第30話 迷惑をかけたら

     30 迷惑をかけたら


「なん、で? 

 何で、流石達がここに来られるの――? 

 だって、ここは――」


「そう、ね。

 ここは正に〝裁きの間〟と言った所でしょう。

 なぜ私達がここに来られたのかは、単純な話よ。

 私達は単に――全てを思い出しただけ」


「な……?」


 私がもう一度唖然とすると、車奈さんは苦笑した。


「成尾さんの様子が何だか変だったから、私達も色々考えてみたの。

 そうしたら木田君が、例の推理ゲームの事を思い出した。

 その姿を見て、私や宝屋も連鎖的に全てを思い出したの。

 後は、私達も成尾さんが思いついた通りに動いただけ。

 白い人はきっと、死刑囚の殺害に踏み切る。

 なら、私達は成尾さんがそうしている様に、刑務所を訪ねるしかない。

 結果、私は矯正監から白い人と成尾さんの情報を得た。

 私達は成尾さんが白い人と戦っていると判断して、こう世界を脅迫したの。

〝私達を成尾さん達のもとに送らないと、人類はもっと大変な事になる〟――と」


「なん、ですって?」


「矯正監の話では、全てを決定するのは、人類の集団無意識という事だった。

 だったら彼等は、人類が利する様に動く。

 現に私の脅しは成立して、私達は成尾さん達がいる世界に送られた。

 私達は白い人と決着をつける為に、ここまで来たのよ――成尾さん」


「………」


 正直、これは本当に予想外の、展開だ。

 この現実を前にした時、私は確かに圧倒された。


 というか、この土壇場で世界自体を脅すとか、機転が利きすぎだろう――?


「と言う訳で私達も参戦する事にするわ、白い人。

 私達が求めるのは、あなたの罪の在り方よ。

 多くの人達を死に追いやったあなたを、私達人類は決して赦さない」


「成る程。

 やはり車奈さん達も、十分見どころがあるね。

 でも、その件なら既に決着がついている。

 ついでに言えば――今の時点で成尾響の死も確定した」


「……何、だとっ?」


 流石が眼を広げて眉を怒らせると、その声はこの空間に響く。


『それは、事実である。

 白い人の訴えにより、成尾響の潔白は破綻した。

 彼女は殺人の罪を犯した、罪人である事が明らかになったのだ。

 それにより――成尾響は二十四時間後に死ぬ事が決定した』


「くっ……つっ!」


 死を通達された私より、何故か流石の方が憤りの表情を見せる。


 彼は右手で頭を抱えて、ただ私を罵倒した。


「そう、だ。

 何時も、そうだ! 

 お前は何時でも俺を置いて、さっさと先に行っちまうんだ! 

 その所為で、この様だ! 

 俺は響を、助ける事が出来なかった! 

 俺がもっと早くお前の変化に気付いていたら、こんな事にならなかった……!」


 項垂れた彼は、どうやら私の身を案じているらしい。

 だが私は、首を横に振るしかない。


「いえ。

 私は既に自分の死さえも、覚悟していた。

 その覚悟に基づき、私は死刑囚の一人を死に追いやったの。

 それも全ては、白い人と対等でいたかったから。

 正直言えば、私はもうそれ以外の事はどうでもよかった」


「な、に? 

 言っている意味が、分からない。

 どうしちまったんだ、響? 

 響は人類を救う為に、行動を起こしたんじゃないのか――?」


 そう訴える流石を、私は睥睨するしかない。


「いえ。

 私は人間の本性を、知ってしまった。

 人間がどれ程残酷な生き物か、実際にみてしまったの。

 そのお蔭で、私は人間と言う物が信じられなくなった。

 あんな化物の為に、何かをしたいとは思わない。

 それが、今の私。

 成尾響の、全て。

 私はもう、白い人しか信用できない」


「なん、だと? 

 ――おまえ、一体、響に何をしたっ? 

 何をどうすれば、あの響がこんな事を言い出すって言うんだ――っ?」


「いえ。

 私は、何もしていない。

 ただ、私の仲間が余計な真似をしただけ。

 人間の残酷な部分だけ、延々と見せつけられた響ちゃんは、だから人間不信に陥っている。

 人を信じられず、人類自体を憎んでいるの。

 その所為で、私の方が正しいのではとさえ思っているんだ」


〝本当、何とかしてくれないかな?〟と、白い人は愚痴る。

 本当に、この人は、自分にしか興味がない。


 現に白い人は、私の事も、眼中には無い。


「……人類の、残酷な部分だけを、見せつけられた。

 それは、そんなに酷い事なのか?」


「そうだね。

 恐らく、そうなんだろうね。

 うん、そう。

 響ちゃんの変化は、きっと真っ当な物なんだ。

 彼女の様な体験をすれば、多分誰もが響ちゃんの様になってしまう。

 けどだからこそ〝私は何なのか?〟と疑問に思うしかない。

 何故って、私は響ちゃんの様な反応は出来なかったから。

 それどころか、私は自分が真面になった気さえしている。

 私は〝試練〟を受けた事で人間の本質を理解出来たんだ。

 人間はどうしても悪い面を切り離せないと見切りをつけたから、私はこのルールを施行した。

 まあ、流石君にとっては、どうでもいい事か」


「ああ、確かにそんな話は、どうでもいい。

 俺に理解出来るのは、あんたが、響の心身を追い詰めているという事だ。

 それでも、俺は、これだけは確認しないと」


 流石が、空間を漂って、白い人に近寄る。

 流石は、右手で何かを取り出して、それを白い人に見せようとした。


「これなんだけど、あんたは、どう思う?」


 それは、私にとって、大いなる油断だった。

 もう少し私の頭が真面に働いていたなら、きっとすぐ気付いた事だ。


 だが、私はその直前になって、流石の思惑に思いが及んだ。

 ならば、私は声を張り上げるしかない。


「――待ちなさい、流石! 

