55.好きと怖い
「酷くないだろ」
ソルがそう言った瞬間、セレスの体は小さく震え、そして縋るようにソルの手を握り返した。そんなセレスの手を、ソルは再び強く握り返し、シレネを見る。
「家族だったらなんでもしてもらって当然なわけない。少なくとも、やってもらってた側がいう事じゃない。セレスの事を大切だって言うなら、いつも助けてくれるセレスに何かしてあげたいって思わなかったのかよ」
ソルの言葉に、シレネは不思議そうにソルを見る。
「だって、お姉様は私のお姉様ですのよ? お姉様なのですから、妹を助けるのは当然ですわ!」
「そんなわけねえだろ! 寧ろ家族だからこそ見てて知ってんじゃねえのか!? セレスは全部一人でやろうとして、無理してるとこ! どうしてそんなセレスを見て少しでも助けたいって思わねえのかよ!」
「だって、私はお姉様みたいに何もできなくて……」
シレネの言葉が、優人の頃に良く言っていた言い訳と同じで、ソルの胸の奥がズキズキと痛んだ。兄のようにできないからと言い訳をして、努力すら放棄していた。
そんな過去の自分に言うように、ソルは叫ぶ。
「じゃあ、できるように努力しろよ! 最初からセレスが何でもできたわけないだろ! すっげえ家族のために努力したんだ! 出来ない事を言い訳にするなよ!」
「やろうとしましたわ! でも出来ないんですもの! 私の事を知らないのに何も言わないでくださいませ!」
「知らなくてもわかるから……! だって、俺も……、シレネさんと同じ……、一人じゃ何もできなくて……、誰も助けられない役に立てない人間で……、でも……、だからせめて……」
「違うわ」
と、静かに口を開いたのはセレスだった。セレスは、今度は震えることなく、シレネをまっすぐ見る。
「ソルはシレネと根本的に違う。私はシレネに、ううん、家族全員に、どんなに辛い時でも手を差し伸べられた記憶なんてない。けれどもソルは些細な事でも悩んでいたら私に手を差し伸べてくれたわ。出来る出来ないの問題じゃないの。それ以前の問題なのよ」
そんなセレスの言葉に、シレネは唇を噛み俯いた。そして、ギロリとソルを睨む。
「わかりましたわ! やっぱりお父様の言ってた通り、あなたが変な事をお姉様に言ったせいですのね! そのせいでお姉様はおかしくなったのですわ! お姉様! そんな男からは今すぐ離れてくださいまし! そして、元のお姉様に戻ってくださいませ!」
そんなシレネの言葉に、セレスは小さくため息をつく。
「……ねえ、シレネ。私はおかしくなったのではないの。正気に戻ったのよ。ソルのおかげで」
そう言って、セレスはシレネに背を向けた。
「シレネ。私は神様ではないわ。だから、何もしてくれない人にまで尽くす時間なんて無いの。私の事を本当の意味で大切にしてくれる人に、私の時間を使いたいのよ」
それだけ言って、セレスはソルの手を引いて、シレネの前を去った。
セレスに手を引かれながら、ソルはセレスの少し後ろを歩いてセレスの背中をぼんやりと眺めていた。
頭の中は、まだ何もまとまっていなかった。シレネと自分を重ねて、やっぱり自分は駄目な人間なのだと思った。けれどもセレスは違うと言った。そして、そんな自分をセレスは好きなのかもしれなかった。
と、セレスは突然立ち止まった。気が付けば、夜で人のいなくなった小さな公園に来ていた。
「……ごめんなさい。また巻き込んでしまって」
「いや、それは別に……」
「……それの意味、聞いちゃったのよね。勝手にそんなの付けて、ごめんなさい……」
そう言って、セレスは泣きそうな顔でソルを見た。そんなセレスの表情に、ソルは慌てる。
「いや、別に嫌じゃなくて……! あっ、ほら! 前に言った通り、俺は誰からの好意でも嬉しいタイプの人間で……! あっ、違っ、その……、セレスからの好意なら、もっと嬉しくて……」
何を言っているのだとソルは自分でも思う。それ程までに、ソルの頭は混乱していた。
ちゃんと自分も好きだと伝えなきゃ。そう思うのに、言葉が上手く出てこなかった。
そんなソルを、セレスはまっすぐ見つめる。
「ソル、好きよ。仲間としてじゃない、ソルと恋人になりたいって意味で好きなの」
「あっ……」
そんなまっすぐなセレスの言葉に、ソルの頭は真っ白になる。
本当はこういう時ぐらいかっこよく、返事をしたかった。けれども、本当に好きな相手からの告白に、そんな心の余裕なんてなかった。
「お、俺も、好き……。セレスの事……。だから、嬉しくて、その……」
「嬉しい……! ソル、好きよ……!」
そう言って、セレスは一歩、ソルに近づいた。そして、ソルに向かってそっと顔を近づける。
ああ、きっとこれはそういう事なのだろう。そう思って、ソルもまたセレスの体を引き寄せようとセレスに手を伸ばした、その時だった。
ソルの頭に、前世の優人の姿がチラついた。優人はソルに、本当にこれでいいのかと問いかける。
この世界では、ずっと本当の自分を隠して生きてきた。ソルを演じて生きてきた。
セレスが好きなのは、誰だなのだろうか。ソルなのだろうか。優人なのだろうか。
全てを知られた瞬間、この幸せが壊れてしまうようで怖かった。
「待って……!」
ソルは慌てて、セレスの体を少し離した。まだ、突然すぎて全てを話す覚悟は無かった。
「なんで、なんでセレスは俺なんかの事、好きになったの……?」
口に出せたのは、そんな情けない質問だった。
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