餓者髑髏出没警報発令中
縦縞ヨリ
――ピンポンパンポーン――
『住民の皆様にお知らせします――市大鷲山において、十三時二十分頃、
早朝は霜柱が降りるような真冬である。
二月の良く晴れたある日、市内に設置された防災スピーカーから餓者髑髏出没警報が流れた。保育園や幼稚園では外で遊ばせていた園児たちを慌てて室内に入れ、小中学校ではグラウンドでの授業は中止となり、急遽教室での自習となった。
餓者髑髏ハザードマップで「要警戒」とされている大鷲山近隣の住宅街においては、立ち話をしていた主婦や、買い物帰りの中年男性が慌てて家に駆け込んで行く。
大鷲山から餓者髑髏が離れた事例は殆ど無いが、警報が解除されるまでは不要不急の外出は控え、なるべく屋内に避難するのが望ましい。これは餓者髑髏が性質上食人を行うためであり、用心に越したことはないという訳だ。
一方、県警、自衛隊、消防署および市役所はWebにて緊急会議を行い、早急に人員を大鷲山に配備する手筈を整えた。
総員が現場に駆けつける。
良く晴れた冬空の下、現段階で餓者髑髏は姿を現しては居なかった。しかし目撃情報が複数ある以上、原因を追求、発見しない限り、それを依代にして延々と出現消失を繰り返すのが対象の特徴である。
警察隊が一斉に入山、自衛隊は威嚇射撃の準備をした上で数班に別れ、対大型害妖戦車で山を囲むようにして様子を伺う。救急車両は怪我人が出た時の為に待機である。
目撃情報があったのは大鷲山西側であるが、全く同じ場所に出るとは限らない。実態化した後、警戒範囲内で移動した可能性がある。
この大鷲山周辺は、戦国時代、合戦の折に多くの死者が弔われずして放置された。平地の遺体はその時代に集めて供養したが、山中に逃げ延びたまま息絶えた遺体は多くがそのまま動物に食い荒らされ、自然に飲まれていったという歴史がある土地だ。
住宅地に適さず、開発されないまま放置される事となった大鷲山は、未だ多くの人骨が埋まっている。
そうして、戦で弔われなかった怨霊の集合体たる餓者髑髏の発生条件が揃ってしまった、言わば忌み地なのである。
餓者髑髏は巨大な骸骨の姿として現れ、人を見つけると頭からバリバリと食べてしまう
しかし、餓者髑髏は平常時からそこに現れる訳では無い。何せ数百年前の亡者の集まりであり、長い年月をかけて霊魂の多くは自然消滅し、一部は骨が見つかり供養を受け成仏している。
故に、平素は実体化する程妖力が残っていない。普段は霊感の強い物にしか感知出来ない、目に見えぬ殆ど無害な害妖である。しかし数年に一度、不幸にも一定の要件を満たし実体化してしまう事がある。
今回もそうだ。
市が所有する白の軽バンの中で、害妖安全対策課の副主幹、田崎は、鋭い瞳でじっと大鷲山を見ていた。今年四十になる市職員で、副主幹というのは会社で言うところの主任か課長代理とほぼ同じくらいの役職である。鋭利な輪郭で、すらりと高い身長に、生真面目そうな黒縁の眼鏡をかけた男だ。
「今日中に見つかりますかね」
助手席に座った市内の寺の住職は、やはり山をゆっくりと見上げ、数珠を持ち、ふっくらとした手で合掌している。
「見つけてあげて欲しいねぇ」
「人的被害が出ると、ご遺族が更に心無い人に傷つけられてしまいます。何とか被害無く見つけて貰えると良いんですが……あ!」
やはり山の西側、どろりと黒く空間が濁った。言うなれば黒く煙が出ているようにも見えるが、それは停滞し、今にも収束しようとしている。
田崎の無線機ががなり声を上げた。
『こちら害二課上田! 西部中腹に依代と思われる収束地発現、どうぞ!』
相手は捜査に入っている県警の人間だ。田崎は軽バンのエンジンをかけながら、無線に応えた。
「こちら害妖安全対策課田崎、住職と直ぐに向かいます、どうぞ!」
『了解、餓者髑髏出現! 餓者髑髏出現! 援護を頼む!』
