第19話 死刑囚と白い人

     19 死刑囚と白い人


『はい。

 今速報が入りました。

 政府は死刑囚を含めた、全ての受刑者の釈放を決めた様です。

 これは悪意を持った迷惑を、受刑者側にかけない為の処置との事。

 受刑者を拘束する事は、彼等に対する迷惑ととられかねない。

 その場合、真っ先に犠牲者になるのは刑務官達です。

〝これはそれを避ける為の人道的処置だとご理解下さい〟と、政府の方から発表がありました』


「……これ、は」


 と、流石が言いよどむ。

 私は〝成る程〟と頷くしかない。


「まだガイドラインが明確ではないから、仕方がない処置ね。

 政府の見解通り、ヘタをしたら刑務官だけじゃなく法務省の関係者も全滅しかねない。

 それを回避する為に、今は受刑者の解放は必須なのでしょう」


「つまり、俺達の社会には、犯罪者が解き放たれるって事か? 

 強盗や殺人をやらかした人間が、普通に生活する事を許される? 

 そんな――バカな」

 

 こんな状態にまでなるのかと、流石はまた頭を抱えてしまう。

 私は少しでも気休めになればと思い、こう付け加えた。


「確かに流石の言う通りの状態になるけど、受刑者側も下手な事は出来ない。

 何せ他人に迷惑をかけただけで、死ぬんだもの。

 恐らく受刑者側の所在地は、政府がちゃんと把握する筈。

 仮にそこから受刑者が逃げ出した場合、受刑者の方が政府に迷惑をかけた事になる。

 その時点で、受刑者側は終わり。

 だったらやっぱり、受刑者側も軽率な真似は出来ないわよね」


「……成る程。

 受刑者側も普通の生活を送るチャンスを得た訳だから、それをふいにはしないか。

 もしかしたら一般人より、よっぽど真面な生活をし始めるかもな。

 そう更生する様に、犯罪者は刑務所に入っていた訳だし」

 

 そう納得する、流石。

 だが、受刑者が起こした犯罪の被害者は、どう思うだろう?


 間違いなく被害者側は、この決定に納得しない。

 被害者としては受刑者が罪を償う事を条件に、彼等を赦している様な物なのだ。


 いや。

 彼等を赦し切れない被害者の方が、余程多いというのが、現実だと思う。


 その不満を少しでも軽くする為に、受刑者は刑に服している。

 この構図が崩れた時点で、更なる不条理が発生したと言えるだろう。


 果たして白い人は、ここまで計算していた?

 

 仮に計算していたとしたら、彼女は死刑囚を赦すつもりだと言うのか?


「いえ。

 恐らく、それはない」


 一国を滅ぼした彼女であるなら、平等を期する為に死刑が決まった人物達を放置しない。

 きっと彼女は、何らかの手段を講じる筈。


 平たく言えば白い人は、死刑囚達を、死に追いやるという事。

 私の心証だと、白い人はそこまでやらないと気が済まない。


「でも、どうやって? 

 白い人は自分もこのルールに、適応されていると言っていた。

 つまり彼女も、他人に迷惑をかけられない。

 死刑囚に手を出せば、それだけで白い人の方が死ぬ。

 だというのに、白い人は死刑囚を殺害するつもりだって言うの?」


 私がブツブツ呟くと、流石は眉を顰める。


「さっきから何を言っている、響? 

 白い人が何だって? 

 あの大迷惑者が、何だって言うんだよ?」


「……って、駄目よ、流石。

 車奈さんが、言っていたでしょう? 

 今は徹底して、誰かの悪口は避ける様にって。

 そんな気が緩んだ状態だと――本当に死ぬわよ?」


 私が厳しい口調で窘めると、流石は素直に首を縦に振る。

 ただ彼は、嘆息を禁じ得ない。


「……そうだったな。

 ガイドラインが明確じゃないから、例え悪人に対してでも悪口はタブーなんだ。

 悪人に対する誹謗中傷もアウトだろうから、俺達は悪人を非難する事さえ出来ない」


〝そんなのありかと?〟と、流石は遂に頭を垂れてしまう。


 片や私は、流石の話を聴いて、震撼する思いに駆られていた。


「……一寸、待って。

 いま流石は、何て言った?」


「え? 

 だから俺達は、悪人に対して非難する事も――」


「いえ。

 そのもう少し前」


「は? 

 もしかして、白い人は大迷惑者だって話か? 

 その話なら、俺も納得している。

 今は誰の悪口も言わない方が、賢明って事だろう?」


「………」


 いや、そういう事ではない。

 私は何でこんな簡単な事に、気付かなかったのか?


 このルールは、そもそも前提がオカシイのだ。


 何故なら――あの白い人は既に私達人類に大迷惑をかけているのだから。


 死人が出るほど迷惑をかけているのだから――白い人は疾うに死んでいなければならない。


 だと言うのに――何故このルールは続いている?


 私達は悪意が伴った迷惑行為を犯した時点で、何で死ななければならない――?


「……やはり、何か、裏技があるのね? 

 要するに白い人はその裏技を使って、死刑囚達を始末するつもり? 

 今はそう考えるのが、妥当?」


 私がそこまで考えていると、時刻は既に正午を迎えていた。

 私のスマホは今もニュース映像を流していて、街の様子を報道している。


「……え?」


 それは本当に、只の偶然だった。


 だが、運命的な物を感じさせるには、十分すぎる映像だ。


「――あ――」


 白いワンピース姿の少女が、交差点を歩いている。

 顔は見えないが、後ろ姿を観る限りだと髪まで白い。


 その映像は途切れて、街の様子から報道フロアに画面は切り替わる。


 だが、私にとっては、それが決め手となった。


「……思い出し、た……」


 全ての、原因。

 あの白い人と、私達の関係。


 私達四人が、白い人が用意したゲームに負けたからこそ、今この現実は起きている。

 私達が負けなければ、こんな悪夢は起きなかった。


 知面君達が、あんな死に方をする事も、なかったのだ。


「――全ては、私の、所為――」


 ならば、私はこの身を震わせるしかない。

 胸裏では、罪悪感と後悔が混淆している。


 頭が混乱したまま――成尾響は愕然とするしかなかった。

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