私、一体、何を

よだみきはきみだよ

上から読んでも下から読んでもよだみきはきみだよ ep.3

私、一体、何を


 楓は幸せな気持ちで、駅の階段を昇っていた。昨晩、妊娠検査薬で調べたら、陽性だったからだ。会社帰りに通いやすい病院を早く決めなくちゃいけない、と思いながら、階段を慎重に昇っていた。昨日の通勤とはまるで違う世界に見えた。昨日までの楓は、せかせかと早歩きで、他の人達の波に遅れないように目的地へ向かっていたけど、今日からは、慎重に歩かなければならないと考えていた。明日はもうちょっと電車も空いている早い時間に変更しようか、靴も滑りにくくて歩きやすいスニーカーを買おうとか、細かい事を考えていた。でも駅の改札を通る前に、突然、身体の中から液体が流れ出る感覚があった。それはまるで生理の時のドロッとした経血のようだったが、それは長い間、流れ出ているようだった。

(あ!赤ちゃんが降りてきてしまった。)

 楓は身体じゅうから血の気が引き、ふらついて、周りの人が駅へ急ぐ中で一人うずくまってしまった。誰かが、「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれたので、立たせてもらい、改札へ行かずにトイレへ向かった。下着を確認するのがとても恐ろしかった。意を決して確認すると、下着には大量の血がべっとり付いていて、真ん中に2~3cmのぶよぶよした塊が残っていた。楓はそれを見ると胸が苦しくなったが、ハンカチにそっと包んで鞄へしまった。


 私は結婚して約3年が経った。夫の貴一は貴一の父親の会社で父親と弟と叔父さんと一緒に働いている。私は大学を卒業して就職したIT企業を二年勤めて、結婚する為に家から三十分以内で通勤できる会社に転職したが、結婚後もその会社でフルタイムで働いている。結婚する時に貴一のお母さんからこんな事を言われたからだ。

「お父さんはね、貴一が結婚するなら、少しお父さんのポケットマネーからお給料を足してあげるって言ってるの。こんな事は特別な事なのよ。だから貴一のお小遣いは減らさないであげてちょうだいね。あの子、結婚しても今までの生活しか出来ないだろうから、お願いね。」

 私は、義母からそんな事を言われて、本当に驚いた。普通のサラリーマンだったら、そんな事はあり得ないし、生活はお給料の範囲内で納めるのが普通だし、結婚生活の為に義父にお給料を増やして欲しいなんて思わなかったからだ。お小遣いを減らさないで欲しいってどういう事?私は元々、結婚しても働く予定だったが、夫のお小遣いの額以上に自分も稼がなければと思わざるを得なかった。

 私は一昨年、自分の周りで妊娠した親戚や友達が増えた事で、自分も妊娠を意識するようになった。でもその後、泥棒被害に遭い、その原因が私の鍵の掛け忘れとされていた事から、ショックが大きすぎて、妊娠の事はすっかり頭から無くなっていた。そして昨年、その泥棒が捕まり、私がちゃんと鍵を掛けていた事が判明して、生きた心地を取り戻せた。お陰で心が晴れ晴れした為か、ここ3か月余り、生理がきていない事に気付いた。妊娠したいと思っていた頃は、生理がちょっとでも来ないとすぐ検査してはガッカリしていた。今回は気が付いたら、3か月以上、生理が来ていない。今回は久しぶりだから、昨日はあまり期待せずに妊娠検査薬を試してみた。夫の貴一が仕事の後に行く日課のパチンコからまだ帰って来ていない夜だったから、陽性が確認できた時は、一人で飛び上がって喜んだ。でもでも、会社が休みの次の土曜日に、ちゃんと病院で診てもらうまでは家族にも誰にも言わないと心に決めた。


 あぁ、どうしよう。昨日のあの喜びから一転、崖から落とされたような気分だった。ふらふらして倒れそうになる所、だめだめ、しっかりしなくちゃ、倒れちゃだめ。でも、どうしたら良いの?とにかく落ち着こう。とにかく、まず下着を取り替えたい。血でべとべとして気持ちが悪い。それに流産でも病院に行かなきゃ行けないと思った。私は、会社にも家族にも通勤途中で気分が悪くなったので病院へ行くとだけ連絡した。コンビニで下着とナプキンを買って、駅ビルのトイレで着替えると、また血がどくどく流れてきた。とにかく病院へ行かなくちゃ。駅からタクシーに乗り、この地域では割と大きい病院へ向かった。運転手さんに行き先を告げると、涙が込み上げてきた。でも、泣いちゃ駄目、泣いちゃ駄目、と自分に言い聞かせた。

 病院へ着くと受付で「初診なので、これに記入して下さい。」と書類を渡された。私は症状を書く欄に「流産」と書いて、看護師さんに手渡した。先生が診る前に看護師さんが話を聞きに来たので、私は昨晩、妊娠検査薬で陽性だったこと。でも今朝、通勤途中で流血したこと等を説明して、「赤ちゃんが降りてしまったようなんです」と言って、涙を堪えて鞄からハンカチを出してそっと開け、看護師さんに見せた。看護師さんは、大事そうにそのハンカチを受け取ってくれた。

 待合室で待つ間に、折角私の元へ来てくれた赤ちゃんを死なせてしまった事がぐるぐると頭の中を占領していた。


今から3か月前の事。今年、戦後50年とやたらとテレビで流れていて、「そうだ、広島へ行こう。」と思った。夫は結婚してから、休みの日はいつもパチンコ屋に朝から並んでいる。夏休みもお正月休みも同じだった。だから、秘密の計画を企てて、私の会社の夏休みと夫の会社の夏休みが合わないと嘘をついて、夏休みをズラして申請した。そして、夫が会社へ行っている間に日帰りでこっそり広島へ行く事を計画した。

「行ってらっしゃい。」

 私は、夫が出勤の為に家を出るとすぐに、タクシーで羽田空港へ向かった。既に広島での行動のタイムスケジュールは作成済みだった。私は広島へ行くのは初めてだが、これから始まる冒険とミッションにわくわくしていた。家から羽田空港へタクシーで約30分、羽田空港から広島空港へのフライト時間は約90分、飛行機って早い~と浮かれていた。今日は朝から晴天、冒険日和だ!

 空港っていうのは、どこの空港でもいつ来てもなんだかウキウキする。これから旅が始まる高揚感や旅行から帰ってきた充実感が周りにも伝染するのかもしれない。羽田空港では搭乗時間の前にサンドイッチとコーヒーで腹ごしらえをした。

 飛行機の中では、昨日あまり眠れなかったので、少しまどろんだ。その間に目的地へ運んでくれた。90分なんてあっという間だ。広島空港へ着くと深呼吸をした。はぁ~、秘密って楽しい。すぐに、バスと電車を乗り継いで原爆ドームへ向かった。電車は路面電車だ。東京はかなり暑かったが、広島はそれほどでもなかった。これなら快適に歩けるだろう。原爆ドームでは朽ちかけた痛々しい外観を横目で見ながら通り過ぎた。そして平和記念公園の中を通ると、広い公園内のところどころに団体の人達がガイドさんの説明を受けている様子が見えた。すると、平和記念碑の前で若い学生さんのような人に声を掛けられた。「被爆者の為に募金をお願いします。」と言われた。私は快くお財布から千円札を出し、学生さんの持っている募金箱へ入れ、「頑張って下さい。」と微笑んだ。ここへ来る人達は少なからず、被爆された方達へ何かしらしてあげたいと思う気持ちが有ると思う。その学生さんの横を通り過ぎてから、「しまった、偽物だ」と気付いてしまった。いつもならば、募金や寄付は、募っている団体名を確認することにしているが、今回は浮かれていたせいか、うっかりしていた。名前もなく、たった一人なんておかしい。私はあの学生さん本人に募金してしまったらしい。最後にエールまで送ってしまった。頑張れって、詐欺を応援してしまった。まぁ、これも経験の一つ、勉強になったと云う事で良しとしよう。

