第21話 〝告白〟
21 〝告白〟
全てを思い出した――成尾響。
私は白い人と推理ゲームをして、敗北した。
その所為で私だけでなく、人類その物がペナルティを受けたのだ。
悪意をもって迷惑行為に及べば、それだけで迷惑をかけた人間は、死ぬ。
世界はそうつくり変えられ、実際に多くの人が死亡した。
多分、差別や虐めを行った者も、死んだ。
侵略戦争を行った人間達や、恐らく自衛の為に戦った人々も亡くなっている。
ウェルベスク人に至っては、絶滅したのだ。
その全てを引き起こしたのは、白い人と彼女に負けた私だ。
成尾響が白い人に勝ってさえいれば、誰も死ぬ事はなかった。
その事を思い出した時、私は堪え切れない程の眩暈を覚えた。
机に突っ伏して、ただ呼吸を乱す。
どうも私は余り動揺しない質らしいが、この時ばかりは胸を抉られるかの様な思いだった。
「……私も、半ば白い人の共犯者。
だと言うのに、私は素知らぬ顔でこの状況を解説して、他人事の様に過ごしていた。
知面君が死んでも〝余り自分には関係ない〟と、私は心のどこかで思ってしまった。
実際は違うのに、これは殆ど私の責任なのに、私はどうして無関心でいられたの……?」
既に二十二億人以上の人々が、死んだ。
その罪の重さが、比喩なく私の心を押し潰す。
その圧迫に耐えられず、私は吐き気さえ覚えていた。
「……どうする?
私は、どうすれば、いい?
何をすれば、この罪を償える?」
本当に、この罪悪感から逃れる為には、どうしたらいいのか?
今の混乱している私は、そんな簡単な事さえ、分からない。
ただ後悔だけが胸裏を支配して、頭が全く働いてくれない。
何にも無関心である筈の成尾響は、確かにこの時、今の世を憂いたのだ。
どうする?
どうする?
どうする?
どうする?
どうする?
どうする――?
本当に――どうすればいい?
尚も混乱する私に、彼は話しかけてきた。
「……どうした、響?
さっきから、様子が変だぞ?」
「………」
私の心配をしながらも、木田流石の様子はまだ冷静だ。
この事から察するに、流石はまだ例の件を思い出してはいないらしい。
私はそう悟って、心底から安堵した。
だって、私の様な冷たい人間でも、これだけの罪悪感を覚えるのだ。
真っ当な常識人である流石が全てを思い出したら、彼は自殺さえしかねない。
自分の罪を激しく後悔して、自死する事さえ選ぶだろう。
「………」
そう言った意味では、やはりあの白い人は、化物だ。
完全な異常者で、頭が狂っているとしか思えない。
白い人は、それだけの事をしている。
彼女こそ、人類史上最悪の大量虐殺者なのだから。
それだけの業を背負いながら、なぜ彼女は今も生き長らえている?
己の罪悪感が、彼女自身を咎める事は無いのか?
だってもう、二十二億人以上の人間を、彼女は殺めているのだぞ?
何で、それで、平気な顔をしていられるのか、私にはどうしても理解出来ない。
正に、サイコパス。
本物の、異常者。
完全なる、排他主義。
そんな考えが、私の脳裏を乱舞する。
いや、私は白い人を責める事で、自分の罪悪感を軽くしようとしているだけだ。
全ての責任は白い人にあると思い込む事で、私は自分を守ろうとしている。
でも、実際は、違う。
私は白い人から、チャンスを提供されている。
そのチャンスを活かしさえすれば、人類は今の様な状態にならなかった。
私はそのチャンスを、ふいにしたのだ。
きっと誰かがその事を知れば、きっとその誰かは私を責めるだろう。
私さえしっかりしていれば、人類が苦しむ事はなかった、と。
そう訴えて、今の状況を嘆く筈だ。
それだけの罪を、私は犯している。
本当に、知らなかった。
私にもそう考えられる、真っ当な性根があるなんて。
いや、こんな思いをするぐらいなら、私も白い人の様に冷淡でありたかった。
心のどこかが壊れていたらいいのにと願う程、今の私には救いと言う物がない。
「……響?
本当に、どうした?
