第31話 もう一度誰かの為に

     31 もう一度誰かの為に


「ああああああああああぁぁぁ……!」


 泣いた。


「ああああああああああああああああぁぁぁぁ――っ!」


 泣いていた。


 私は、ただ木田流石の為に、涙するしかない。


 これは、人の業を見せつけられた時の涙とは違う。

 あの時は悔しさと怒りを覚えて涙したが今はただ哀しすぎるから、私は泣いている。


 彼が、私の幼馴染が、理不尽な死を迎えたから私は頬を濡らしたのだ。


「そう、だ」


 私は悲劇のヒロインを、気取っていただけだ。

 あの彼等の痛みを、自分の物だと混同した。


 でも、違った。


 彼等の痛みは、こんな物じゃなかった。

 私はその一端を、今、味わったのだ。


 何かを失うという事は、本当に辛い事。

 それが恋した誰かなら、尚更だ。


 あの彼等も、愛した人と引き裂かれるという想いが、きっとあった。

 だから、彼等はああも苦しんだのだ。


 私は人類を加害者にしていたが、人類は被害者でもあったのだ。

 私は今まで、あの苦しみを受けた人達の事を、考えていなかった。


 ならば、私はあの彼等に酬いる為に、最後までベストを尽くすしかない。


 理不尽な目に遭った彼等と、木田流石の為に――成尾響はもう一度立ち上がる。


「そう、だ」


 今の自分を否定する事を恐れた私は、流石に対する恋心さえも否定した。

 でも、それでは駄目なんだ。


 私は前に進む為に、この気持ちと向き合う必要がある。

 木田流石という人物と真摯に向かい合い、自分の想いを理解する必要があった。


 彼を失った今の私にとって、それはきっと残酷な事だ。

 けど、そうでもしないと、木田流石は本当に犬死になってしまう。


 私達が白い人を倒さない限り、この世は只の地獄と化すだろう。

 流石の様に死んでいく人達が増え、人類はその在り方自体が破綻するのだ。


「そ、う。

 私は、流石に、サッカーを続けて欲しかった。

 私は、そういう世界に、戻したかった。

 その流石はもう居ないけど、彼に憧れていた人はたくさんいる。

 流石の遺志を引き継ぎ、サッカーをしたがっている人は、きっと大勢いるわ。

 なら、私はその人達の未来を切り開く為の、礎になりましょう。

 貴女は何としても、私が倒す――白い人」


 だが、その声は白い人に届いていない。

 彼女は今、宝屋君と論戦に臨んでいる所だから。


「……ああ。

 まずは俺が、こいつと戦って、手の内を曝け出させる。

 その情報をもとにして弥代が白い人と戦い、やつに止めを刺す。

 そうすればきっと――俺達は勝てる。

 木田の死は絶対に、無駄にはしない……!」


 その一心で宝屋君は、白い人の罪を詳らかにしようとした。

 だが、それも私の時と同じ結果となる。


「な、にっ? 

 人類は、既に一度、あんたに負けているっ? 

 人類は自らこのルールを、受け入れたって言うのかっ? 

 つまり――」


「――うん。

 つまり私はその件では、咎められる事は無いんだ。

 人類は二者択一の末に、延命する道を選んだだけだから。

 いえ、仮に人類が自らの死を受け入れていたら、私と相討ちにはなっただろうね。

 何しろ私が提示した選択肢は、人類にとって迷惑以外の何物でもないから。

 私が人類を絶滅させていたら、私は人類に迷惑をかけた罪で倒されていた。

 けど、彼等は自分達が生き残る為に、私の迷惑行為を無かった事にしたんだ。

 このルールを受け入れ、私の提案を肯定的に捉えた。

 その時点で、私の迷惑行為は成立しなくなったんだよ。

 と、私は単に響ちゃんがみた世界を、彼等にみせただけだよ。

 人類が如何に残酷だったか、知ってもらっただけなんだ。

 結果、彼等は人の悪意を恐れて、その悪意を自分達から切り離そうとした。

 自分達の行いを恐れた人類は、自ら進んで私のルールを受け入れたの。

 そうすればもう、私がみせた残虐行為は永遠に行われる事はないと、期待して」


「………」


 宝屋君と、私も黙ってしまう。

 本当に、この人は、化物だ。


 恐らくこのルールを人類に認めさせる事が出来るのは、彼女だけだろう。

 彼女は己の人生の一端を人類にみせただけで、人類の方からそのルールを求める様にした。


 だから、彼女は一切罪を問われる事は無い。

 人間が恐れたのは、己が歩んできた、足跡。


 人類史その物が、人類を追い詰めた。


 仮に人類が清廉潔白なら、彼等はその己の罪に押し潰される事はなかった筈だから。


「ついでに言えば、人間は本当に酷薄だよー。

 何しろ彼等は自分達が助かる為に――このアウド国を犠牲にしようとしているのだから」


「な、に?」


 車奈さんが、眉を顰める。

 彼女は即座に、その意味を察していた。


「そう、か。

 他の国々は、賭けに出たのね? 

