鈍感でイケメンな幼馴染を突き放したら、泣いて縋られた話

ミドリ/緑虫@コミュ障騎士発売中

骨抜き

 俺には優しくて格好いいりつという幼馴染がいる。


 律は元はマンションのお隣に住んでいて、保育園時代から毎日一緒に過ごしていた。小学校高学年になって律んちは一軒家に引っ越したけど、同じ町内だったから俺はその後も律の幼馴染ポジションに収まっていた。


 中学に上がると律の背はぐんぐん伸びて、滅茶苦茶イケメンに育っていった。女子は律の姿を見ただけで黄色い声を上げる。正に学校のアイドル的存在ってやつだ。


 そんな律が、毎回「遊真ゆうま、一緒に帰ろ」とわざわざ俺の教室に来て声をかけてくる。その時の周りからの羨望の眼差しって言ったらさ、こう言うと性格悪いけど、優越感だよな。


 俺は律とは違い、所謂フツメンだ。


 そのせいで「なんであんな冴えない奴が」と陰で言われているのは知っていたけど、俺は気にしなかった。だっていつも寄ってくるのは律からだったし、陰口を叩く奴らなんて友達でもなんでもないし。


「遊真の八重歯ってチャームポイントだよね。可愛い、羨ましい」と律には言ってもらえるけど、はっきり言って自分の見た目には自信がない。律が笑った時にできるエクボの方が断然格好可愛いと思うし、運動部で鍛えて引き締まった身体こそ羨ましいと思う。


 俺は文化部だしさ、日にも焼けないくらい色白でほくろが目立つし、ヒョロいし背も普通だし。


 しかも律ってば、頭もすごくいいんだ。都内の進学校にだって手が届く、毎回成績がオール5の秀才。かたや俺は、ザ・平均のオール3を三年間キープした、平凡街道真っしぐらな凡才だ。


 ……小さい頃はよかったなって、中学卒業間際になって思うようになった。


 みんなに囲まれて楽しそうに笑っている律の姿を見ていると、律がいない時は隅っこでひっそり息をするしかない俺は、その辺に転がってるなんの変哲もない石ころに過ぎないんだと実感せざるを得なかった。


 だからさ、思ったんだ。どうせ高校は離れるだろうし、いい加減律離れしようって。平凡な俺に分相応な友達を作って、平凡は平凡なりに楽しい高校生活を送ろうってさ。


 そうしたらきっと、机の中に入れてたノートがビリビリになってゴミ箱に突っ込まれたりもしなくなる。代わりに濡れた雑巾がぎゅうぎゅうに詰め込まれたりだってしなくなる。


 廊下を歩いてたら背中を押されて、壁に顔面を打ちつけて鼻血を出したりだってしなくなる筈だし、階段の残りがあと三段くらいの微妙なところから突き落とされて足首を捻挫だってしなくなるだろうから。


 勿論、俺は律には言わなかった。というか、言えなかった。言ったが最後、更に激しい報復がやってくる気しかしなかったからだ。


 俺には律以外のみんなが、敵に見えていた。


 だから現実から目を逸らして、律だけいればいいってずっと斜に構えた風を装っていた。俺には律以外に友達って呼べる奴なんてひとりもいなかったのを、恥じるんじゃなくて気にしてないよっていう態度を貫いた。


 本当は辛かったのに。苦しくて何もかもから逃げ出したかったのに。


 ある時、俺は思った。ほら、よく骨のある奴とかって言うじゃん。逆に骨がない奴は軟体動物みたいにふにゃふにゃで芯がないとかいうあれ。


 俺の中には、律っていう太くて頑丈な骨がずっとあった。律にくっついていれば安心なんだって思ってた。


 だけどさ、これって俺の骨じゃないじゃないか。このまま律だけに心を許しても、ある日何かあって律が俺の元から去っていったら、骨抜きになった俺はきっと自分の足で歩けないスライムみたいになっちゃうんじゃないか。


