言わなかっただけだから
幸四郎さんはかつて田舎で遊び歩いていた。その時に体験した話だ。彼によるととても怖いものだったらしい。
「かなわないんですよねえ……何か悪いことしましたかね?」
*
田舎というのは全部がそうだとは言わないが、どうにもよそ者には冷たかった。それどころかそこで生まれた自分にさえも大学進学で東京に出たからと余所者同然の扱いをされるようになった。
迷惑なことだが、仕方ないと諦めなじめるように努力はした。それもあってか村から出ていない親のこともあってなのか、割とすぐに昔通りの対応をしてもらえるようになった。
両親が健在だったのが幸いしたなと思い、地元のスーパーに正社員で入った。当時は就職氷河期で、人手不足を年中訴えているところでも就職出来ればマシというレベルだったため、正社員雇用と言うことでそれに縋って就職をした。
おかげで人並みの生活が出来たので、当時はとてもありがたかったと思っていた。営業時間が二十四時間ではなかったので夜となると店を閉めるのだが、帰宅する頃には暗くなるのが当たり前になっていた。
冬にさしかかった頃、帰宅時間にはもう真っ暗になっていた。真夜中でも余り困らなかった東京での生活の後だとその時間で真っ暗になってくる、通る車のヘッドライトがないと道もよく見えないところ帰るのはペーパードライバーだった身には難儀だ。
しかし仕方ないので慎重に車で渋々と帰っていた。夜に遊ぶ場など無いのでさっさと帰ってスマホを弄るくらいしかやることはない。飲み屋で飲もうにも顔見知りがほとんどで、適当な店に入ると顔見知りがいるので早々に帰ることにしていた。
そうして冬が来たある日のことだ。朝、カーテンを開けると外に雪が積もっていた。こうなると困ったもので、通勤に車を使っていたのだが、外を見ると道路が雪どころか路面がテカテカに反射していた。
間違いなくアイスバーンであって、あの上を走ったら事故になるに決まっている。一応チェーンでも巻けば違うのかもしれないが、徒歩圏内のスーパーに行くのにチェーンをタイヤに巻く気にもならない。
嫌々ながらも歩いて出勤することにした。歩いて行ける範囲でも自動車を使うのが当たり前になっていて、自分でも随分馴染んできたなと思えた。
出勤するといつも通りの仕事に移る。品出しなどを一通りしたところで『悪いが少し遅くまでやってくれないか? 一人雪で出られないそうなんだ』と言われた。
その日休んでいたのは山の方から来ていた人なので、確かにあの道路を上ったり下ったりするのは危ないなと思いカバーに回ることにした。
そのため帰宅時間が遅くなった。それに思うところもあったのか、帰宅しようとすると店長がやって来て封筒を一枚渡してきた。
「わるかったな、無理させて。まあ美味いもんでも食ってくれ」
そう要って去っていったのだが、中を見ると五千円札が入っていた。残業代は別で出るのだろうが、結構な時間まで勤務したので多少は悪いと思ったのかもしれない。その時ちょうど居酒屋のチェーンがが開いていたなとふと思い出す。
基本地元の人が飲みに行くときは行きつけの店があるが、そのおかげでチェーンの居酒屋は余り人の目が気にならない。集まっている人もそうった人たちだ。
折角だし飲んで帰るか。そう考えて帰り道を歩いていた。うろ覚えで某居酒屋チェーンに向かって歩く。
何を飲もうかななんて思いつつ、信号を渡って道を歩いていた。その時ふと体が宙に浮いたような気がした。
気が付くと病院で両親が目を覚ましたと大騒ぎしていた。なんなんだよ一体と思いつつ、手足にしびれが走っているのに気づく。
何が起きたのかと思うと、後から入ってきた医師に説明された。どうも自分は暗い道を歩いていて、雪のせいで見づらくなっていた用水路に転落していたということだ。
偶然にもその瞬間を目撃した人がいたので即座に通報され、幸いにも救助された。
医師は、たまたま目撃者がいたから助かったようなものの、一歩間違えれば死んでいた確率の方が高いと言われ怖くなる。
そうして医師と両親が部屋を出て行き数日間病院で過ごすことになった。個室を取ってもらえていたので眠ろうとすると考えが頭を巡っていく。
その途中、ふといやな感じがする。
よく考えるとスーパーから自宅にそのまま帰宅するのなら用水路は無い。店長は自分が居酒屋に余り行きたがらないのを知っていたはず、そしてスーパーと居酒屋チェーンの間には広めの用水路がある。
もちろん偶然なのだと思うんだが、結びつけるといやな感じがする。ただ、あそこで寸志をもらっていなければ間違いなく家に直行していただろう。
どうにも怖くなりスーパーを辞め、そのまま東京に出てきた。両親は引き留めようとしたが、近所の人は言わないまでも出て行って欲しいと言う雰囲気を出していたので再び上京するのに迷うことはない。
そうして東京に来たが、夜でも明るいというのがどれほど有り難いことなのか実感する。
幸い後遺症も残らなかったので東京で力仕事を渡り歩いているが、体力が落ちる歳になったとしても故郷に帰るつもりは無い。
*
「どう思いますかね? 偶然で片付けることも出来る話なんですけど、それがいくつも重なるんでしょうか? どうしてもその日はちょうどおあつらえ向きだったから……なんて嫌な想像が出来るんですよ」
私は彼に『偶然かどうかは分かりません。ただ、あなたは帰省する気がないのだから悪い方に考えなくても良いのではないでしょうか、帰らないならいい思い出をいやな方に解釈する必要も無いでしょう』と答えるのが精一杯だった。真実はなんであれ、確定していないなら楽観的に生きた方が楽なのでは無いかと思わされる話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます