54.願う幸せと自分への愛
その日の夜、ソルは宿の外に出てぼんやりと星を眺めていた。なんとなく、ソルはセレスの手作りだという御守りに触れる。嬉しく思いながらも、セレスがここまでしてくれる理由がソルにはわからなかった。
セレスはあれから、いつも通りに戻っていた。少し前まであれだけ震えていて、なんとかしてあげたいという気持ちはあったけれども、蓋を開けてみれば全て自分で片付けていた。
できたことと言えば、ただ傍にいただけ。なのにどうしてセレスは、自分を必要としてくれているのだろうか。ソルはいくら考えてもわからなかった。
と、一つの足音がソルの前で止まった。
「やっと見つけましたわ!」
その声にソルが顔を上げると、シレネがソルに向かってまっすぐ歩いて来た。
「お姉様はどこですの?」
「……どうして知りたいんだ?」
流石に昼間の状況を考えると場所を教えるわけにもいかず、ソルはそう問いかけた。本当は追い返したい気分だったが、妹はもしかしたらセレスの味方になるかもしれないという期待もあった。
今までの事を考えると、きっとセレスにとって大切な人と原作で定義されていた家族の絆はあって無かったようなものなのだろう。けれども、カーラとオーディの件もあった。そしてセレスも、家族を見捨てたといいつつも罪悪感を覚えつつ、気にしていた。もし、妹だけでもセレスと分かり合えるのなら、良い事には違いなかった。
けれども、ソルの期待は簡単に打ち砕かれた。
「お姉様には一旦戻ってきて欲しいんですの! お姉様がいないと、家の中が滅茶苦茶なままですから! お金の事は、お姉様が謝ればきっとお父様もお母様も許してくださいますわ!」
シレネの言葉に、ソルはイラっとする。どうしてセレスが謝る前提なのだろうか。どうしてあれだけの事をしてもらっていて、上から目線なのだろうか。
嫌悪感の抑えきれない顔でソルがシレネを見ていると、シレネは何か思いついたと言わんばかりにポンと手を叩いた。
「そうですわ! ソルさんと言いましたわね! あなたからお姉様に帰るよう説得してくださいませ! あなたからならお姉様も話を聞いてくれますわ!」
「は? いや、なんで俺が……」
「だって、あなたはお姉様の恋人なのでしょう?」
シレネの言葉に、ソルは何を言っているのかとシレネを見た。セレスと恋人になれればと願った事は何度もあった。けれども、恋人である事実など無かった。
「いや、何を言って……」
「ここまでアピールしておいて、誤魔化しはできませんわよ! 自分の家紋が入った小物を愛する殿方に贈る……。そしてそれを身に着けることで、周囲に二人が恋人であることを示す。有名な話ですわ! そして、その腰に付いたものがそうではなくて?」
ソルは驚いて、セレスから貰ったお守りを見る。緑の糸で刺繍された蔦の模様は、確かにセレスの家でも見た気がした。けれども、ソルの記憶を辿ったとしても、ただの平民で家紋などない平民の自分に、そんな風習があるなんて知る術などなかった。
そんなソルの様子を見て、シレネも動揺してソルを見る。
「ま、まさかあなた、その事を知らなくて? お姉様、何も言わずにあなたにそれを贈って付けさせたのですの……?」
そんなシレネを見ながら、ソルの頭は混乱していた。
たまに、セレスも自分の事が好きなのかもしれないと思うこともあった。けれども、セレスの言うタイプと自分はかけ離れていて、ただ弟のような存在なのかと思うこともあった。
けれども貴族出身のセレスがこの風習を知らずに自分にこのお守りを贈るわけなどないだろう。しかも、腰のポケットの穴に付けてくれたのもセレスだ。つまりセレスは、そういう意味で自分の事を好きなのだろうか。
胸が大きく高鳴る。嬉しくて、嬉しくて、けれども冷静になれと叱る別の自分がいた。
好きになったのは、自分ではなく“ソル”ではないのだろうか。けれども、もう散々本当の自分を見せてきた。それでも本当に、まだ自分の事が好きなのだろうか。本当の自分を、優人を好きになる人がいるなんて、想像もつかなかった。
「何しに来たの」
と、ソルが混乱していると、いつの間にかセレスが宿から出てきた。そして、ソルを守るようにセレスがシレネとソルの間に入る。
「あっ、お姉様……!」
「ソルを巻き込まないで」
そう言って、セレスは剣を抜き、シレネへまっすぐ向ける。そんなセレスの様子に、シレネは慌てた。
「ま、待ってくださいませ! 私は何も……。お姉様に戻ってきて欲しいだけですわ!」
「いやよ。戻る気はないわ」
「何故ですの!? お姉様は家族の事は心配ではないのですか!?」
そう叫ぶシレネに、セレスは小さくため息をつく。
「心配するのも疲れたと言ったら……?」
「お姉様、なんだかおかしいですわ……? 以前のお姉様は、私達家族の事を大切だと言ってくださいましたわ! そのお姉様はどこにいってしまいましたの?」
シレネの言葉に、セレスはシレネを睨む。
「じゃあ、シレネは私の事、大切に思ってくれているの?」
「勿論ですわ!」
「じゃあ、その大切な私に、何をしてくれたの?」
セレスの言葉に、シレネは全く言っている意味が理解できないと言わんばかりに、動揺してセレスを見た。
「お姉様は何を言っていますの……? お姉様は同じ家族なのに、見返りを求めて何かをしていたのですの……? そんなの酷いですわ……! 私達、血の繋がった家族ですわよね!?」
その瞬間、セレスの瞳は不安で揺れた。駄目だ、と、ソルは思う。きっと今の言葉は、家族を裏切ってしまった罪悪感で、またセレスは辛い日々に戻させてしまう。
ソルが願うのは、セレスの幸せだった。セレスが自分の事を好きかとか、そういう事なんて関係なく、セレスが心から笑えるような穏やかな場所で生きて欲しかった。
「酷くないだろ」
ソルは思わず、セレスの手を握ってそう口に出していた。
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