよ。……ああ、そうだよ。思い出した。妃那乃は幼馴染で……そうだ、告白したのだって憶えている。妃那乃と家族になりたい。ずっと妃那乃と一緒にいたいって、言ったんだよおれは!
*妃那乃、ぱっと明るい表情になる。
妃那 思い出してくれたのね! うれしい!
*妃那乃抱きつく。ベッドの上の参治を押し倒すような形で抱き合う
参治 ――え、あ、ちょ……マジかよ さすがにこれはヤバい。心臓が、バクバクして落ち着かないじゃないか
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます