木彫りの熊キャッスル

雑貨屋少女ざっかやしょうじょ心地良ここちよい朝の風にかれながら朝刊ちょうかんを読んでいた。


「なになに……? 今日はツール・ド・クランドールの開催日かいさいびかぁ」


ツール・ド・クランドールとは国中くにじゅうのチェックポイントをめぐ国内最高位こくないさいこうい飛行ひこうレースである。


伝統でんとうある大会で、これに優勝すれば″ラピード″という称号しょうごうが与えられる。


名実めいじつともに最速のフライヤーとなれるのだ。


シエリアは新聞を閉じて店先みせさき掃除そうじを始めた。


「セポールはチェックポイントじゃないから、関係ないよね」


次の瞬間、かなり大きな飛来物ひらいぶつがシエリアをかすめた。


「!!」


振り向くとゴミ箱に何かが突っ込んでいた。


おどろきのあまり店主てんしゅ身構みがまえると、小さな少年がひょっこり顔を出した。


「あいたたた……。か、かみなりかな!? だいぶチェックポイントからそれちゃったよ……」


男の子はゴミ箱を飛び出すと片手をかかげた。


「ホウキくん、来てくださいッ!!」


誰かに呼びかけているようだったが、なんの反応もない。


シエリアは路地ろじになにか転がっているのを見た。


そこには無惨むざんにもボッキリとれたホウキが転がっていた。


少年は顔をさおにした。


「あぁ、ボクをかみなりからかばったばかりに!!」


だまって様子をうかがっていた少女はだんだん状況じょうきょうつかめてきた。


おそらく彼は例のレースの参加者だろうと。


少年はベソをかきはじめた。


「うっ……ううっ……すごくいいペースだったのに……」


うでは立つようだが、年相応としそうおうのメンタルの弱さが垣間かいま見える。


わらすがる思いなのか、看板かんばんを見るとシエリアに声をかけてきた。


「おねえちゃん、雑貨屋ざっかやさんなんでしょ!! ボクのホウキを直して!!」


そこまで言ってホウキ乗りはだまりこくった。


「キミ、落ち着いて。お名前は?」


「ボクはクルル。出来るならホウキを……あ、でも……」


クルルは苦虫にがむしつぶしたような顔をした。


「どれどれ? まずは見せてもらうよ」


ホウキはなかからボッキリれていた。


するとシエリアは店の奥から何やら持ち出してきた。


「はい!! 超絶接着ちょうぜつせっちゃくバターピーナッツペースト!!」


見てくれは非常においしそうだ。


「あ、でもパンにったらダメだよ。口が開かなくなっちゃうからね」


バターピーにする必要はあるのかとクルルは思った。


ねっとりとしたペーストを少女がるとガッチリとホウキの折れた箇所かしょはくっついた。


それはつえれ下がるようにとろ~んといとを引いた。


「やったぁ!! ささ、またがってみてよ!!」


不安げな顔をしてクルルはホウキに乗った。


だが、しばらくしても反応がない。


理由はわからないが、彼はまたなみだぐみはじめた。


「ご、ごめんなさい、ボクのホウキ、折れた時に魔力が流れ出しちゃったの。だから、接着剤せっちゃくざいでくっつけても……。や、やっぱダメだよね。ごめんなさい……」


少年の無垢むく謝罪しゃざいはシエリアの心をった。


れてない木材もくざいなら飛べるんだね?」


シエリアがそうたずねるとホウキ乗りは顔を上げた。


「もう一回、見せてね……」


雑貨屋少女ざっかやしょうじょれたしなをじっくり観察した。


「これは……マホ・マホガニー!!」


高速の慧眼けいがんに少年は度肝どぎもをぬかれた。


少女が手にしたのは整理整頓せいりせいとんした時に店先に置いたままにした置物だった。


「こ、これは……?」


クルルは不思議な顔をした。


「じゃーん!! マホ・マホガニーせい木彫きぼりのくまだよ!! これをかして、ホウキを作れば…!!」


そこまで言いかけてシエリアは固まった。


(こ、こんな大きな型取かたど粘土ねんど、すぐ用意よういできないよ!! あああぁ!!!! どうしよぉぉ!! 無理!! 無理だってぇ!!)


無意識むいしきに彼女は冷蔵庫れいぞうこを開いた。


そして無造作むぞうさにアイスを取り出して口に運んだ。


「キーン」という鈍痛どんつうが頭にひびく。


「う〜〜〜ん!! あま〜いメイプルシロップのフレーバーだよ!!」


シエリアの脳裏のうりにふかふかとしたパンケーキがかび上がった。


そして彼女はひらめいた。


「そうだ!! EX《エクストリーム》ふくらし粉だ!!」


料理が得意とくいなだけあって、彼女は手際てぎわよく準備を整えていく。


そして大きめのなべくま置物おきものを入れて薬液やくえきかしんでいった。


あっという間に粘性ねんせいの高いシロップが出来上できあがった。


そして、次にフライパンに熱を通し始めた。


タネをそこに落とし込むと爆発的ばくはつてきふくらんで、巨大きょだいなパンの型取かたどりを作った。


今度は折れたホウキをパンケーキの下に引いて、その下からまたパンケーキを爆発させた。


部屋いっぱいになってギュウギュウと圧迫感あっぱくかんが生まれた。


シエリアは手につかんでいたバターピーをタイミングよく引きいた。


かたをとったほうのホウキが飛び出した。


それと入れわりにいた穴にシロップを流しんだ。


待つこと10分。シエリアはパンケーキで圧縮あっしゅくされたホウキをり出した。


丁寧ていねいぬのくとそれはキラキラとひかりびた。


マホ・マホガニーのシロップが固まってできた純度じゅんどの高い魔法のホウキだ。


クルルはコクリとうなづくとそれにまたがった。


彼が少し力をこめるだけでつむじかぜが起こった。


性能せいのう体感たいかんした少年はシエリアの方を見た。


「ささ、早く行ってよ。お代はあとでいいからさ!!」


手を振るホウキ乗りの表情はさっきよりずっといさましい。


翌日の朝刊ちょうかんを見ると″優勝者ゆうしょうしゃはクルルという少年で―――とあった。


雑貨屋少女ざっかやしょうじょは達成感からかひとりニヤニヤしていた。


そんな時、カウンターに見知みしった顔がやってきた。


「オッホッホッホ。シエリア店長、この間はお世話になりました……」


上品なマダムといった風貌ふうぼうの女性だ。


彼女はトーマァ。雑貨店ざっかてんによくやってくる古物商こぶつしょうだ。


らないものを売りつけ、逆に必要なものを買いたがる。


そんな人物じんぶつゆえに、シエリアは彼女が少し苦手だ。


早速、何かに目をつけたのか、古物商こぶつしょうは声をかけてきた。


「あら。シエリアさん、そこにあったマホ・マホガニーの木彫きぼりのくま、どうしたんですの?」


細かい経緯いきさつを説明するのもめんどくさかったので、シエリアは適当てきとうにいなした。


「ええ……その……はい」


トーマァは目を見開みひらいた。


「んまッ!! 手放てばなすんでしたらご相談いただければよろしかったのにッ!!」


急にマダムが声をらげた。めったにこんな反応はしない。


「あれの売値うりねなら王都おうとクランドールに新築しんちくのおしろちますのよ!? おしろですわ。き・や・っ・す・る!!」


れいの木材が高額こうがくなのは知っていたが、予想をはるかにえるがくが上がってきた。


しかし、シエリアはまゆをひそめて首をかしげた。


一等地いっとうちしろつ″と言われてもパッとこないのだ。


一方、トーマァは雑貨屋ざっかや価値観かちかんんで、歩調ほちょうを合わせてきた。


伊達だて古物商こぶつしょうはやっていないというわけだ。


「んまっ!! シエリアさん、もしアレを売っていたらエリキシーゼ・プラチナムが買えましたのよ?」


「!!」


少女は目の色を変えた。


「うそ!? 王侯貴族おうこうきぞくのみ食べることを許されたあのプラチナム!? 食べたら人生じんせいが変わるレベルっていうあの!? そんなぁ……うそぉ……。そんなの一生いっしょうの売上をかけても食べられないよ……」


そしてシエリアはひざをついてただただ呆然ぼうぜんとするのだった。



とんでもなく高い品物しなものを使ってしまったようです。


でも、クルルさんも無事に優勝できて、後悔こうかいは全くしていません。


こっ、後悔こうかいは……うっ……ううっ……うう……というおはなしでした。

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