アブラカタブラアブラブーケトス

大抵たいてい未婚女性みこんじょせいにとって、ウェディングドレスとはあこれの存在である……ということにしておく。


シエリアも例外れいがいではなく、しばしばドレスのカタログを見てボーッとしていたりもする。


そんな時、血気迫けっきせまった女性とられるようにして男性がやってきた。


雰囲気ふんいきからすると夫婦のようである。


すると突然とつぜん、女性のほうがたのんできた。


「ウェディングドレスください!!」


いきなりの注文にシエリアはたじろいだ。


話によると妻のリーリスは直前になって衣裳屋いしょうや夜逃よにげされてしまったらしい。


当然とうぜん、そこに依頼してあったドレスの予約もキャンセルになってしまったという。


他の店でレンタルすればいいのではという話だが、先の衣裳屋いしょうやの混乱のせいでどこにも借りられる服がないとのことだった。


こればっかりは厳しい椅子取いすとりゲームの結果なので誰をめられるでもない。


その結果、なんとかドレスが手に入らないかとシエリアの店にやってきたのだ。


だが、さすがにオーダーメイドが基本のウェディングドレスを即日入荷そくじつにゅうかするのは無理だ。


どう頑張がんばっても3日はかかる。


パラパラとカタログをめくっているとシエリアはあることに気づいた。


ドレスの素材そざい一通ひととおそろっている。


つまり、その気になれば1から作ることも不可能ふかのうではないというわけだ。


「結婚式はいつですか!?」


「明日!! お昼までに用意できれば!!」


「その依頼、お受けします!!」


トントン拍子びょうしに話は進み、早速、シエリアはウェディングドレス作りに取りかった。


雑貨屋少女ざっかやしょうじょはなんでもそつなくこなすかんはあるが、なんでも出来るかといえばそんなこともない。


ナンデモ出来できでは無く、ナンデモけるなのである。


そこがひとり歩きしているフシがあるが、滅多めった依頼いらいを失敗しないのではたから見れば大差たいさはない。


しかしまたまた厄介やっかいな依頼を受けてしまった。


赤鷲あかわしの羽を用意してみたが、つなぎ目が複雑すぎてとてもドレスにならない。


四つ目ヤギの毛玉はモコモコしすぎていて、優雅ゆうがさとは程遠ほどとおい。


ウロコマグロのウロコも試してみたが、そもそもこれでは服ではない。鱗鎧スケイル・メイルである。


ペトペトカエルの皮は上手くいったが、こんなヌルヌルしたものをにしたい者はいない。


「うわああああ!!!! どうしよう!? ウェディングドレスなんて高度なもの、作れるわけないじゃあああん!!!! もう時間が!! 時間が!!」


無意識むいしきに彼女は高級氷菓こうきゅうひょうかのエリキシーゼを手に取った。


スプーンですくってパクリと食べる。


キーンと心地ここちいい頭痛ずつうのうをリフレッシュさせ、クールダウンさせた。


「う〜ん、これはシンプルなオレンジソルベ!!」


この味を食べると決まって今は祖父そふとのおもい出がよみがえってくる。


彼は名をボンモールと言って、雑貨店ざっかてん店主てんしゅをやっていた。


シエリアがおさない頃から面倒を見てくれてきた恩人おんじんである。


また、あこがれであり、尊敬する人物でもある。


若くしてくなってしまったときはなげくことしかできなかった。


そんな時、跡継あとつ不在ふざいで店は閉店へいてんすることになった。


そこでシエリアは強く思った。


「おじいちゃんに恩返おんがえしするには雑貨店ざっかてんぐしか無い」と。


こうして今はボンモール雑貨店ざっかてんはシエリアのみせと自然に呼び名を変え、こうして存続そんぞくしているのだ。


どんな問題をもぶっとばすのはボンモールゆずりである。


シエリアはパクリパクリとエリキシーゼを食べながら頭をひねった。


すると、祖父そふくちっぱくして伝えてきた言葉がき上がってきた。


「いいか、ここぞというときはな、自分の得意な領域テリトリーに引き込んじまえばいい。無理に慣れないことをするもんじゃない。自分にできることをやれ。そうすれば結果はついてくる」