 ……え、嫌だ。


 俺はこの時初めて、不安を覚えた。このままじゃいけない。本当に本気で律離れしないと、自分がないただの抜け殻になってしまう気がした。


 だから律に「高校はどこを受けるの?」と聞かれた俺は、「普通のところ」とだけ答えた。そもそも同じところには絶対にならないだろうし、律から離れることを決めた以上、律は知る必要もない。


 なのに律は、「一緒のところに行こうよ」としつこく言ってきた。だけど俺と律とじゃ頭の出来が違うだろって笑いながら返して、絶対言わないようにした。


「……なんで教えてくれないの」


 悔しそうに尋ねられても、俺は苦笑しながら答えるしかない。


「逆になんで教えないといけないんだよ。個人情報だろ」

「遊真……っ」

「あ、俺塾だから。バイバイ」


 そう言って、俺は律から逃げた。


 だって他に何を言えばよかったんだよ。「俺、お前のせいでいじめられてるんだぜ」って言えばよかったか? 俺に優しくしてくれている幼馴染に?


 だから助けてくれって言えばよかった? それで高校も律と一緒になって、俺は律の腰巾着のままずっと生きるよって?


 ――やだよ。もう嫌なんだよ。だから、早く離れなくちゃ。


 俺の頭の中は、そのことでいっぱいになった。


 でも、別に律のことが嫌いになった訳じゃない。だから律を傷つけないようのらりくらりと質問を躱す為に、次第に律との登下校も避けるようになっていった。


 そんな、冬のある日。


 律のいぬ間にと校庭を走り抜けたところ、校門に隠れ潜んでいた律に腕を掴まれてしまった。


「――遊真っ!」

「り、律……っ、なんで」

「最近僕のこと、避けてない?」


 律は泣きそうな顔で聞いてきた。……うん、避けてる。だけどそれを律本人に言うほどの勇気は、まだ俺にはなかった。


「え……いや、そんなことは」


 途端、律の顔に向日葵のような笑みが広がる。


「! じゃあ一緒に帰ろうよ」

「……う、うん」


 律の笑顔に、酷い罪悪感を覚えた。


 手首をぎゅうぎゅうに掴まれたまま、二人並んで帰る。律が寂しそうな笑みを浮かべながら尋ねてきた。


「遊真、どうして志望校を教えてくれないの?」

「……だって、お前一緒のところに行こうって言うじゃん」

「うん、行こうよ」


 何が問題なのか、と思ってそうな笑顔を見て、これははっきり言ってやらないと駄目だと悟った。だから律を怒らせないように、律の顔色を窺いながら言葉を紡いでいった。

 

「だから……律は頭いいじゃん」

「褒めてくれてありがと」

「褒めてない、事実だから」

「遊真にそう言ってもらえると嬉しい」

「だからそうじゃなくて」


 暖簾に腕押しっていうのか。伝えたいことになかなか辿り着かない、このモヤッとした感覚。


「俺の頭で行けるところって、律のレベルには合わないし」

「そんなことないよ。そこで上位の成績を取ればいいと思う」

「でも周りが許さないだろ」

「自分の志望校をなんで周りが決めるんだよ」

「う……っ」


 ああ言えばこう言う。俺がオブラートに包みながら伝えようとしているのに、律は正論で真っ向から返してくる。


 くそ……っ。どうして俺ばっかり気を遣わないといけないんだよ。律から離れなくちゃ俺がダメになるんだよ。もういい加減分かれよ。お前、頭がいいのにどうして俺のことだけはポンコツになるんだよ。


