第28話 お姉ちゃんと私

『――ほら、彩香さいか。早くこっち来て手伝って。ああ、貴女は良いのよ舞香まいか。ゆっくり休んでなさい』



 五年前の、ある日のこと。

 夕食前、母の要請に笑顔で応じキッチンへ向かう。まあ、言われなくても行くつもりだったんだけど。もう一年前くらいから、すっかり習慣になってるわけだし。


 一方、六つ歳上の姉――舞香お姉ちゃんがお手伝いを免除されるのもいつものことで。まあ、仕方ないんだろうね。私と違って、彼女は生来重い病気を患っているのだから。





 ――あれは、小学四年生になって間もない日のこと。



『――ねえ、彩香。貴女も知っているように、舞香お姉ちゃんは生まれた時から病気なの。それも、すっごく重い病気……ねえ、可哀想だと思うでしょ? だから、貴女が――何の問題もなく健康な身体で生まれた恵まれた貴女が、そういう可哀想な人を助けてあげなきゃいけないの。分かるわよね、彩香?』



 学校から帰ってきた後、リビングに呼ばれた母から改まった表情かおで言われた言葉。……恵まれた私、ね。



 ともあれ、その日以降、私は家の手伝いをするようになった。だけど、不満なんてない。家族なんだから出来ることをするのは当然だし、もっと早い時期に手伝ってる子もきっと多くいる。尤も、高校生のお姉ちゃんは何一つ手伝わないで良いみたいだけど……まあ、それも当然。だって、病気なんだから。



 そして、家のみならずお姉ちゃん個人の手伝いもするようになって。階段などの歩きにくい所を歩く際にお姉ちゃんを支えてあげたり、荷物を持ってあげたり――でも、これも当然。だって、病気なんだから。可哀想なお姉ちゃんを、恵まれた私が支えるのは当然なんだから。





 ――すると、そんなある日のことだった。



『……その、ごめんな久谷くたに。昨日、代わりに掃除してくれて』


『…………へっ?』



 それから、数ヶ月後のある放課後のこと。

 昇降口に向かうべく廊下を歩いていた私に、ふと後方から声が掛かる。振り返ると、そこには言葉の通り申し訳なさそうな微笑を浮かべる男の子。まあ、クラスメイトだし流石に確認せずとも分かるけど。……ただ、それはそうと――



『……えっと、ごめんってどういうことかな? 長岡ながおかくん』

『……へっ? あれ、違った?』


 そう尋ねると、ポカンと口を開き尋ね返す長岡くん。いや、違わない……違わないん、だけど――


『……いや、なんで謝るのかな、って思って。だって、病気だったんでしょ? だったら、代わるのが当然なのに……』


 そう、改めて問いかける。確かに、私は彼の代わりに――昨日、病気で休んでいた彼の代わりに教室の掃除をしていた。でも、病気なんだから健康な私が代わるのは当然で――



『――いや、なんで当然なんだよ。俺が病気だろうと何だろうと、お前が代わらなきゃならない理由とかどこにもないだろ』





『…………そう、なの……?』

『……いや、そりゃそうだろ』


 思いも寄らない彼の言葉に、ポカンと呟くように尋ねる私。すると、どこか呆れたように答える長岡くん。そんな彼の様子に……言葉に、私は――


『……そっか。ありがと、長岡くん』

『……いや、礼を言うのはこっち……いや、そもそも俺がそれを先に言わなきゃ駄目だったよな。だから……ありがとな、久谷』



 そう伝えると、やはり少し呆れつつ――だけど、ほどなく笑顔で謝意を告げてくれる長岡くん。


 ……そっか、いるんだ。私のしてきた当たり前を、当たり前じゃないって思ってくれる人が。私のしてきた当然に、ありがとうと言ってくれる人が。









 

 

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