第27話 ミルキーウェイでつかまえて

1.


大通りでは七夕祭りが催されていた。

人混みに紛れて、などと甘い考えを

持つべきではなかった。

いや九一もソヨンも本心では七夕を見たかったのだ。人混みに紛れた方が見つかりにくいと言う考えは言い訳に過ぎないのだ。


でなければ金魚すくいに興じたりなどはしなかっただろう。

色とりどりの七夕飾りや、歩行者天国の両側に立ち並ぶ屋台は二人の緊張感を奪っていった。

七夕祭りはソヨンにとって初めての体験だった。興味を惹かれずにはいられなかった。


そもそも人が多すぎて足早に通り抜けることなど不可能だった。

2人が金魚すくいの前に来た時、人波が停滞した。

ソヨンは大きな水槽の中で泳ぎ回る無数の金魚に見入った。

一組の親子が金魚すくいに興じていた。

母親と男の子だった。

もっともポイを握っているのは母親で、男の子は脇で見ているだけだった。


「金魚すくい知ってる?」


九一が声をかけた。


「知ってる。やったことはないけど」


九一はねじり鉢巻の若いテキヤに小銭を差し出した。


「一回ね」


「はい、300万!」


ソヨンはテキヤから網を受け取り、しゃがみ込んだ。

隣の母親をしばらく観察した。

水槽の角に金魚を追い詰め、すばやく金魚をすくうとボールに放った。

掬い上げるのが2匹まとめてのときもあった。

見事な技だった。

ボールはすでに金魚でいっぱいだった。


「奥さんすごいねえ!」


テキヤは新しいボールを差し出した。

母親は手を伸ばして受け取った。

まるでパチンコの箱を受け取るような仕草だった。

しかし、それを満たすのはパチンコ玉ではなく、金魚なのだ。

彼女は何かに取り憑かれたように金魚と対峙していた。もはや子供がそばにいることを忘れているようだった。息を詰め、ポイを構え、狙いを定め、水面を切り裂き、金魚を掬い上げる。最後の一匹までさらっていきそうだった。


ソヨンはしゃがみ込んだ。

掬い上げる金魚に狙いを定めポイを沈めた。

目の前の母親を参考に、金魚が水面に上ってきた瞬間、切るようにして掬い上げた。


「きゃー、やったー!」


ソヨンは歓声をあげながら金魚をボールに放った。


意気込んで次の一匹に取り掛かろうとした時だった。

背後から誰かに抱きつかれた。


「俺の金魚ちゃん見つけた!」


「きゃっ!」


ソヨンは短いと悲鳴を上げた。

振り返るとボスの手下がニヤニヤ笑いながら立っていた。


2.


街最大のイベント、七夕祭りは「殺家ーサッカー」にとって重要な収入源だ。

毎年、いろいろな屋台を出店している。

たこ焼き、お好み焼き、お面、射的、りんご飴、綿菓子、金魚すくい等々。

「殺家ー」直営以外の屋台からは、みかじめ料を徴収している。

みかじめ料を断る屋台は叩き壊した。


ボスはラズベリーとストロベリーを連れて、人波をかきわけるように歩いていた。というよりは、モーセの十戒のように彼らが通るところ人波が割れた。どう見てもぶつかってはいけない3人組だったからだ。