 うまく伝わらないイライラから、律に対する思いやりも忘れて、とにかく律から離れなくちゃと強く思ってしまった。


 だからか、口から出てきたのは、明確な拒絶の言葉だった。


「……律と同じ高校に行く気はないよ。ていうかやめて」


 直後、律の目が驚愕に見開かれる。律の顎がガクガク震え始めるのが分かった。……あ、ヤバい。やっちゃった……どうしよう。


「え……ま、待って遊真、僕遊真に何かした? ねえ……っ」


 内心俺は焦りに焦っていた。だって、正真正銘律は俺の唯一の友達だったから。律を失ってしまったら、俺は完全にぼっちだ。


 でも、自分を止められなかった。だって俺、もう限界だったんだよ。毎日苦しくて、どうにかなっちゃいそうだったんだ。


「……律は何もしてないよ。律はね」


 そう、律は。律の周りの奴らはいろーんなことをしたけどな。


「は? い、意味が分からないんだけど……。お願い、説明を……っ」


 俺は律の目を見ることができなかった。目を伏せたまま、震えそうになる声を抑えながら言い放つ。


「律は何もしてない。俺と律は違う高校に行く。それだけのことだよ。説明なんて必要ないだろ」

「ゆ……っ」


 俺の言葉にショックを受けたらしい律の手の拘束が緩んだ瞬間、俺は手を振り払って走って逃げた。


「……遊真っ!」


 今にも泣き出しそうな律の声が聞こえてきたけど、俺は一度も振り返らなかった。


 これで終わった――。


 悲しい筈なのに、同時に何故かホッとしていた。



 その日から、律は一切絡んでこなくなった。


 何か言いたそうな視線は感じるけど、それだけ。律の周りの奴らは、律と俺の開いた距離に気付くと嬉しそうだった。


 だけどいじめは続いた。


「お前さ、相手にされなくなってんじゃん、みじめだな!」と真冬にバケツの水をぶっかけられたり、下駄箱に入れていた靴の中にゴミがぎゅうぎゅうに詰められたり。


 以前は行きも帰りも律が大体一緒だったから制服や靴に被害はなかったけど、一緒にいなくなった途端にこれだ。


 ――馬鹿馬鹿しい。余程暇なんだな、こいつら。


 自ら律を切り離した俺は、最早無敵だった。だって、失うのが怖かったのは律だけだ。律にあることないこと吹き込まれたり律に迷惑かけて嫌われないかなって不安に思うことも、もうない。


 だから俺は何の抵抗もせず、無の表情だった。俺が泣いたり怒ったりするのを期待していたのか、近くから様子を窺ってた奴らをチラリと見たら悔しそうな様子だったのが、ちょっとだけスカッとした。



 高校に合格した後は、中学に行くのをやめた。


 制服をずぶ濡れにして帰った日には、さすがに親に説明を求められた。観念してこれまでいじめられていた話をすると、親は泣きながらそいつらに対して怒ってくれた。


 学校にも抗議してくれたけど、知らぬ存ぜぬで軽くあしらわれたらしい。教育委員会に言ってやるって意気込んでいたから、俺はそれより「卒業まで平穏に過ごしたい」と親に伝えた。大事なのは、出席日数。だからこの後休んでも出席扱いにしてほしいという交渉をお願いしたら、ちゃんと勝ち取ってくれた。


 ここ暫く親とはちゃんと話してなかったけど、あれ、俺ってばちゃんと心配されてるじゃんって気付いて、少し心が慰められたな。


 こうして俺の辛かった中学時代は幕を閉じた。


 ちなみに、卒アルは担任が卒業式の日に届けにきた。だけどさ、いらないじゃん。思い出がどうとか、よく言うよ。俺がいじめられてるのを見て見ぬふりをしていたの、俺は知っているからな。


 最後まで俺がいらないと拒否ると、担任は苛立たしげにポストに投げ入れていった。俺は唖然としたし、出てきた母親は塩を撒いていた。


 いじめられた思い出しかない卒アルをもらって、誰が喜ぶかよ。


 こうして卒アルは、次の資源ごみの日にゴミとして出されたのだった。



 高校進学までの休息期間は、疲れ切っていた俺の心身を癒してくれた。


 律は何度かうちに来た。だけど会いたくないと親に言って、全部阻止してもらった。スマホも鳴りまくっていたけど、全部無視したらその内鳴らなくなった。


 唯一の友達を自分から切り離したんだ。当然、俺の心は喪失感で埋め尽くされていた。


 だけどまあこれで、順風満帆な高校生活を送れる筈だ。だから結果オーライじゃね? と無理やり考えるようにして、それは成功したように思えた。


 なのにさ。


 地元からは少し離れた場所にあるからと選んだ公立高校の入学式で、律の姿を見た時の俺の衝撃と言ったら――分かる?


