第25話 ジャッキー・チェンVSブルース・リー

ボスはかがみ込んでブルーベリーの頬を指で挟み、唇を開かせた。

もう一方の手の指を口の中に突っ込み、取り出した。


葡萄の果実だった。


「グレープの野郎・・・」


ボスは辺りを見渡した。


ボス「まだ近くにいるはずだ。追え!」


ストロベリーとラズベリーは動かなかった。

グレープを追ったところで返り討ちにあうのがオチだった。


ボス「なぁにやってんだよ、バカヤロウ!早く行けよ!」


ラズベリー「俺はエレベーターの方に行く、お前は階段を見てこい!」


ストロベリー「エレベーターは俺が行く、階段はお前が見てこい!」


ラズベリー「いや、俺がエレベーターだ」


ストロベリー「いや、俺だ」


ラズベリー「昨日ぎっくり腰になった。階段がうまく降りれん」


ストロベリー「俺はヘルニアだ。おとといからだ」


ラズベリー「最近立ちくらみがするんだ」


ストロベリー「俺は腹が痛くなってきた…」


ボス「てめえら、ふざけてんのか! ラズベリーが階段、ストロベリーがエレベーターだ! 早く行け!」


ストロベリーはラッキーと心の中でつぶやき、エレベーターに向かってスタコラと走って行った。


ラズベリーも慌てて階段に走るフリをしたが、その実スピードは出ていなかった。

ステップの一段目を降りるとそこで足踏みをした。靴底で不自然なほど大きな足音を立て、さも急いで後を追っているような演出をした。


グレープとまともにやり合うつもりはなかった。到底勝てる相手ではない。

まして階段は怖かった。踊り場でグレープが待ち構えていたら…


※ ※ ※



ブルーベリーの死体を事務所のドアの前に放り投げると、グレープは足早に退散した。


このまま一気に攻め込んでもよかったが、殺しは1日1人と決めていた。

無理はしないこと、油断しないこと、調子にのらないこと。グレープは常に肝に命じていた。

彼が殺し屋として長くトップに君臨する所以ゆえんだった。


ときどき後ろを振り返りながら、階段を降りて行った。

追ってくる者はいなかった。

追ってきたところで返り討ちにするだけだが。


飲食店が軒を連ねる裏通りを抜け、大通りに出た。

通りに面したデパートの前まで来た時だ。

出入り口から知った顔が出てきた。

チェリーだった。

買い物袋は下げていない。

平然とした様子で事務所の方へ向かった。


チェリー暗殺は予定してなかった。ボスのダッチワイフなどどうでもよかった。しかし、ボスに精神的ダメージを与えるにはダッチワイフを本物のダッチワイフにするのもいいかも知れない。


グレープは気づかれないように目深にかぶった帽子のつばをさらに引いた。


少し距離を置いて、後を追った。

たった今小走りで通ってきた道を引き返す形になった。


事務所に着く前に人通りのないところで捕えるつもりだった。


事務所がある「黄昏のレンガ路」にチェリーが足を踏み入れたとき、グレープは一気に距離を縮め、背後から首に腕を回した。

しかし、チェリーは冷静に対処した。わずかに首をずらすと、グレープの腕に噛み付いた。

グレープは痛みにひるんだ。腕の力が弱まった瞬間、チェリーは肘でグレープのみぞおちを打ち、つま先を思い切り踏みつけた。チェリーが履いていた靴は固く重みがあり、足の親指がつぶされたような痛みが走った。


チェリーはグレープの腕からすり抜け、振り返った。


「グレープか」


「お前、ただもんじゃねえな」


「俺だって『殺家ー』の一員だ。腕に覚えがないわけじゃない」


「油断したぜ」


あるいはラズベリーよりも厄介な相手かも知れないとグレープは思った。

グレープはジークンドーの構えを見せた。

最後に構えたのはいつだったか。

それだけの敵に出会ったのは久しぶりだった。


「本気で行くぜ」


「じゃないと俺は倒せないだろうな」


相手も構えた。


「蛇拳か。笑止。ジャッキー・チェンでブルース・リーに挑む気か」


「蛇拳のジャッキーはスタントマンの頃のジャッキーではない」


「ジャッキー・チェンなど所詮は京劇出身のアクション俳優よ。あらゆる武術を取り入れたジークンドーの敵ではない」


「代理戦争をするつもりはないんだ。俺は俺として戦う」


「アチョー!」


グレープがかかろうとしたとき、チェリーは銃を抜いた。

グレープは瞬時に動きを止めた。


「ひきょうだぞ」


銃口はグレープの額に向いていた。


「言ったろ? 代理戦争をするつもりはないって」


「お前、何で銃を持ってんだ?」


「銃無くして『殺家ー』の一員と呼べるか?」


「問題はな、お前が銃を持ってることじゃなくて、お前が持ってる銃だ」


『殺家ー』の殺し屋に支給されている銃はスミス&ウェッソンM500、しかしチェリーが持っているのはニューナンブM60、警官が所持する銃だった。


「なるほど」


グレープはニヤリと笑った。


「警察の犬はお前か」


チェリーは何も言わなかった。

それは肯定のようにグレープには思えた。


「俺が撃てるか?」


男は銃を構えたまま表情こそ変えないが迷っているようだった。


「撃てないだろうな。警官なら軽々しく路上で発砲はできないよな」


グレープの足元に突然、銃弾が飛んで来た。

グレープはダンスを踊るはめになった。


「危ねえなこの野郎! 当たったらどうすんだ!」


「殺し屋の言うセリフじゃねえな」


グレープは構えを解いた。


「いいだろう。今日のところはお互い退散しようじゃねえか。お前のことはボスには黙っててやるよ」


「逃がしはしねえよ」


銃口を向けたまま言った。


「それは警官として犯人を捕まえるってことか? それとも『殺家ー』として裏切者を始末するってことか?」


その質問はチェリーに一瞬の考える余地を与えた。

自分に対する注意がそれた瞬間をグレープは逃さなかった。

ナイフが飛んで来た。

チェリーは額めがけて飛んで来たナイフを右腕で避けた。

ナイフは前腕部に刺さった。

腕を下ろしたときにはグレープの姿はなかった。


(つづく)

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