残夢
マホロバ
残夢
ゆっくりと瞼を開け、太陽の輝きを瞳に受け入れる。
電車の振動が全身を震わせる。その感覚は確かに現実のものだ。
だが俺はまだ夢の中に居る。その証拠が目の前にある。
車内には俺の他に、制服を着た男女2人組が居るのみ。
今日は日曜日だったはずだが、他の乗客は誰もいない。ガラガラの車内だと言うのに、2人は俺の目の前で立っていた。
この2人には見覚えがある。
男の方は高校生の頃の俺だ。
毎日鏡の前で見ていた間抜けヅラだ、見間違えるはずが無い。
もう片方の女子は、俺の初恋相手か。
中学生の頃に惚れて、何も進展しないまま高校生になって疎遠になった女子。あの頃と変わらない姿のままだ。
彼女とは中学卒業後、一度だけ再会したことがある。
あの時も電車の中だった。
こんなに過疎ってはいなかったはずだが、シチュエーションとしては今と全く同じだ。
「久しぶりだね。卒業式以来だよね?」
「…そ、そうだな」
折角話しかけられたのにぎこちない返答しかできな過去の俺。
自信の無さが態度に出ている。好きな人の前だからって背伸びしようとして変な態度になってしまっている。
我ながら何と情けない。見ているこっちの方が羞恥心で顔から火が出そうだ。
「今も部活とかやってんの?」
「いや…今は何も」
「そうなんだ。テニス辞めちゃったんだね」
「あぁ」
俺は中学生の頃はテニス部に所属していた。
別に競技が面白かったとかは無い。ただ何となく仲のいい奴が居たから続けていただけ。
高校に入ってからはずっと帰宅部だった。
「結構上手かったのに辞めちゃったんだ。勿体無いね」
「別に大したこだわりとか無かったし」
「ふーん、今は何してんの?」
「今はバイトと…まぁ勉強かな」
これは嘘だ。バイトだけだと何となく恥ずかしくって、見栄を張って勉強も加えたんだ。
高校生の頃は毎日バイトとゲーム三昧。若さに胡座をかいて何もしていなかった。
この夢は俺の過去の記憶だ。彼女とのわずかな思い出を追体験しているんだ。
だが会話内容は全てが同じでは無いだろう。
きっと抜けている部分は俺の頭が美化しているはず。過去の自分がこんなに会話できていたのか自信が無い。
この頃から俺の本質は変わっていない。
要らない見栄を張って、自信の無さを隠そうと必死になっている。
変わったのは隠し方だけ。
学生の頃よりも肥えた知識が上手い見栄の張り方を教えてくれた。
「今でも他人が怖いんだ。キミは変わらないね」
高校生の彼女がこっちを見ながらそう言ってくる。
何も言い返せなかった。
情けない過去の自分ですらできていた相槌が、今の俺にはできなかった。
成長していない。身体だけが歳を取り、精神はあの頃に置き去られたまま。
せめて同じ目線で睨んでやろう。そう思って足に力を込めた瞬間、電車が大きく揺れた。
『──お出口は右側です』
無機質なアナウンスが聞こえる。
いつの間にか電車内は満員になっていた。
夢から醒めた。立ち上がろうとしていた足から力が抜ける。
背もたれに体重を預け、ため息一つ吐き出した。
目的の駅が近づいて来る。
俺はポケットの中から招待状を取り出し、会場をもう一度確認した。
駅近くの式場。何度も通勤中に見かけた場所だ。
俺はきっと迷わずに辿り着ける。
それでも道に迷いたくなるのは、夢で見た彼女が成長してしまうのを受け入れられないからだろうか。
もう一度、今度は深くため息を吐く。
俺はちゃんと『おめでとう』と言えるだろうか。
悶々とした感情を秘めたまま、電車が止まるまでの時間を待つ。
このまま走り続ければ良いのに。
徐々に減速していく車内で、俺だけがそう祈っていた。
残夢 マホロバ @Tenkousei-28
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