 入学式後、同じクラスになってしまった律が、俺の元に駆け寄ってきた。


「遊真、やっと会えた!」


 満面の笑みを浮かべる律に対し、俺は苦虫を噛み潰したような顔をしていたと思う。もう、取り繕う気持ちはなくなっていた。


「なんで律がここにいるんだよ。誰が情報を漏らした?」


 低い声で尋ねると、律は笑顔を引っ込めて上目遣いで答える。


「た、担任に……遊真と同じところを狙ってるって知ってるふりして聞いたら、会話の中で高校名を漏らしたから……」


 あのくそ担任め。思い切り誘導されてんじゃねえか。


「俺はちっとも会いたくなかったんだけど」

「え」


 律の笑顔が凍りつく。


 俺は家に籠っている内に、これまであった出来事を思い返して分析した。そしてひとつの結論に達していた。


 律には味方になってくれる仲間が沢山いる。だけど俺には律しかいなかった。俺は律を失うのが怖くて、律本人に言えず、いじめられるのと律を失うのとを天秤にかけて律を取った。俺がいじめられるような奴だって律に知られて、見捨てられるのが怖かったんだ。


 でも我慢した結果、何が残った? 律は俺が望んだ通り、気付かないままでいてくれた。呑気に笑っていやがった。俺が苦しんでる間もずっと。


 全部、元はと言えば律のせいだったのに。


 律を失う恐怖から少しずつ脱却していった俺は、次第に怒りを覚え始めていた。この怒りが俺を強くしてくれ、ひとりで立ち上がる力をくれた。


 だからもう俺に律は必要ない。俺のいないところで、陰で人をいじめるような奴らと楽しく過ごしていればいいと思う。


「遊真、ねえ怒ってる? 僕が遊真を追ってきたこと、怒ってる……?」


 こいつ、やっぱり俺を追って同じ高校まできたのか。


 どうしてそこまでして俺にまとわりつくのか、さっぱり理解できない。なんだろう、優越感? 俺には律しか友達がいないから守ってあげてるんだよ的な?


