第20話 白い人、参戦

     20 白い人、参戦


 と言う訳で、今度は私のターンだよー。


 私こと白い人は現在、某喫茶店でお紅茶などを飲んでいた。

 大きなテレビ画面では、今も受刑者解放のニュースが放送されている。

 

 当然反対者の方が多い筈のこの決定は、しかし今の所反対意見を言う人はいない。

 理由は単純で〝反対意見=迷惑行為〟ととられかねないから。


 仮にそうなれば、反対意見を述べた人間は非業の死を遂げるだろう。

 そう言った可能性が僅かでもあるなら、それは回避するべき物だと判断するのが人間だ。


 生物にとって、死とは回避して然るべき物。

 死と言う物を明確に思い描ける人間ならば、他の動物より躍起になって死を避けるだろう。


 そう言う状況下にある以上、一般人には受刑者の解放を反対する事など出来ない。

 どれほど理不尽でも、一般人は自分の命を守る為に、この状況を甘受する他ないのだ。


「うん。

 だからこそ――私の出番と言う訳だね」


 いや。

 普通の受刑者の方は、私も放置するつもりだ。

 質が悪い受刑者は、恐らく勝手に自滅する筈だから、放置と言う方針で構わないだろう。


 私が問題視しているのは――死刑囚の方。


 国から死を宣告されながら――自由を得た彼等の処遇について私は思いを巡らせていた。


「そうだねー。

 膨大な時間をかけて、死ぬべき存在だと認められたなら、生かしておく訳にはいかない。

 やっぱり彼等には死んでもらわないと、公平とは言えないでしょう」


 頬杖をついてテレビ画面に目をやり、私はそう結論する。

 公の人間が死ぬ様に定めたなら、私もその流れに乗るべきだ。


 専門機関の人間さえ死刑囚を殺せないなら――私が手を下すしかない。

 

 私は呼吸する様に、そう思案する。


「その場合、私のデメリットは二つ。

 一つは私にも、敗北の危険が伴うという事。

 死刑囚を死に追いやるという事は、一種の迷惑行為。

 例え一般人が許しても、死刑囚自身は迷惑だと感じるしかない。

 そんな彼等を殺すという事は、大変なリスクがある。

 更にもう一つは、私の存在を世間に知られるかもしれないという事。

 私が行動を起こせば、その事を察知した誰かが私の足取りを追ってくるかも。

 その人物が私に辿り着いても、別におかしくはない」


 というか、響ちゃんとか、普通に気付いていそう。

 彼女なら私が死刑囚を狩る所まで、思いが及んでいるのではないか?


 響ちゃんなら私の行動を読んで――私を追ってくる事も可能だと思う。


「いえ。

 仮にそれが可能だとすれば、響ちゃんも私と同じ発想に至ったと言う事。

 このゲームの裏技に、気付いたという事に他ならない。

 だとしたら――私は響ちゃんを対等な敵だと思って迎え撃たないと」


 思わず喜々とする、私。

 今の所、私のワンサイドゲームだが、響ちゃんの参戦によって事態は動くかもしれない。


 そう期待する私は、だからこそ微笑んでいた。


「なら、即行で動きましょうか。

 そろそろ――死刑囚を狩りましょう」


 机に千円札を置いて私は喫茶店を後にする。

 私はそのまま某所に向かって、歩きはじめた。


 一体、どこに向かう為? 

 それは勿論、決まっている。


 私が取り敢えず目指すのは、この街から一番近くにある刑務所だ。


 そこで所用を済ませる為に――私は迷わず電車に乗った。


     ◇


 電車とバスを経由して――私は漸く某刑務所に辿り着く。


 ここまでの所要時間は、実に二時間程。

 響ちゃんが住む街から、二時間かければ刑務所につける。


 ならば響ちゃんは、私をより追跡しやすくなっただろう。

 それだけ私は不利になった、という事だ。


 だったら別の刑務所に向かえという話だが、ここは響ちゃんにチャンスを与えるべきだ。

 何故なら響ちゃんは、私を追跡するのと同時に、とんでもない決断を迫られる事になるから。


 そんな健気な響ちゃんに、この私がサービスをしない筈もない。

 