 続いて、原爆資料館の中へ入った。今日はこれがメインの目的だ。一通り、資料館の中を巡った。戦争が残すもの、人に与える衝撃と悲しみ、これは誰しもが知らなくてはならない人間の汚点だと思う。勿論、原爆なんて使用してはいけないし、抑止力だとして核を保有するなんて、絶対におかしいと思う。そもそも、戦争なんて、人が人を殺し合う事自体してはいけない事でしょ。私は戦争をしない日本を誇りに思っている。でも憲法改正で戦争が出来る国にしようとしているのだろうか。恐ろしい事だ。これからの日本はどうなるんだろう。ここへ来る人はみんなそう思うだろう。

 この場所を去る前に最後に一階から天井を見上げた。心の中で、「もしも、もしも、ここで彷徨っている魂があるのならば、どうか、私の子供となって、私のところへいらして下さい。お願いです。」と祈った。

 そう、私は広島へ命を迎えに来た。彷徨う命がもしもあるとしたら、国内では間違いなく広島だと思ったから。勿論、ここに来たからといって子供ができるわけじゃない。でも、秘密のミッションの目的の場所に選ぶには今年の広島は最適だった。

 今日の目的は果たしたので、これで帰っても良かったのだけれど、折角なので、広島城にも行くタイムスケジュールを組んでいた。原爆ドームから広島城までは、地図を事前に印刷して徒歩で行く予定にした。歩いて行っても十分、帰りの飛行機の時間に間に合うようにしていたが、広島城への道すがら、時間を確認しようにもお店は無いし、見える場所に時計を掲げた会社が無く、時間の確認が出来なかった。まだ、携帯を持っていなかった私は、時計を持ってくるのを忘れてしまい、少し不安なまま、地図を頼りに広島城へ向かった。

 広島城では、天守閣へ上がり、緑とその向こうの高層ビル群が立ち並ぶ都会の景色の融合を眺めた。広島は大変だなぁ。原爆の被害を風化させない為の努力を一手に引き受けた街だなぁ、と漠然と思った。

 今日の広島での予定はすべてクリアした。あとは電車とバスを乗り継いで広島空港へ戻るだけだった。広島空港へ戻ると、友達にこっそり出す手紙の為に便箋だけ、自分にお土産を買った。他は、広島へ行った痕跡を残さない為に何も買わなかった。バスも電車も飛行機も時間通り、全てがうまくいった。家に着いて、夕飯の支度をして、しばらくすると、仕事とパチンコを終えて夫が帰ってきた。ミッションコンプリート。夫にバレずに日帰りで広島へ行って帰って来られた。

 広島へ行ったのが約3か月前だけど、妊娠したのがこの広島秘密旅行のお陰なのかどうかはわからない。でも折角、私の元に来てくれた命なのに、悲しくて悲しくて胸がつぶれそうだった。


 診察室に呼ばれ、分娩台に足を乗せて診察を受けると、必死に涙を堪えた。なんだかこの台の上では泣いてはいけないような気がした。


 あぁ、こんな形で分娩台に乗りたくなんて無かった。あぁ、何がいけなかったの。昨日、妊娠がわかった時に小躍りしたのがいけなかったの?それとも、今朝、駅の階段をパンプスで昇ったのがいけなかったの?折角芽生えた命が、流れてしまったのだと思うと、悲しくて苦しくて、堪えていた涙が頬を伝った。

「・・・ですよ。」

私は、先生の話を上の空で聞いていたようでよく聞こえなかった。

「え?」と聞き返すと、「赤ちゃんは元気ですよ。」と言われた。

「え?」

今度ははっきりと聞こえたのに、また聞き返してしまった。

「まだ、一度も病院へ行ってなかったんですか?じゃぁ、ちゃんと通院する病院を決めて、はっきり何か月か調べてもらって下さいね。」

そう言うと診察は終了してしまった。

え?え?

流産じゃなかったの?

嬉しいという気持ちよりも先に

「え~、看護師さんに、私、一体何を渡しちゃったの?」

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