 ――気付きもしなかった癖に。守ってくれなかった癖に。


 沸々とわいてきた怒りが、俺の復讐心に火を点けた。


 どうせだから、全部思っていたことを言ってやれよ、と。


 だって俺には失うものは何もないから。


 俺はできるだけ軽薄そうに見えるだろう笑みを浮かべた。


「あのさ」

「! うんっ!」


 笑顔になった律に向かって、早口で言ってやる。


「今だから言うけど、俺お前のせいでいじめられてたんだよ。俺が不登校になったのもそのせい。分かる? お前のせいだよ」

「は……? え、いじめって待って、何それ……」

「だから俺はお前と一緒の高校なんて絶対御免だったんだよ。これでようやく誰も知らない場所でのびのびとやれると思ったのに、なんでここにいる訳? 嫌がらせ?」

「……僕、のせい……?」


 驚愕に見開かれた目は、嘘を吐いているようには見えなかった。……やっぱりこいつ、なーんにも気付いていなかったのか。分かっていたけど、やっぱり腹が立つ。


 俺は思い切り鼻で笑ってやった。


「中学の時の仲がとーってもいい大切なお友達に聞いてみたらいいんじゃね? それはもう色々とされたよ。あいつらなら喜んで全部教えてくれるんじゃね?」

「え……嘘……」


 律の顔面は蒼白になっている。目には涙が滲んでいるけど、もう知るか。俺の受けた仕打ちに比べたら、こんなの屁でもないだろ。


 律しかいなかった俺と違って、律には沢山のオトモダチがいるんだからさ。


「俺さ、中学の二の舞は御免なんだよ。だから俺、律と仲良くするつもりはないから」


 今度は律は、何も答えなかった。


 ――やっと言えた。


 何故か俺の方が泣きそうな気持ちになりながら、心の中で肩を撫で下ろす。これで、これでようやく全部終わりだ。


「もう話しかけてくんな」


 俺は言いたいことだけ言うと、くるりと背を向けた。なのに律は、この期に及んで俺の二の腕を掴んで引き止める。


「ま、待って……っ! や、やだ! 遊真と離れたくないっ!」

「離せよ。俺は律もあいつらも許さないから」


 腕を思い切り振り払うと、今度は掴まれなかった。


 律は茫然自失の状態で、教師が教室に入ってくるまで同じ場所に突っ立っていた。



 それから、俺の快適な高校生活が始まった。


 高校の何がいいってさ、頭の出来が五十歩百歩な奴らが集まってるってことだよな。中には律みたいなのもいるかもしれないけど、大体みんなどんぐりの背比べで、言っちゃ何だが会話レベルも同じくらいでものすごい気楽だった。


 頭のいい奴は陰湿ないじめをしてきて、頭の悪い奴は直接的ないじめをしてくることが多かった、中学時代。でもここにはそんなものはない。友達もできたし、俺は高校生活を謳歌していた。


 そんなある日の放課後、「この後どこに遊びに行く?」なんて数名で話してたところ、その内のひとりが聞いてきた。


「……なあ。アイツって遊真の何?」

「え?」


 そいつの目線の先にいたのは、律だった。唇を白くなるくらい強く噛み締めながらこっちを見た後、背中を向けて教室を出て行く。


「なんかアイツさ、いっつも俺らのこと睨んでてやな感じなんだけど」

「……あー、同中だから見てるだけでしょ」


 律は入学してひと月が経った今も、誰とも関わろうとせずひとりを貫いていた。中学までの明るさは鳴りを潜め、まるで中学時代の俺を見ているようだ。今の律を見ていると、居心地が悪くて仕方ない。


 もうひとりがアハハと笑った。


「あー、誰ともつるんでないもんなアイツ。仲間に入れてほしいのか」

「さあ、知らね」

「ははっ、遊真冷てえなあっ」


 律の話はもうしたくなかった俺は、話題を逸らすことにした。


「なあ、サ◯ゼ行こうぜサ◯ゼ!」


 ぱっと笑顔になって提案すると、「えーまたサ◯ゼかよ」「コスパ最高じゃん」なんて盛り上がる。幸いこいつらはすぐに律のことなんて忘れて、何を食うかの話に夢中になってくれた。まあ、頭のレベルが俺と一緒だからな!


 律が消えていった教室のドアを見る。


 罪悪感で心臓を鷲掴みにされたように感じてしまい、俺は深呼吸して意図的に意識を律から逸らした。


 友人のひとりが、俺の肩を叩く。


「ほら遊真、行こうぜ」

「……おう!」


 息の合う友人、くだらないことで馬鹿笑いする時間。ようやく手に入れたものを、俺はもう失いたくはなかった。


 だから律とはもうさよならだ。


 バイバイ、律。


 心の中で、今度こそ律に別れを告げた。



 律とは決別できた、筈だった。


 異変が起きたのは、その日の夜のことだ。


 ピロンと鳴ったスマホに目をやると、まさかの律からメッセージが届いているじゃないか。


「……なんだよ今更」


 無視しようかと思った。だけどその後も、何度もピロンピロンと鳴り続ける内に気になってきて、俺は「あーもう!」と独り言をいうとスマホを手に取った。


「は……」


 そこには、予想だにしないものが届いていた。


『遊真』

『遊真が言ってた通り、中学時代の奴らに話を聞いてきたよ』


「え……う、嘘だろ」


 そんな、まさか。あの時の俺の言葉を真に受けて、実行したのか……?