田崎が窓の外を睨むと、そこには巨大な
青く澄んだ空に黒色のもやがかかり、その中から地獄から這い出るが如く、巨大な髑髏がガチガチと歯を鳴らしながら、骨ばかりの白い手を伸ばし、現世に身を乗り出している。
「でかい……!」
アクセルを一気に踏み込む。加速する景色の中で、餓者髑髏は正にこの世の者ならぬ
声とも音ともつかない轟音に一瞬眉根を寄せたが、田崎は職務上、平素からこの山中のルートを頭に叩き込んでいる。ハンドルを持つ手に迷いは無い。
助手席では住職が数珠を持ち、淡々と般若心経を唱えている。
無線が叫び声を上げた。
『総員、打てーッ!』
ドンッ、ドンドンッ
火薬の爆ぜる音が静かな町に響き渡った。
餓者髑髏の足元には今まさに依代を捜索する警察隊が居る。自衛隊の役目は餓者髑髏が人的被害を出すのを食い止める事であり、発砲しているのは年始に神職が祝詞を唱えた清酒である。弔いは仏閣、払うのは神社が定石だ。
この山に骨が埋まり続けている以上、餓者髑髏を完全に抹消する事は事実上不可能だが、今回の発生源となった依代を見つけて、現世への被害を抑えることは可能である。
清酒の雨の降る中、警察官達は餓者髑髏出現地周辺を必死に捜索していた。
「うわああああ!」
赴任して三年目の若手である上田が悲鳴を上げた。餓者髑髏の骨ばかりの手が頭上から襲い来る。
上田は小柄ながらも度胸と行動力があると評判の若手で、それを買われて害妖対策二課に赴任。今回が初めての餓者髑髏警報による出動だった。
ここまで大きな害妖はそう多くなく、増して明確に殺意を持っているものは珍しい。
捕まったら頭から食われる運命であるが、自衛隊の打った清酒砲が餓者髑髏の肘あたりに直撃し、ガラガラと骨片が降り注いだ。最も、本体から離れたそれは瞬時に質量を失い、人体に直撃しても痛みはなく、そのまま霧散する。息付く間もなく餓者髑髏は再生し、また虚空に向かいその手を確かめている。
上田は息を荒らげながらも、何とか木が生い茂る斜面に視界を落とし、捜索を再開した。
防水装備を整えた警察隊は、山岳救助の経験値も高い。依代があると思われるのは山道のガードレールが途切れた斜面で、捜索はさながらロッククライミングの様相である。それでも皆ロープを装着し横並びに下り、上空の餓者髑髏を警戒しながら捜索を続ける。
「怯むなーッ!
「は、はい!」
ベテランの怒号に、上田は必死に山の斜面に目を凝らした。けたたましい爆薬の音と共に上空からは清酒の雨が降り、足場はどんどんぬかるんで悪くなる。バラバラと降る骨片は落ちた傍から消えていくが、視界は悪い。
その時、上田は茂みの影にスニーカーの爪先が出ているのを見た。
「……依代、発見しましたあッ!」
そこにあったのは、白骨化が進んだ女性の遺体だった。
警察隊はその場に集まり、とにかく早急に死体袋に入れて遺体を引き上げる。清酒と骨片降り注ぐ中、何とか周辺にあった遺留品も回収した辺りで、クラクションの音が鳴り響いた。
「住職さん来ましたー!」
道路沿いで待機していた警官の声が響く。
上田達が必死に引き上げた遺体の袋を開けると、軽バンから降りた市職員の田崎が深く頭を下げた。
「捜索大変ご苦労様です」
上田もペコッと頭を下げて応える。
「いえ、仕事ですから。でも何とか見つかって良かったです」
住職が良く通る声で般若心経を唱え始めた。それまで手を伸ばして人を食おうとしていた餓者髑髏がピタリと動きを止め、真っ暗な目とも穴とも言える所でじっと住職を見ている。
田崎が無線に声を吹き込む。
「住職現場到着、供養始まりました。どうぞ」
『了解しました。砲撃一旦中止、待機します』
上がってきた警察隊も一様に依代である行方不明者の遺体に手を合わせ、響きわたる般若心経に耳を傾ける。遺留品の杖が袋に入らず、遺体の横に置かれた。
