偶然の重なり

 詠さんが体験した出来事です。彼女は悪い思い出ではないけれど、嬉しいような話ではないと語ってくれました。


「あれが無ければもっと酷いことになっていたんでしょうけどね、ただ、いいことなのかはよく分かりません」


 *


 その日、私は遊び歩いていた。田舎での遊びなどたかが知れているのだが、中学生にしてバイクの後ろに乗せてもらって平気で遊んでいた。ただ、少なくともドライバーの擁護をするならきちんと免許を取って一年以上経ち、二人乗りが出来るようになってバイクの方も二人乗りが出来る車種だった。ただ、ヘルメットが半ヘルだったのは誉められたものではないのかもしれない。


 いつも通り隣町のゲーセンに行こうかなどと話していたときのことだ。携帯に連絡が入った。それによると、いつも後ろに乗せてくれている彼氏が風邪をひいて、更にバイクの方がパンクをしてしまったので修理してもらっているそうだ。


 その時は悪いことが重なるなあなんて呑気なことを思っていた。帰りにどこかに寄ろうかと考えていたところ、ポツポツと雨が体に当たった。別に風邪をひいたりびしょ濡れになるような酷い雨ではなかったが、あまり気分の良いものではないので仕方ないなと思い帰ることにした。


 そうして帰宅したところ、ちょうど家に入ったところでバケツをひっくり返したような雨が降り出す。ギリギリだったなと思いながら部屋に入るとマンガを読んでいた。余り素行が良くないのでお行儀のいいクラスメイトとは電話やメールをほぼしない。となると悪友たちとの話くらいしかないが、この雨の中外を遊び歩いている人はいないだろう。向こうも人なのだからこの豪雨の中で遊びに行くようなはずもない。


 退屈だなと思いながらも仕方ないことだと諦めていた。ぼんやりと窓の外を見ながらマンガを読んでいると、ガラガラと玄関の開く音がした。なんだろうと思い向かってみると、両親が揃って立っていた。それから早口で病気だった祖父が危篤になったから病院に行くぞと言われ、何も言えないまま車に乗せられ、病院に走る車の中で、そう言えば祖父とは余りまともに話していなかったなと思いだした。


 特にこれといって思い出があるわけではないが、昔から仲が悪くはなかった。祖父もそれなりに親戚からはあまり良い扱いを受けていなかったが、鼻つまみ者の仲間ということで年に数回会うとくだらない話をして幾らかの小遣いだからと渡して貰った程度には険悪ではなかった。


 まあ歳だったしな、そういうこともあるのか。そんな風にドライに考えていたのだが、病院について祖父の病室に入って少しだけ衝撃を受けた。


 前に会ったときは性格の悪そうな笑みを浮かべて『来たんか、相変わらず金欠なんか?』などと言ってきたので『そうだよ』と言うと、財布から千円札を数枚出して『持ってけ』と渡してくれた。こちらもお金をくれているのだからと愛想笑いを浮かべて帰った。


 しかし目の前にいたのは点滴をされている痩せこけた老人だった。元気そうにして居た頃からは想像もつかない。各所に電極のようなものを付けられ、ベッドの脇の機械が無機質な音を規則的に立てている。


 必要なものだとは分かっている。きっとこれも命を繋ぐのに必要なものなのだろう。ただ、元気だった頃の姿を知っているとこうして『生かされている』存在になってしまった祖父を見るのは辛かった。


「手を握ってあげて」


 そう言われて手を取ったが、あれだけ好き放題飲んで食べてしていた印象の残っている祖父の手が、今となってはすっかり柔らかさの無い骨張った手になっているのを感じて、これが病というものなんだなと思った。


 それから両親が少し医師の先生と話をしていた。泣いていることから大体の予想はついた。


 それから程なく、心電図が平坦になり、ピーッと音が鳴り、医師が瞳によく光るライトを当てていた。仕方がないことであるとは分かっていたのだが、その場に残るのが義務のような気がして、祖父の死というものに立ち会った。


 奇跡なんて起きなかったし、病院で人が亡くなるのは珍しいものでは無い。ただ、それでも……いざ自分の親族が亡くなるとなると覚悟が出来ているつもりだったが寂しくなった。理解はしていても現実に体験するのは全く別なんだなと、自分としてそんな感情を持つとは思っていなかったので驚いた。


 それから通夜や葬儀の話し合いになったのだが、そちらは当時中学生の自分に関わらせてくれることは無かった。ただ、それでいいのだと思う。祖父の死という現実に向き合うのは悲しかったが、高齢になっていた人が死んだ、それ以上のことでは無かった。


 ただ、親戚の中で多分一番の理解者だった祖父の死はそれなりに悲しかった。


 その晩のことだ、祖父が夢の中に出てきた。


「何してんだ、儂がわざわざお膳立てしてやってお別れに来たのにシケた顔をしおって」


 そう夢の中で祖父は太り気味の元気な老人だったときの姿で現れた。


「でも……もういないんでしょ?」


「気にするな、儂は十分生きた、お前はまだまだじゃろ、悪いことは程々にしておけよ、儂みたいになっちまうぞ」


 そう言ってニヤリと笑って立ち去っていった。夢の中の姿は健康だった頃そのままの姿だったので、確かにあまり良いとは言えないが悪くないお別れだった。


 四十九日というものもあるが、祖父はそれからすっかり自分の中から姿を消していた。一応葬儀や納骨なども参加したが、祖父はそんなもの気にしていないのだろうと思う。本人はそれなりに満足していたのだろう、きっとそれでいいのだろう。そう思うことにした。


 それから多少は真面目に生きるようにした……と言うと大げさだが、バイクに半ヘルで乗るようなことはなくなり、乗る頻度も減ったため乗せてくれている彼氏とは自然消滅した。


 *


「ま、それから真人間とまではいきませんがねえ……少なくとも落ちこぼれでは無くなりました。思えば祖父はあんないい加減な人だったのに私のことは気にかけてくれていたんでしょうね。しかしまあ……生きているときに言われたら反感もあったでしょうけど、あんな形で言われたら反論のしようが無いじゃないですか、向こうはもうこの世にいないんですからね。そういう意味では祖父も少しズルいなって思っちゃいますよ」


 彼女は微笑みながらそう話してくれた。今では危ないところに近寄らない、危ないと感じたら逃げるくらいの最低限だがまともに生きているのだという。

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