『笑顔で聞いたら、細かいことも全部教えてくれたよ』

『ねえ遊真、なんであんなことをされてたのに言ってくれなかったの?』

『僕、そんなに信用なかった?』


「うわ……っ」


 画面をスクロールすると、誰が何をしたか、時期と内容、分かるものは回数まで詳細に記されたリストが添付されているじゃないか。……おお、身に覚えのあるものばっかりだ。どいつが暴露したかは知らないけど、自慢話で語ったんだろうなと分かる細かさだった。


 更に画面をスクロールする。次の瞬間、俺は「うっ」と声を漏らした。


『教科書を破いて捨てる』と書かれた次の動画には、俺をいじめていた内のひとりが泣きながら教科書を破いている姿が映っていた。


『も、もうこれでいいだろ!』

『全然だよ。全部でしょ?』


 答えたのは、律の声だった。よく見ると、破かれている教科書は高校の教科書のようだ。


『さっき暴露した話をばら撒かれたくなければやって。遊真にやったことを全部、自分で自分にやってもらうから』


 喋っているのは確かに律の声だったけど、全く聞いたことのない冷たさしか感じられない声色だった。これ……本当に律の声か?


「り、律……何やって……?」


 その後も、メッセージは続々と送られてきた。


 泣きながら、そいつの部屋だと思われる机の引き出しにグチョグチョの雑巾を詰めさせられている女子の動画。


 律に「早くしてよ」と追い立てられながら、鼻血が出るまで自分で壁に顔をぶつける男子の動画。


 階段から飛び降りて、足首が腫れるまで何度も何度も飛び降りさせられている動画もあった。

 

「な、な、なんだよこれ……っ」


 とんでもない量と内容に鳥肌が立ち、ぶるりと全身を震わせる。


 中には、『これは俺だけじゃないよ! アイツだってやってた!』と友達を売る奴もいた。律がそいつを追い詰めている動画も、ちゃんとあった。


 何十件と届いた動画を、俺は最初から最後まで全部観た。最後の方は、泣きながら笑っていた。なんでか知らないけど、笑えたんだよ。


 最後に、ピロンと鳴ってメッセージが届く。


『遊真、漏れてるものはない?』


 俺の指が、自然に動いていた。


『ないと思うよ。ていうか、なんで自分でさせたの』


 鼻水を啜りながら、すぐに返ってきた返事を読む。


『だって、僕がやったら僕のせいになって反省なんてしないでしょ。再発防止と同時に心底反省してもらいたかったし、自分でやったことは自分でオトシマエを付けないとだと思ったから』


 確かに、律にバレた上で自分たちが俺にやったことを自分自身にさせられたら、恐怖でしかないだろうな。


「く……っ、ふは、やっぱ頭いい奴は考えることが違うよな」


 涙で頬を濡らしたままクスクスと笑っていると、次のメッセージが届いた。


『律は何もしてないって遊真に言われたの、すごいショックだった』

『そっか』

『遊真にとって僕は何もしない何でもない人になったんだって思ったら怖くなった』

『そっか』


 他になんと返せばいいか分からなくて、同じ言葉をただ返す。


『遊真の為に行動できる人間なんだって思ってほしかったから、復讐することにした』


「……怖えよ」


 なのに何故か、俺の顔には笑みが浮かんでいた。


『ねえ遊真』

『なに』

『前みたいに話してくれる気になった?』


 どう返事をしようかと逡巡している間に、次々にメッセージが届く。


『遊真がいないと生きる気力が湧かない』

『遊真が隣にいないと歩けない』

『遊真が僕の生きる意味だから』


 ……くっそ重い言葉ばっかり寄越しやがって。止まりかけていた涙が、笑いと共に再び溢れてきた。


『遊真が好き』

『遊真しかいらない』

『遊真僕を許して』

『今度こそ遊真を守るからお願い、傍にいさせて』


 ……ん? ええと、これは……。


 次いで、着信があった。当然律からだ。


「……お、おう。なに」


 今さっき読んだ文面の意味に困惑していた俺は、咄嗟に出てしまった。電話の向こう側からは、グズ、グズ、と鼻を啜る音が聞こえてきている。……あれ?