すっかり静かになった大鷲山に、住職の低い声の経文だけが響き渡る。
般若心経が終わると共に、餓者髑髏は指の先からガラガラと崩れ落ち、頭蓋が崩れた所でそのまま霧散して消えた。
「終わりましたね……」
上田がポツリと言う。
田崎はまだじっと手を合わせたままだ。
「本当にお疲れ様でした……皆さんご無事で何よりです。行方不明の方も見つかって、ご家族も安心されると思います」
辺りは明るいばかりの冬の山景だけが残った。
依代は三か月前から行方が分からなくなっていた七二歳の老婦人で、検死の後家族の元に戻され、無事葬儀が執り行われた。
上田が資料を確認した所によれば、少し痴呆が始まってはいたものの、体力もあり、身体自体はとても元気だったらしい。死因は滑落後の凍死と見られ、冬だった為か損壊も殆ど無かった。
田崎と上田はその後の簡単な報告会の後、連れ立って蕎麦屋で蕎麦をすすっていた。
田崎は油揚げを齧って眉根を寄せる。
「じゃあやっぱり、徘徊して自分では帰れなくなってしまって、山に迷い込んで転落した感じですかね」
上田も海老天を飲み込んで言った。
「お年寄りって周りが思うよりずっと遠くまで歩けちゃったりするんですよ。行方不明者が無事に見つかっても、十キロ離れた所に居るのも珍しく無いんです。もちろん本人はクタクタで、疲れて動けなくなっちゃって、それでやっと止まってくれるんです」
「いかに目の届く範囲に留めおけるかが課題ですね……知っていますか? 大鷲山って昔は普通に入れたんです。低山だからそんなに危なくないし、餓者髑髏なんて早々出ませんから、春先なんかは祖母に連れられて山菜採りに良く行きました。だからその頃を知ってる人は、今でも入ろうとするんですよ」
窓の外には陽光に照らされた大鷲山を見渡せる店である。田崎は懐かしそうにその景色を見ていた。
上田は、同県の出身であるが、ここは赴任地で昔の事は良く知らない。
「へぇ、まあ骨が埋まってるって言っても何百年も前の話ですもんね。何ならこの辺一帯沢山死んだでしょうし」
「まあ、古い土地なんてほとんど皆墓場みたいなものですから。あの山も餓者髑髏さえ出なければ普通の山なんですよ。でも餓者髑髏が居たから、俺の祖母も見つけて貰えました」
上田はピタリと箸を止めた。田崎は苦笑いして俯く。夕方近いので客も少なく静かな蕎麦屋で、少しの間二人は黙った。
「……だから今のお仕事に?」
「……ええ、当時も皆さんが尽力してくださって被害が無かったから、祖母の思い出が残る土地に住み続ける事ができました。だから俺も」
「そういう意味じゃ、餓者髑髏も案外害妖って訳じゃ無いですね」
「いやいや、不謹慎ですよ。その時はたまたまです」
餓者髑髏は弔われないままの死者の集合体だ。山ごと供養出来れば良いのだが、やはり明確に遺骨を発掘しない限りは残り続けてしまうものらしい。いずれ経年弱化で消滅すると見られているが、まだまだ先の話だろう。
そして、山道の入口はフェンスがあるのだが、ぐるりと囲んでいる訳では無い。未だ山菜採りの季節に入りたがる地元民も居るし、これからも何年かに一度はこういう事があるのだろう。
田崎は鋭利な輪郭に少し笑みを浮かべて、懐かしそうに言った。
「先日見つかったご婦人も、あの山に思い出があったから入ってしまったのかも知れませんね」
上田はきりりと顔を引き締め、存外大きな声で言った。
「本官は今後も住民を守るべく全力で尽力する所存です!」
「あはは、少し静かにしてください。これからもお互い頑張りましょう」
冬の日暮れは早い。
大鷲山も落ちた夕日に赤く照らされ始め、冷たくも荘厳な佇まいで町を見下ろしていた。
終
餓者髑髏出没警報発令中 縦縞ヨリ @sayoritatejima
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