 珍しく寛大な私は、響ちゃんの事も考慮しながら話を進める。

 刑務所の事務所に向かい、私は窓口を担当している職員にこう要求した。


「うん。

 この刑務所のお偉いさんと面会したのだけど、いいかな?」


「………」


 当然いい訳がない。

 一般人が何のアポも無く、刑務所の責任者と面会できる筈もないから。


 だが、窓口の職員は、大いに迷っている。

 私の要求をはねのける事が、私に対する迷惑になるのではと感じている為だ。


「そうだね。

 ここで私が追い返されたら、どういう状況になるかは、分からない。

 きみはそういう事も考慮して、行動するべきだと思う」


「………」


 もう一度黙然とする、彼。

 暫く思案した末、彼は電話を手に取る事にした。


「……はい。

 はい。

 では、面会なされるという事で、宜しいのですね?」


 恐らくその電話の相手は、この刑務所の責任者だ。

 この流れからすると、私の要求は通ったらしい。


 いや、正直面会できるかは、五分五分だった。

 断られる可能性も、十分あったのだ。


 私に会う事自体が迷惑だと向こうが主張すれば、それだけで面会拒否の動機になるから。

 だが、やはり人は己の命を惜しむ物らしい。


 最悪の事態を回避する為に、刑務所の責任者は慎重である事を選んだ。

 私に迷惑をかけない様にするのが、ベターだと判断した様だ。


「では、この書類に住所、氏名、年齢等を記入して下さい。

 後、身分証の提示も、お願いいたします」


「いえ。

 それは無理だよー。

 何故ならそれは、私のプライバシーを暴きたてる、迷惑行為に繋がるから。

 今は、怖い時代だからね。

 こういう個人情報は、可能な限り公開するべきじゃないんだ」


「………」


 まさか断られると思っていなかったのか、窓口の彼は僅かに顔をしかめた。

 私に〝暫くお待ちください〟と言ってから、彼はまたどこかに電話する。


「……はい。

 はい。

 余りにも怪しすぎますが、本当に面会なさいますか? 

 もしかしたらこの少女は、命懸けで受刑者釈放の抗議をする気なのかもしれませんよ? 

 わ、分かりました。

 では、そういう事で」


 と、彼は私に向き直る。

 きっと複雑な思いに駆られている彼は、それでも私に対して礼儀を欠かさない。


「矯正監が、お会いになるそうです。

 私がご案内しますので、どうぞついてきて下さい」


「うん。

 ありがとう」


 私も最低限のお礼を言って、彼についていく。

 その一室の前に着くと彼は扉をノックし、返事があった後、ドアを開けた。


 そこにはソファーに座った、五十代ぐらいの男性が居る。

 私をその部屋に通した窓口の彼は一礼してから去って行く。


 私は普通に、矯正監の対面に座った。


 因みに刑務官には、八つの階級がある。

 下から言うと、看守、主任看守、看守部長、副看守長、看守長、矯正副長、矯正長、矯正監の八つ。


 私の目の前に居るのは、大規模な刑務所のトップを担う存在だ。

 正に刑務所の、責任者といえる立場の人間である。


 私もまさか矯正監自ら、一般人と認識されている私に面会してくれるとは思わなかった。


「うん。

 というのも他ではない。

 出来るなら、私との会話を広く世間にも伝えて欲しいんだ」


「あー」


 成る程。

 自分がそれをやると、迷惑行為に準ずる可能性が出てくる。


 今は積極的な意見の配信は避けたいと言うのが、彼の本音か。


「恐らくきみは、受刑者の解放に反対する立場の人間だろう。

 この状況下でわざわざ文句を言いに来たと言うのは、大変勇気がいる事だ。

 その勇気を活かして、私達の考えも世に広めて欲しいんだ」


「………」


 受刑者釈放の、文句を言いに来た。

 そう言えば、私ってそう思われていたんだっけ?


 でも、私の目的は別にある。

 ならば、私は彼の誤解を解くしかない。


「いえ、違うよー。

 私の要求は、死刑囚の所在地を知る事にあるの。

 彼等を管理していたきみ達なら当然、それも把握しているでしょう? 

 私が知りたいのは、その情報だけ」


「な、に?」


 意味が分からないのか、矯正監は眉を顰める。

 一体なぜ私がそんな事を知りたいのか、彼は理解出来ていないらしい。


「えーと、噛み砕いて言と、私は彼ら死刑囚を全滅させたいの。

 国が彼等を死刑に出来ないなら、私がやるしかないって使命感に燃えている訳。

 だって彼等の死は、国が公認した事でしょう? 