 それは――」


 ――只の悪手だと言い切る前に、決着がつく。

 正に、流麗と言えるだけの、手腕。


 木田流石は左のポケットから取り出したナイフを――白い人目がけて突き出したのだ。


     ◇


 このまま流石の左腕が突き出されれば――そのナイフは確実に白い人の心臓を貫く。


 その時点で白い人は流石に殺され――全ての決着はついただろう。


「くっ……つっ?」


 ならば、かの人は、顔を歪めるしかない。

 だってかの人が手にしたナイフは、軽々と白い人の手によって阻まれていたから。


 指と指の間でナイフを掴んでいる白い人は、クスリと嗤った。


「成る程。

 悪手ではあるけど、悪くはない手だ。

 何しろ例え私に迷惑行為に及んでも、その第三者は即死する事は無い。

 一度目の悪意ある迷惑行為は、成立した後で罰せられる事になるから。

 つまり殺人を犯した人間は、殺人を犯した後で裁きを受けるという事。

 この論理に従うなら、流石君は私をナイフで刺すまでその罪を問われる事はない。

 更に言えば、流石君が私を殺せていれば、彼が裁かれる事もなかった。

 私が死んだ時点で例のルールも無くなるから、私に迷惑をかけた流石君も助かる。

 その論理に懸けたきみの度胸は買うけど、きみは知っていた筈だよ。

 この私は、宇宙さえ消せる存在だと。

 確かに私は存在レベルを落しているけど、人類が生み出したあらゆる武器に対応は出来る。

 残念ながら、核ミサイルでも私を殺す事は出来ない。

 残念だったね、流石君。

 いえ、響ちゃんの死が確定した事で、きみは致命的なまでに焦ってしまったという事か」


「つっ! 

 化物が、人間の心情を普通に語るんじゃねえ!」


「バっ!」


 私が〝バカ!〟と言い切る前に、流石は最後の暴挙に、及んだ。

 彼は白い人に殴りかかり、更なる迷惑を白い人にかけ様としたのだ。

 

 ならば、彼の■はその時点で、確定する。

 現に、流石は胸に手を当てて、体をくの字に折った。


「流石ぁぁぁ――っ?」


「うん。

 二度目の悪意ある迷惑は、その行為を犯そうとしただけで死が訪れる。

 きみはその事を知っていた筈なのに、残念だよー」


「さす、が?」


 頭がついていけず、私は、彼の名を呼ぶしかない。

 彼はただ、苦笑いを浮かべた。


「俺には、悔いが、あった。

 それは、あの瞬間の事だ。

 白い人が、例のルールを施行しようとした時、俺はやつを殴るつもりだった。

 でも、俺には結局、やつを殴る事はできなかった。

 死ぬのが怖くて、俺は、やつに手を出す事が、できなかったんだ。

 俺は、もう、同じ後悔をしたくなかった。

 でも、本当に、それは、ただ、無駄なだけだったのかな?」


「ち、違う。

 流石は、きっと、私の為に怒ってくれた。

 私が白い人に追い詰められていると思って、怒ってくれたの。

 だって、流石って、そういう奴じゃない――」


 ――流石は、そういう奴? 


 私は今、流石は、私を想ってくれたのだと認めた?


「ああ、そうだよ。

 やっぱり、響は、真面な奴なんじゃないか。

 決して、白い人が言っていた様な、薄情な人間じゃない。

 ただ、一寸、鈍感なだけなんだ」


「さす、が」


 そう、だ。

 思い出した。


 流石にとって、サッカーは本当に大切な物だったんだ。

 だって、子供の頃、サッカーだけが私を負かせる事が出来る物だったんだから。

 

 それ以外は勉強も他のスポーツも、格闘技さえ私の方が上だった。

 でも、サッカーだけは違ったんだ。


 彼はサッカーで私を負かした時、本当に誇らしそうな顔をしていた。

 大喜びでサッカー場を走り回り、私を悔しがらせた。


 彼がサッカーにのめり込んだのは、その為だ。

 彼にとって、サッカーだけが自慢だった。

 

 彼にとってサッカーは、本当に、宝物の様な物だったんだ――。


 私は、そんな彼の姿を見て、彼に惹かれた。


 そうだ。


 思い出せ、成尾響。


 私は既に、信用に値する人間が、この世に居る事を知っていた筈じゃないか―――。


「そう、よ。

 私が守りたかったのは、本当に単純な物だった。

 私はただサッカーをしている、流石が好きだっただけ。

 流石が、サッカーが出来れば、私はそれで十分だった。

 私はそんな流石を、守りたかっただけなのに――」


 ――一体、どこで何を、間違えてしまったのか? 

 私はただ眩暈を覚えながら、私の目の前で■にゆく彼をみる。


 彼は、木田流石は、ただ微笑んだ。


「そうだな。

 俺は、本当にサッカーが、好きだった。

 でも、それは、きっと只の手段にすぎない。

 俺はサッカーをする事で、俺の好きな人の気を引きたかっただけだ。

 だから、俺は、サッカーが出来なくなる事より、ソイツを失う事の方が、怖かった。

 俺はさ、響、本当に――」


 ――だが、流石が最後まで口にする事は、無かった。


 彼は私が抱える腕の中で、確かに息絶えたから。

 

 私の幼馴染は、本当に呆気なく、私の目の前で亡くなったのだ。


「流石? 

 流石? 

 流石? 

 流石? 

 流石? 

 流石? 

 流石? 

 流石ぁぁぁぁぁぁ――っ?」


 この時、初めて成尾響は、正気を失う。


 受け入れがたいこの現実を前にして――私はただ壊れるしかなかった。

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