第26話 マッサージの効能

ひろ子の膝枕で敷島は淡い眠りに落ちかけていた。

膝から伝わる温もりと耳かきが心地よかった。


「畳変えてもらえよ」


睡魔に抗するため敷島は口を開いた。

こうして近くで見ると畳の擦り切れが目についた。

敷島は畳を掌で撫ぜた。


「大家さんケチなのよ」


「じゃあ変えてやるよ。畳屋に電話しとけよ」


「いいわよ。私、全然気にならないもの」



※ ※ ※



敷島が初めてここを訪れたのはちょうど一年前だった。

たまたま前を通りかかった時に看板が目についた。

その看板は古い平家の玄関脇に掲げられ、そこには「整体、マッサージ」と縦書きで書かれていた。

敷島は何となく興味をひかれた。

店には見えなかった。

生活が営まれるありきたりの古い家屋かおくだった。

それまでの人生で整体に行ったことなどなかったが、好奇心に駆られ、玄関の引き戸を開けた。


中に入ると、そこは六畳一間の和室だった。

向かって左手は壁、右手は襖になっていた。

部屋の隅に折り畳んだ布団が置かれていた。

誰もいなかった。

敷島は奥に向かって、御免くださいと声をかけた。

襖が開き、白衣姿の中年女性が出てきた。

地味ながら美しい女だった。


「看板を見たんですが…」


「どうぞお上がりください」


敷島は玄関で靴を脱いだ。


女は布団を部屋の中央に敷いた。


「こちらにうつ伏せになってください」


敷島は布団の上にうつ伏せで横たわった。


大きなタオルが背中にかけられた。


「どこか痛いとこありますか?」


「特にないけど、身体全体が凝ってる気がしてね」


「わかりました」


女はどちらかと言えば小柄だったが、揉みほぐす手には力があった。


「お客さん、いい筋肉ですね」


女が肩を押しながら声をかけてきた。


「昔スポーツを少しね」


敷島はボクシングをやっていた。

今でも時間があるとジムに行き、ミット打ちやサンドバッグを叩く。

女は肩からつま先、首、頭頂部まで施術を施すと、上体を起こすように言った。

心地よい気だるさを感じながら敷島が起き上がると、羽交い締めにされ瞬間身体が浮き上がった。

背中の骨が軋みを上げた。


「仰向けになってください」


敷島は再び横たわった。

天井の木目模様を眺めながら次は何だろうと考えていると、股間に手が伸びた。

ズボンの上から円を描くように何度か撫でたられた後、ベルトのバックルが外れる音がした。

ズボンが下ろされ、トランクスの上からペニスを握られた。手が上下に動き、勃ち上がるとトランクスをまくられた。

女の口に含まれるのを感じた途端、口内にあっけなく射精した。

女はこれ以上出ないのを待って口を離すと、襖を開けて出て行った。

その間、敷島はただ横たわり天井を見つめていた。全身が弛緩し、動くことがてきなかった。

襖が開いて、女が戻って来た。


「これもマッサージの一環か」


敷島は何とか上体を起こし下着を上げた。


違う、と女は答えた。


「じゃあどうして」


「あなたには必要なように思えたから」


以来敷島は女の元に足繁く通うようになり、二人は男女の関係になった。



※ ※ ※



「ここって若い男も来るのか?」


「たまに来るわね」


「口コミってやつかな」


「整体をするだけよ」


「歳上の女が好きな男は多いさ」


「もう何よ、整体をするだけって言ってるでしょ」


ひろ子は口を尖らせ敷島の耳に強く息を吹き入れた。


敷島はくすぐったさに身を捩った。

カサカサする日々の中で束の間感じられる癒しだった。

敷島はひろ子の膝から上体をお越した。

尻ポケットから一枚の写真を取り出し、畳の上に置いた。


「こいつ知ってるか?」


ひろ子の方に滑らせた。

ひろ子は写真を手に取りまじまじと見つめた。


「知らないわねぇ、誰?」


「殺人事件の容疑者だ」


ひろ子にはピンと来なかった。

写真に映る若者はハンサムで中性的な印象だった。

アイドル歌手には見えるが殺人の容疑者には見えなかった。

少なくとも写真からは暴力性は感じられなかった。


「もしここに来たら連絡してくれ」


「捕まってないのね」


「ああ」


「怖いわ」


ひろ子は敷島の肩にもたれた。

敷島はひろ子を抱き寄せ唇を重ねた。


「今夜は泊まっていって」


わずかに唇を離し、ひろ子がささやいた。


「そうしよう」


再び唇が重ねられた。

強く押し合い、どちらからともなく舌を突き出し、互いの口の中で絡み合った。


(つづく)

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