 だったら私が彼等を殺害するのは、寧ろ好都合なんじゃないかな? 

 この際そう考えた方が、私もきみたち政府もお得じゃない?」


「………」


 私の目論みが余程暴論に聞こえるのか、矯正監は黙ってしまう。

 やがて彼は、私を諭す様に語りかけてきた。


「お嬢ちゃん、それは人としてどうかと思う発想だ。

 確かに彼等死刑囚は、国が死を認めた人物達だろう。

 けど、だからこそ本来は国が責任を以って、彼等を処罰しなければならない。

 一般人が国に代わって彼等を処罰する等、許される事じゃないんだ。

 それこそ、一般人と国を分かつ大いなる境だ。

 一般人では許されない事をするのが、国の権限であり立場と言える。

 お嬢ちゃんみたいな子が、安易にそういった権限に口を挟んじゃいけない。

 誰かを殺すなんて、簡単に言ってはいけないんだ。

 どうかその事は、よく理解して欲しい」


「成る程。

 きみが言っている事は、尤もな事だね。

 本来国がするべき事を、一般人がすれば国家と一般人の境目が曖昧になってしまう。

 一般人が私怨から死刑囚をリンチしてもいい事になり、これは大変な人権問題になる。

 死刑とは国家がするべき仕事であり、私情を以って死刑囚と接する一般人がする事じゃない。

 私情に駆られた死刑を行えば、それは只の蛮行であって、法治国家の所業とは言えない。

 虐待の末に死を与えるなんて、近代国家が最も忌み嫌う事だ。

 私も、心底そう思うよ」


「………」


 私が論理的な事を口にすると、矯正監はもう一度眉を顰めた。

 どうやら私の事を、只の世間知らずな阿呆ではないと、思った様だ。


 だがそこから先は、一般人にとっては只の暴論だった。


「でも、今は既にこの国は、国としての責任を放棄している。

 誰かが殺さなければいけない人種を、自由にして生き長らえさせようとしているんだ。

 果たして被害者遺族は、それに納得するかな? 

 きみが同じ立場だったなら、どう思う? 

 これほど公平さを欠いた事はないと、嘆くんじゃない? 

 だったら――私が彼等を始末するしかないでしょう。

 死を義務づけられた彼等は、何があっても死ななければならない。

 それだけの行いを犯したなら、その罪は清算されるべきだ。

 国が彼等を赦すと言うなら、誰かが彼等に死と言う罰を与えないと。

 私はただ国が出来ない事を、代行すると言っているだけだよ? 

 言わば政府の尻拭いをすると、名乗り出ているの。

 それって、そんなに悪い事かな? 

 逆に政府としては、何のリスクもなく死刑囚を処罰できるのだから、お得じゃない?」


「………」


 私が普通に語ると、矯正監はまた黙然とする。

 彼の判断は、実に常識的だった。


「どうやら、これ以上話しても時間の無駄らしい。

 悪いが、お帰り願おう。

 きみが言っている事は、只の暴論だ。

 一般人なら共感する人も居るかもしれないが、私は政府の人間だ。

 一般人が死刑囚を殺害する事など、絶対に認める訳にはいかない」


「うん。

 そう言うと、思っていた。

 では、どっちの言い分が正しいか、試してみようか。

 丁度きみは私の事を、迷惑だと思い始めている所だし」


「な、に?」


 やはり何も知らない彼は、訝しむだけだ。

 だが次の瞬間、彼はそれどころではなくなった。


「……は? 

 は――っ?」


 何故って、私と彼は、見知らぬ空間に飛ばされたから。

 何もかもが白いその世界で、私と矯正監だけが異物の様に存在している。


 私は改めて、彼に挨拶した。


「と、言い忘れていたけど――私は白い人だよ。

 今巷を賑わせている有名人だから――知らないという事はないよね?」


「……なっ……はっ?」


 明らかに動揺する、彼。


 当たり前とも言えるその様子を眺めながら――私はこのゲームを始める事にした。


     ◇


「面白いのはこの状況下で迷惑をかける人間は、決まって己の死が決定した時点で騒ぎ出す事。

 お蔭で彼等は即死して、自分の死が確定した時の話を他人に漏らす事がなかった。

 よって迷惑をかけた時点で、この空間に飛ばされる事を知る人間は、恐らくまだ少ない。

 現にきみも迷惑をかけたら、この空間に飛ばされる事は知らなかったでしょう?」


 多分彼が知っている事は、迷惑をかけた者が一瞬消え、直ぐに現れるという点だけ。

 その間に何が起きているかは、彼も全く知らない。


 彼の動揺する様が、雄弁にそれを私に物語ってくれる。


「――な、何なんだ、これはっ? 