ボスはかつを入れるために各屋台を回った。


「おう、ヨヅ、調子はどうだ」


ボスはたこ焼き屋の四ツ倉よつくら、通称ヨヅに声をかけた。

フルーツ名で呼ばれるのは暗殺部門のメンバーだけで、他はすべて本名、あるいはあだ名で呼ばれた。


「いや、全然ダメっす。あそこ客を持ってかれちゃって」


斜め前にたこ焼きの屋台があった。

「大阪たこ次郎」と威勢のいい字体で書かれたのぼりが立っていた。

長い行列が3軒先まで伸びていた。


「チェーン店らしいです。試しに食ったらすげえうまいんです」


「上等だ。斬り刻んでたこ焼きに入れてやるわい」


ボスは顎でラズベリーとストロベリーにシメて来るよう指示を出した。


2人は「たこ次郎」の屋台に向かった。

行列の先頭に立つ客をストロベリーが押しのけ、たこ焼きを一心不乱に焼いてはパックに詰めている二人の若い男に、いちゃもんをつけた。


「おい、タコ! 誰の許可とって店出してんだ!」


男の一人が顔を上げた。タコには程遠いハンサムな若者だった。タオルをねじり、鉢巻きにしている。


「市の許可はとってありますけど」


「あんちゃん、この街はな、市の許可だけじゃ足りねえんだよ」


後から来たボスが言った。


「この街にはこの街のルールってのがあんだ。それが守れねえってことはルール違反ってことだ」


行列の客たちは、不穏な空気を察して散っていった。


ボス「タコ焼きもらおうか」


店員「400円になります」


ストロベリー「何が400円だタコ野郎!ナメてっと本物のタコにするぞ!」


ボスは代金を払うことなく、店員からたこ焼きを奪い取った。

ソースと鰹節の香りに食欲をそそられた。

爪楊枝で刺して1個を口に入れた。

マズッ!と言って口から吐き出すつもりだった。ところが・・・


ボス「こ、これは・・・」


ラズベリー「毒でも入ってましたか」


ボス「食ってみろ」


ラズベリーも爪楊枝で一個を口に運んだ。


ラズベリー「こ、これは・・・」


ストロベリー「何だよ、二人して」


ラズベリー「食ってみろ」


ストロベリーも、


「こ、これは・・・」


三人ともその美味さに衝撃を受け言葉を失った。


「たこ次郎」の店員たちは彼らの大袈裟な反応に唖然としていた。一体今までどんなたこ焼きを食べてきたのか。


ボス「お前ら、ウチに来ねえか」


ボスは「たこ次郎」の店員たちをスカウトした。残りのたこ焼きは全部一人でたいらげた。口に残るタコをくちゃくちゃ噛み続けていた。


店員「ウチ?」


ボス「ヨヅの野郎はクビだ。アイツが焼いてるのはたこ焼きじゃねえ。粉だんごだ。今日からはお前らがウチのたこ焼き屋だ」


店員「勝手に決めないでくださいよ」


からまれたかと思えばスカウトされ、たこ焼き屋の二人は完全に戸惑っていた。

行列の客はボス達に恐れをなし消えていた。

「たこ次郎」の2人も売り上げなどどうでもいいから、さっさと撤収したかった。


「あっ!」


ストロベリーが突然、声をあげた。


ストロベリー「ソヨン!」


ボス「なに!? とこだ!?」


ストロベリー「ほら、あそこ! 金魚すくいの屋台にいるでしょ。ほら、手前でしゃがんでるの。あっ!」


ボス「今度は何だ」


ストロベリー「あいつも一緒だ!」


ボス「何! あっ! 九一くん!」


ボスはソヨンと九一を特定した。


ストロベリー「俺が二人とも捕まえてきましょう」


ボス「待て! 九一くんに手出すんじゃねえぞ。もし少しでも手出したら、金魚のエサにしてやるからな」


ストロベリー「わかりやした」


ストロベリーは足音を忍ばせながら、背後からソヨンに近付いていった。

そばまでくると後ろからソヨンに抱きついた。


ストロベリー「僕の金魚ちゃんつーかまえた!」


「キャッ!」

ソヨンの短い叫び声があがった。


ストロベリー「さあ、ソヨン、お店に帰るよ」


ソヨンの腕をつかんだ。


ソヨン「逃げて!」


ソヨンは九一に向かって叫んだ。


ストロベリー「そっちの僕も一緒に来るんだよ」


九一には手を出すな、と言われていたせいもあった。セックスだけが取り柄のただの若者だろうと油断していたせいもあった。

ストロベリーは九一に不用意に近づいてしまった。

しかし九一は殺人者だ。

殺し屋ではないからと言って不用意に近づくべきではなかった。


ストロベリーが近づいてきたとき、九一は落ちていた割りばしを拾った。

先を折り、ストロベリーの左目に突き立てた。


「ギャアア!」


ストロベリーは悲鳴を上げ、刺された左眼を抑えながら地面に膝をついた。


「行くぞ!」


九一はソヨンの手を取り、人ゴミに紛れるように走り去った。


ボスとラズベリーが、ストロベリーのもとに駆け寄った。


ストロベリー「ちきしょう! あのマンコ野郎、ぶっ殺してやる!」


抑えた手の下から血が流れ落ちていた。


ボス「目ん玉一個ぐらいでガタガタ言うな。ラズベリー、追え!」


ラズベリー「オーライ、ボス!」


ボス「いいか、絶対に手ェ出すんじゃねえぞ!」


人波に消えていくラズベリーの背中に向かって叫んだ。


九一とソヨンの後を追うラズベリーだが、背の低い彼は人波に呑まれ、進もうにも進めなかった。


「どけ、コラ!ぶっ殺すぞ!」


悪態をつき、人混みを掻き分け、ときには前を行く人の背中を押したり、尻を蹴り飛ばした。


「どかんかい、コラ!」


強面で叫んではみるもののチビのラズベリーひとりでは迫力にかけた。

祭りに浮かれる人々は耳を貸してはくれなかった。

間もなく大通りを抜け、人のまばらな所へ出たが、辺りを見渡しても九一とソヨンの姿はなかった。


「ちくしょう、見失ったか・・・」


肩で息をしながら、ラズベリーはありがちなセリフを吐いた。


(つづく)


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