説教臭せっきょうくさいところはあったが、ボンモールは多くの教訓きょうくんを残してくれた。


「おじいちゃん……。あッ!!」


その時、シエリアに電撃でんげきが走った。


ボンモールは時計細工とけいざいくが特に得意とくいだった。


雑貨屋少女ざっかやしょうじょもそれを受け継いで、機械きかいづくり全般ぜんぱん工作こうさく長所ちょうしょとする。


「そうだよ、純白でふわふわの、ウェディングドレスの常識にとらわれることはないんだ。素敵でキラキラして、思わず着たくなるドレス!! 誰もが着たいと思うドレスを!!」


方向性ほうこうせいが固まるとシエリアは店のあちこちから機械きかいのパーツを取り出してきた。


ネジをしめたり、歯車ギアみ合わせたりしてどんどん機械づくりの花嫁衣装はなよめいしょうを組み上げていく。


得意分野とくいぶんやかしたシエリアは神がかった仕事をやってのけた。


こうしてショルダーオフでロングスカートのメカニカルドレスが出来上がったのだ。


機能性きのうせいも高く、可動域かどういきも広く、かつ軽量けいりょう


機械油きかいあぶらさねばならないのは欠点けってんだが、一度差いちどさせばおそらくしきの終わりまではたもつ。


仕上がりは上々で金属の輝きが全身をおおっていた。


好みの問題はあるかもしれないが、ベストをくした。


翌日の朝、夫妻ふさいがやってきた。


「なにこれ……素敵すてき!! こんなキラキラなドレス、見たこと無いわ!!」


どうやら気に入ってもらったようで、シエリアはホッとした。


これがごえんとなって、シエリアも結婚式けっこんしき招待しょうたいしてもらえることになった。


彼女はあまり着飾きかざることがないのでドレスはほとんど持っていなかったが、できる限りのおしゃれをして出かけた。


機械きかいづくりのウェディングドレスはとても好評こうひょうで、多くの参加者が見とれた。


見てくれからするとドレスに問題はないようで、苦労くろうして作った甲斐かいがあったというものだ。


しき終始しゅうし、和やかな空気で進行していった。


参加していた女性たちはそろってなみだを流した。


きっと自分がウェディングドレスを着て、同じように理想りそう結婚式けっこんしきを迎えることを想像しているのだろう。


シエリアはややおさないところがあるので、そういった具体的ぐたいてきなビジョンはかった。


そのため感動はしたが、特になみだぐむでもなかった。


出会って間もないというのもあるわけだし。


こうして無事にセレモニーは終わった。


シエリアはドレスに不具合ふぐあいが起こるかどうかハラハラしていたが、問題なかったようである。


夫妻ふさいはチャペルの階段を下り始めた。


あざやかなライスシャワーが2人を祝福しゅくふくした。


最後に、お待ちかねのブーケトスが行われることになった。


まわりの女性の必死ひっしさに対し、シエリアはゆるい態度たいどのぞんでいた。


結婚するには早すぎるし、特に予定もないが結婚の御縁ごえんがあるならば無いよりは良い。


本気でブーケをしがっている女性にそんなことを言おうものなら袋叩ふくろだたきにされるのは想像にかたくなかった。


その時、リーリスがシエリアに向けてウインクしてきた。


こっちに投げてくれるのだろうか。


だが、様子がおかしい。手元てもと花束はなたばがギトギトしていたのである。


そう、あれは機械油きかいあぶらだ。そろそろみ出す頃だったのだ。


ドレスに気を取られた少女は油塗あぶらまみれのブーケを回避できなかった。


「べちゃあ……」


油でべっとりした茶色ちゃいろブーケはシエリアの顔面がんめんに直撃してしまったのだった。




我ながらメカニカル・ウェディングドレスは上手くいったなと思います。


これもおじいちゃんのおかげだと思います。オレンジソルベ南無南無なむなむ


……これ以来、不幸ふこうを呼ぶ″アブラカタブラアブラブーケトス″というなぞの呪文が生まれたのです……というお話でした。

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