『ゆ、遊真……っ、許して、お願い、いなくなるの、嫌だ……っ』


 ……これって、どう聞いても泣いてるじゃないか。途端に俺は困り果ててしまった。だって、律だよ? あの完璧な律が、俺に許してほしくて泣いているんだよ? 動揺するに決まってるじゃん。


「え、ええと……わ、分かったよ、許すから泣くなよ……」


 律は俺に許しを乞う為に、それまで築き上げた人間関係を切り捨てた。だけど俺は分かった。律が泣いているのは、あいつらを失ったからじゃない。俺を失いかけたからだということが。


 俺の返答に、暗かった律の声が途端に元気を取り戻した。


『本当っ!? 遊真、会いたい、遊真不足で死んじゃう、えぐっ、お願い、許してくれるなら下りてきて……今マンションの下にいる、から……っ』


 下にいるんかい。重いなあと思いながらも、「わ、分かった」と答える俺は、実は自分で考えていたほどには律離れができていなかったのかもしれない。


 急いで部屋を出て、階段を駆け下りる。


 マンションのエントランスを出た暗がりに、ぐじゅぐじゅに泣いている律の姿があった。俺の姿を見た瞬間、両手を広げて駆け寄ってきて――抱き締める。


「……遊真! 遊真遊真遊真っ!」

「わ、ちょ、律お前っ」


 律は俺の頬を両手で挟んで上に向かせると、勢いよく唇を重ねてきた。


 ――えっ。


「り、」

「遊真、好き、大好きっ、もう絶対離れないから!」

「わぷ、待……っ」


 律は何度もキスをしてきた。こ、こいつの好きって……そういうことだったのか!?


 俺の額にコツンと額をくっつけてきた律が、泣き笑いしながら言う。


「……大好き、遊真。一生傍にいる」

「え、お……おう」


 なんかもうそう答えるしかない気がしてそう答えると、律の目からダバダバ涙が流れ始めたじゃないか。


「う……う、ううっ、遊真ぁ……っ」

「な、泣くなよ……」 

「うわあああ……っ!」


 律は膝から崩れ落ちると、俺の足に抱きついたまま、涙が枯れるまで泣いて泣いて泣き続けた。



 次の日から、律は離れなくなった。文字通りの意味だ。


「遊真……お前も大変だな」


 友達のひとりが、背後から俺に抱きついて離れない律を指差して苦笑する。


 俺に引っ付いて離れなくなった律は、最初こそ奇異の目で見られていた。だけど次第に「遊真が好きすぎて距離感がバグってるちょっと可哀想な子」ポジションになっていった。こういう時、やっぱり見た目イケメンは得だなあと思う。


 なお、授業中はさすがに離れるけど、あとの時間は大体これだ。律の膝の上に座るのにも大分慣れてきてしまった自分が恐ろしい。


「遊真は僕のものだからね」


 恨めしそうに俺の友達を睨む律。やめろというつもりでデコピンすると、「だって」と俺の首に顔をうずめてきた。……こら、唇を首に押し当てるな。


 友人がニヤけながら席を立つ。


「あー愛されてるねえ。ご馳走様」

「あ、お、おい!」


 いってしまった。振り返って律を軽く睨む。


「律」

「……だって」


 律と仲直りして、知ったことがある。


 律の方こそ、俺がいないと駄目だったんだ。物心がついた時には律の生きる目的は俺になっていて、もうずっと俺に恋愛的な意味で骨抜きにされてたんだとか。


 ……そんなことを言われたらさ、もう突き放せないじゃん。


「物理的に距離を空けなければ安心だよね」という律の主張に負けた時点で、先は見えたようなもんだ。


「遊真、好き」


 くっつきながら、俺だけを見て言う律。俺はくしゃりと笑うと、律の前髪をぐしゃぐしゃにした。


「……あー、俺もだから安心しろ。な?」

「! うん!」


 お互いが骨抜きにされていたという結果には笑っちゃったけど、幸せならそれでいっか。


 そう思えるようになった俺だった。

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