第32話 退場
32 退場
……呆気ないと言えば、本当に、呆気ない。
何故って、白い人は私に反論さえしなかったのだから。
全ての議論は終わりを告げ、私達は現実世界に帰って来る。
そこは、丸真久留米の部屋の前だった。
「つまりそれは、貴女も自分の嘘に気付いていたという事。
貴女はやはり意図的に、人類側にも貴女を負かせる手段を用意していた。
一見隙のない貴女は、その実、隙だらけだったのね」
考えてみれば、そういう節は大いにあった。
私と戦いたがっていた彼女は、だからこそ私が腑抜けていた事が許せなかったのだ。
常に好敵手を求めていた彼女は、きっと心のどこかで負けてもいいと思っていたから。
「まあ、そうだね。
私は十分、人類に恐怖を与えた。
数十億人もの人々がこのルールの所為で死に、人類はこのルールを心底から恐れている。
なら、どういう事になるかな?」
「………」
やっぱり、この人は、初めからそのつもりだった。
彼女は永遠にこのルールを、人類に押し付けるつもりはなかったのだ。
そう感じた私は、白い人の問いに答える。
「ええ。
きっと人類は、このルールを一生忘れる事はないでしょう。
仮に今は解放されたとしても、常に今の様な恐怖が頭に残る。
他人に迷惑をかけただけで死ぬかもしれないと、人類は恐れ続けるでしょう。
……なら、侵略戦争を目論む人々や、差別に虐めを行う人々も減るかもしれない。
もしかしたら人類は、一寸はマシになるのかも」
「そうだね。
そうかも、しれないね。
だといいのだけど。
では、私は人類に止めを刺しておこう」
と、白い人は普通に、全人類に呼びかけた。
私の頭にも、その声は響く。
『おめでとう、人類諸君。
私は倒されたので、例のルールも削除されたよー。
でも、私は死んだ訳じゃない。
今も、いえ、人類が滅びるまで永遠に生き続ける。
それが何を意味しているか、賢明な人類なら分かるよね?
仮にきみ達が目に余る様な真似をしたら、またこのルールが施行されるかもしれない。
人類が悪に走れば、私はまた行動を起こすでしょう。
その事を忘れずにいられたなら、人類はきっといい方向に向かうと思う。
いえ、本当にこれだけの非道をなした私が、言う事じゃないけどね。
けど私も人類に、これ位の事はしておこうと思うんだ』
白い人が、何も無い空間を叩く。
途端、空間にヒビが入って、何かスイッチが入った様な感覚がした。
『今、リセットボタンを押した。
今の能力を制限している私でも、私の所為で死んだ人間を蘇らせる事ぐらいは出来る。
なら、私はもう一度こう言うしかない。
おめでとう、人類。
貴方達は今――失った人達さえ取り戻した』
「……なん、ですって?」
白い人がそこまでしてくれるとは思っていなかった私は、素直に驚く。
でも、嘘ではない。
見れば、倒れていた木田流石が何事もなかったかの様に、目を覚ます。
体を起こす彼を見て、私は反射的に、流石に抱きついた。
「流石ぁぁぁぁ―――っ!」
「……へ?
どういう、事?
この嬉しすぎる状況は、何……?」
車奈さん達はそんな私達を見ながら、苦笑した。
「はい、はい。
そういう事は、私達がいない所でして。
確かに響は人類を救った英雄だけど、はしたない真似は慎んだ方がいいと思う」
「そう、だな。
こんな光景を見たら、俺まで羨ましくなっちまう」
と、宝屋君は脱力しながら、地面に腰を突く。
私は漸く冷静になって、流石から離れた。
今頃恥しくなった私は、何事もなかったかの様に、白い人と向き合う。
彼女はやはり、ただ微笑むだけだ。
「では、そういう事で、私は退散するよー。
後の事は、人類同士で決めればいい。
その結果、私がどう動く事になるかは、私自身も今は分からないけどね」
「………」
私は黙然とした後、こう呟く。
「本当に孤独なのは、貴女なのね?
誰も貴女の異常性や、貴女の気持ちは理解出来ない。
それでも貴女は、人の為に尽くそうとした。
一体、何の為に……?」
「さあ。
そんな事は、既に忘れた。
ただ、私にも大切な人は居るんだ。
私はただ、そんな彼女達に恥じない生き方をするだけ。
本当に、それだけで満足なんだよー」
最後まで笑顔を絶やさない、彼女。
白い人はただ、世界の中に溶けていく。
「じゃあね、成尾響、車奈弥代、木田流石、宝屋正治。
私が目をつけたのが――君達で本当によかった。
それだけ私に、人を見る目があるって事だよね――!」
それだけ言い残して、白い人は私達の前から居なくなる。
残った物は、本当に何もない。
彼女の姿を見送った私達は――ただ彼方を眺めたのだ。
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