 あなたは例のルールを通達した時〝アウド国時間の午前八時にこのルールを施行する〟と言った。

 ならば、その通達を聞いた他国の人達は、白い人はアウド国に居る可能性が高いと思う。

 このルールの過酷さに辟易した彼等は、アウド国を攻撃するつもりなんでしょ? 

 それも恐らく――核ミサイルによる大攻勢」


「……何だと?」


 宝屋君が、顔色を変える。

 車奈さんも動揺を隠せない様子だが、彼女は何とか冷静であろうとした。


「正解。

 後一時間で、アウド国全土は核ミサイルの餌食に遭う。

 他国にとっては、それで私を殺せれば万々歳と考えているのでしょう。

 即ち――他国のお偉いさんは自分達が助かる為にアウド国を切り捨てたという事。

 実に人間らしい考え方だけど、だからこそ人は悪と言えるんじゃない? 

 人はその業に押し潰されたと言うのに、彼等の行いは非道なままなんだ。

 きみ達はそんな人類の為に、まだ頑張るつもり――?」


「………」


 車奈さんと宝屋君は口を噤み、遂に項垂れてしまう。


 人の業を見せつけられた彼女達は、ただ悩まし気に眉根を歪めた。


「いえ。

 そんな話は、知らない。

 私は人の業をみせつけられた末に、貴女を倒すと決めた。

 そうよ。

 人類にそんな真似をさせる程、今の世は酷い。

 これでは生きながらに、死んでいる様な物だわ」


 私がそう訴えると、白い人はただ嗤う。


「そうだよー。

 人は生きながらにして死んでいるのが、丁度いいの。

 誰かの悪意が誰かを苦しめると言うなら、誰もが苦しんだ方がいい。

 誰もが苦しめば、誰かの苦しみを誰もが共有する事になる。

 誰かが他人を呪わなければ、人の世は永遠に続くでしょう。

 私はただ、その事を証明しただけ。

 決して――人の絶滅を望んだ訳じゃない」


「………」


 ダメ、だ。

 白い人の決意は本物で、その意思は余りに強固過ぎる。


 伊達に五億年も、人類の歴史をみてきてはいない。

 十六年程しか生きていない私では、この強固な意志は崩せない。


 いや。

 そもそも〝人類に件のルールを強いた罪〟を無罪にされた時点で、私達は終わっている。


 私達にとって、唯一の突破口はそこだけだったのだから。


 この唯一の勝機を潰された時点で、人類の敗北は決まっていたのだ。


 ……いや。


 本当に、その筈だった。


〝核ミサイルでも――私を殺す事は出来ない〟


 木田流石は確かに、白い人にそう言わせた。


「――はっ?」


 故に、私の脳裏にはある事が閃く。

 もしかしたらという思いが、私の全身を駆け巡る。


「そう、か。

 流石の死は、決して無駄では、なかった」


 これが正真正銘、最後の、懸け。

 私はそう確信しながら、いま白い人の罪を暴き立てた。


「貴女はさっき、核ミサイルでも自分は殺せないと言った」


「そうだね。

 それが?」


「だとしたら、人類に貴女を倒す方法はない事になる。

 でも、貴女は例のルールを通達した時こう言ったわ。

〝自分が殺されたらこのルールは解除される〟――と。

 でも、それは嘘でしょう?」


「………」


「だって貴女を殺す方法を、人類は有していないのだから。

 仮に貴女を論破して貴女を倒したとしても、貴女は恐らく死なない。

 だって貴女は一言も、自分が論破されたら死ぬとは言っていないのだから。

 貴女は確かに、こう言ったわ。

〝私が他人に迷惑をかけたら、私の心臓も止まる〟――と。

 ……そう。

 そうなのよ。

 貴女は決して〝自分は死ぬ〟とは言っていない。

 心臓が止まるだけで、死ぬとは明言していないの。

 つまり――それは人類を騙しているという事。

 本当は人類をこのルールから脱却させる方法はないのに、貴女は偽りの希望を見せつけた。

 徒に人類に希望を持たせ、今も人類を騙し続けている。

 それは、明らかに不誠実な、嘘。

 それは只の――人類に対する悪意ある迷惑行為だわ――っ!」


「………」


 今、全ての想いを込め、私はただ吼える。

 白い人は黙然としながらも、ただ微笑む。

 

 結果、彼女は舌を出した。


「――大正解。

 今度はあの推理ゲームの様に、私の事を見誤らなかった。

 響ちゃんは、私と見事に引き分けたの。

 私の悪意ある迷惑行為は立証され――響ちゃんは人類を守った」


「なっ……はっ?」


 自分で言い出しておいて何だが、私はこうも簡単に白い人が引き下がるとは思わなかった。


 でも、事実だ。

 聞き間違える筈がない。

 

 今――白い人は人類の解放を宣言した。

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