56.必要と理由

「なんでセレスは俺なんかの事、好きになったの?」


 セレスがソルに想いを告げ、両想いであることを確かめ合った後、ソルから言われたのはそんな質問だった。セレスから見たソルの目は、不安に揺れていた。

 どうしてソルは、こんなにも自分に自信が無いのだろうか。そうセレスは思う。以前、ソルの想いを吐き出してくれた時もそうだった。役に立てない自分はいらないと言って、誰かが自分の前から去っていくことに怯えていた。まるで自分は駄目な人間だから、去って行かれても当然だと信じ込んでいるようだった。


 ソルは、ただ家族に尽くして感謝されることでしか得られない愛情しか知らなかった自分に、本当の愛情を教えてくれた人だった。だからこそ、自分の全てを使ってソルに愛を返したかった。


 セレスはソルをまっすぐ見る。出来るなら、ソルに不安な顔なんてさせたくなかった。ソルが自分に幸せをくれたように、ソルの事を幸せだけで満たしたかった。

 ソルが不安なら、何度でも伝えればいい。そう思って、セレスは口を開いた。


「ソルは、見返り無く私を助けてくれて、守ってくれた。そんなソルを、好きにならない理由なんてないわ」

「見返り無く……。セレスの好きなタイプ……」


 ソルがそう呟く。確かに、エフォールでソルに、そんな相手に尽くしたいと言った記憶はあった。セレスとしては、ソルの事を思い描きながら言ったつもりだった。伝われば良いと思う下心もあった。

 けれども、ソルはセレスから目を逸らす。


「……そんな事、した記憶ない……」


 ソルの言葉に、セレスは驚いてソルを見た。まさか、ソルが自分で認識していないとは思わなかった。

 ああ、ますますソルの事が好きになる。自分の家族は助けられることが当然で、なのに不公平さは何も感じていなかった。けれどもソルは助けることが当然で、その癖自分は何も役に立てていないと不安になっている。


 そんなソルに、わからせてあげたかった。ソルがどれだけ、自分に優しさをくれたのか。

 セレスはソルの手を引き、公園のベンチに座らせる。そして優しく手を握った。


「ソルは覚えているかしら。出会って間もない頃、雷が鳴っている時、洞窟で雨宿りした日の事」


 セレスはその日の事を話した。平気なフリをしても怖がっている自分に、ソルがまっさきに気が付いてくれた事。雷が怖いなんて知られたくなかった自分を隠すように、ソルが雷を怖いことにして隠してくれた事。


「その時まで、自分が隠してきた感情に気付いてくれる人なんていなかった。そもそも不満を口に出して伝えても、何も聞いてもらえなかったのだもの。しかも、レピオスやカーラに勘違いされても、私が雷が怖いことを隠して守ってくれた。あの時から、ソルの事を意識していたのよ?」


 ソルが驚いたようにセレスを見る。きっと、覚えてはいたのだろう。けれども、そんな事でと言いたげな顔をしていた。

 きっと、ソルにとっては大したことない話だったのだろう。どうしたら、ソルにこの想いが伝わるだろうか。そう思いながらセレスは口を開く。


「それに、料理の役割分担の時だって」


 セレスにとっては、どれだけ疲れていても寝不足でも、周りができないのであれば自分がやることは当たり前だった。けれども、そんな自分を叱って止めて、助けてくれた。


「自分でやるしか方法を知らなかった私が、どれだけ助けられたかわかる? しかも、ソルにメリットなんて一つもない。ただ優しさだけで私を助けてくれた。でもそうね。見返り無く私を助けてくれて守ってくれたと言えば、一番は、瘴気の事かしら」


 あの日の事は、未だにトラウマだ。ソルが冷たくなって瓦礫の中から出てきた時の事は、未だに何度も夢に出てきた。そして失って初めて、ソルがくれた優しさの価値と自分の愚かさを知った。

 いつの間にか、ソルがくれる優しさを当たり前と思って過ごしていた。いくら瘴気の影響があったとはいえ、ソルからの優しさは一生貰えるものだと信じて疑わなかった。そして好きになっていく自分の感情を恥ずかしいからという理由で隠して、気が付けばソルに苛立ちをぶつけて、何も伝えられないままソルを失った。


 死んだソルが生き返る方法があると知った。もう二度と、同じ過ちを繰り返したくなかった。ソルが命を懸けて守ってくれたのだから、今度は自分が守る番だと思った。

 辛くても寄り添ってくれない家族に未練はなかった。それでも領民の事はあったから、最低限の事はしたけれども、それよりもソルのために時間を使いたかった。罪を犯すことすら気にならなかった。ソルを取り戻してソルを幸せにすることが、自分の使命だと思った。


「あの日の事は、もう二度と繰り返して欲しくないわ。けれども、ただ私の幸せを願って命を懸けてくれた人を、好きにならない理由なんてあるかしら? 言ったでしょう? 見返り無く私を助けてくれて、守ってくれる相手に、私は私の時間を捧げたいの」


 沢山ソルがしてくれたように、今度は自分がソルを幸せにする。どんな手を使ってでも。


 ソルの目が不安で揺れるのを見た。そんなソルの様子に、セレスはまた怖くなる。拒絶されるのが怖い。ソルが自分から離れていくのが怖い。


 ……わかってる。ソルの幸せのためといいつつ、本当は自分がソルを失いたくないだけなのだと。ソルのいない世界に、自分が戻りたくないだけなのだと。

 ソルの幸せだけを望めなかった。ソルからの愛が欲しかった。ソルを守ることを口実に、ソルの全てを知りたかった。知らない事があるというだけで、気が狂いそうだった。

 ソルが望むなら、体すら捧げて良かった。それでソルが自分を見てくれるなら、それで良かった。辛い時に手を差し伸べた自分に心すら依存して、自分だけを必要として欲しかった。


 ソルは、そんな欲望まみれの自分の事を好きだと知った。嬉しくて、けれども自分の醜い部分を知っていたから、壊れてもしまう恋人という関係になるのが少し怖かった。

 けれども、こっそり付けた証の事がバレても、ソルは変わらず守ってくれた。もう想いは止められなかった。


 ソルは少しセレスから目を逸らし、そして覚悟を決めたように再びセレスを見た。


「あの、さ。一日、待って。心整理して、俺が隠してること、全部伝えるから。全部知って、そんな俺でもいいっていうなら、恋人になろう?」

「……私は、どんなソルでも大好きよ」


 セレスがそう言っても、ソルの瞳はまだ不安そうに揺れていた。


「わかんないだろ? レピオスとラーレさんみたいに、壊れちゃうかもしれない。……俺もセレスの事好きだから。だから後でバレて、嫌われるのは嫌だ」


 ソルは何を隠しているのだろうか。もしかしたら、本当は何か見返りを求めていたのかもしれない。

 それでもいい。ソルが自分にしてくれた事に変わりはない。寧ろソルが願うことがあるのなら、全て知りたいし叶えたい。それでソルがもっと自分を必要としてくれるならば、こんなにも嬉しいことは無い。


「わかったわ。待ってる」


 セレスは優しく、ソルにほほ笑んだ。

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