 ここは、どこで、何が起きている――っ? 

 これではまるで――」


〝――宇宙に投げ出されたかの様だ〟と、彼は狼狽する。

 足場も無くその空間を漂う私は、普通に事実だけを説明した。


「ここは――〝裁きの間〟だよ。

 迷惑をかけた人間はこの空間に飛ばされ、ある種の裁判にかけられる。

 自分の主張を訴え、それを人類の集団無意識が是か非か判断するの。

 その結果次第で、迷惑をかけた者は死ぬ事になる。

 私はきみに刑務所に押しかけて、自分のエゴを語るという迷惑をかけた。

 きみは私に、政府にとっても有益なのに、死刑囚の所在を教えないという迷惑をかけた。

 結果、私達二人はどちらの主張が正しいか判断される為に、この空間に飛ばされたの。

 そうだね。

 今ならまだ、遅くない。

 きみが私の要求を受け入れるなら、私もきみがしでかした迷惑行為をスルーする。

 それならお互いの命は助かるという和解が成立するけど――果たしてきみはどうする?」


「……な、にっ?」


 ここまで来て、彼は漸く自分が死に瀕している事を自覚する。

 いや、今の雑な説明で大体の事は察したのだから、十分優秀と言うべきか。


「そ、それは、きみが得をするだけの、一方的な脅迫じゃないか! 

 そんなのは、和解とは言えない! 

 私は自分の職務を全うする為にも、そんな脅しに屈する訳にはいかない!」


「そっかー。

 残念だよ。

 でも、それならそれで構わない。

 例えきみが死んでも、私は次の誰かに同じ質問をするだけだから。

 死刑囚の情報をよこす様に要求して、その誰かが拒絶したならまた他の誰かに問い掛ける。

 それを繰り返せば、何れ誰かが私の願いを叶えてくれるでしょう。

 その間に誰が何人死のうが――きみは構わないと言うんだね?」


「……な、何だ、とっ?」


 言うまでもなく、これこそ只の脅迫である。

 いや、私はただ集団無意識に、こう訴えるだけだ。


「死刑囚とは、国が死を認めた存在。

 被害者遺族の多くも、死刑囚の死を望んでいる。

 果たして彼等が助かる事で、死刑囚以外の誰かが喜ぶ? 

 それこそ、公共の利益に反する事なのでは? 

 そうだね。

 私は一般市民の感覚を代弁し、代行しようとしているに過ぎない。

 死刑囚の死こそが公共の利益に繋がるなら――それを妨げ様とする人間こそが悪では?」


「……なっ――はっ?」


「というか、私がこれ以上喋れば、きみは益々立場が悪くなる。

 完全に私に迷惑をかけたと見なされ――本当に死ぬよ。

 故に――これがラストチャンスだと思ってもらいたい。

 私と――和解する気はある?」


「………」


 彼の呼吸が、確かに乱れる。

 或いは、彼は職務を果たす為なら、死さえも覚悟しているのかも。


 だが、自分が死んでも事態は改善されないとしたら、どうなる? 

 自分の様に誰かがまた犠牲になるとしたら、それは正に最悪の事態だ。


 死の連鎖が始まり、自分の部下達は私に殺されていく。

 それが如何に凄惨な事か思い知ってしまった彼は、ただ歯を食いしばる。


 やがて彼は、下げかけていた頭を上げた。


「……分かった。

 死刑囚の情報を、きみに教える。

 だが、その事は、内密にしてもらいたい。

 私から機密が漏れた事を誰かが知れば、この刑務所の職員にも迷惑がかかる」


「了解したよー。

 ではこれで和解案は成立だね。

 そういう事でいいよね、人類の集団無意識?」


 私がそう訴えると、周囲から厳かな声が響き渡る。


『結構。

 では――その和解案の成立を認める。

 それで――この案件は解決としよう』


 途端、私と矯正監は、元の世界に帰って来る。

 私達は、五分程あの白い空間にいた。


 だが元の世界の時間は、まだ一秒も経ってはいない。


 私は手早く目的を果たし――次の段階に移る事にしたのだ。

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