まさか、お前まで死にそうだって言うのかよ――っ?」
流石が本気で私の心配をしてくる。
彼の焦燥したその表情が、辛うじて私を正気に戻した。
「……いえ、大丈夫。
ただ今後の事を考えると、気が重いなと思っただけ。
それは流石も、同じでしょう?」
「あー。
確かに、な。
今の状態だと、ヘタな冗談さえ言えない。
冗談を言っただけで死ぬとか、それこそ洒落にならない。
それって、お笑いに命を懸けている人間の死に様だろ?」
「………」
私は流石の意見に、頷くだけだ。
今の私は、こう思うしかない。
即ち――流石や車奈さんや宝屋君をこの件に巻き込んではいけない、と。
先述通り、流石は真っ当な人間だ。
きっとそれは、車奈さんも同じだろう。
強盗を働いた宝屋君の倫理観は正直怪しい所だが、だからといって極悪人とは言えない。
私の心証では、彼もまた普通の人間だと思う。
何かが少し狂っただけで、宝屋君も一般人と変わらない。
もう少し誰かが宝屋君の事を思って接していたなら、彼も真面な生活を送っていた筈だ。
それがあの推理ゲームの世界で、宝屋君と接した私の感想だった。
そんな彼等に、私の様な罪悪感を覚えさせてはいけない。
真っ当な人間であればある程、彼等は己を追い詰める。
私でさえこうなのだから、流石達は、自分の罪に押し潰されてしまうだろう。
自死を選ぶか、命を懸けて何かを成し遂げようとするか。
どちらにしろ、幸せな結末には至らないだろう。
それを避ける為にも、私は流石達の記憶を、絶対に取り戻させてはならない。
よって、白い人の話題は、NG。
私も可能な限り普通に過ごして、流石達に怪しまれない様にする必要がある。
「………」
だが、私に出来る事は、それ位だ。
私が突然例の事を思い出した様に、流石達も唐突な記憶の回復が起きるかも。
それを妨げる手段は、私には、無い。
つまり、殆ど運任せという事。
いや、私はこれ以上、流石達に関わらない方がいい?
私達四人が顔を合わせていると、あの事を思い出す可能性も高くなる?
だが、それでは流石に怪しまれる。
その余計な怪訝がトリガーとなって、例の記憶を呼び覚ます事だってあるだろう。
だとすれば、私には、本当にどうしようもない。
普通に流石達と接して、流石達が例の記憶を取り戻さないよう祈るだけだ。
無神論者である筈の私は、この時、初めて神様に祈る事になった。
いや、その筈なのに、状況は私にとって好ましくない方向に進む。
何故って、あの彼が私達に話しかけてきたから。
「成尾に、木田。
一寸いいか?」
「………」
別のクラスである筈の宝屋君が、私達のクラスに来て、話しかけてくる。
彼が強盗を働いた事しか知らない流石は、普通に宝屋君を警戒した。
「何だ?
話でもあるのか?
けど、俺はおまえと話す事なんて、まるで無いぜ」
「………」
流石の対応は、極めて普通だ。
何度も言う様だが、流石は宝屋君が、強盗を働いた事しか知らない。
彼と共に推理ゲームをした事を、流石は忘れている。
要するに流石の宝屋君に対する心証は、ほぼ最悪と言う事。
誰が強盗を働いた人間と、仲良くお喋り出来ると言うのか?
だが、流石の態度は、私にとって好ましい物だった。
流石が宝屋君を遠ざけるなら、私も彼と関わらずにすむ。
私と顔を合わせる事で、宝屋君や流石が例の記憶を触発される事もない訳だ。
そう目論む私に対し、宝屋君は頭を下げてきた。
「――本当に、すまなかった。
俺は確かに、最低の事をした。
そんな俺であるなら、周囲がどう冷たく反応しても仕方がないだろう。
俺はそれだけの、バカな真似をした」
「………」
尚も頭を下げ続ける、宝屋君。
彼の様子は明らかに、私の第一印象と違っている。
宝屋君は確かに、粗暴な様子だった。
けど、やはり彼にも、真っ当な側面があるのだ。
ただそのいい側面を蔑にしてしまうだけの事情が、彼にもあったのだろう。
宝屋正治は、根っからの悪人ではない。
不味い事に、流石もそう感じてしまったらしい。
流石は溜息混じりに、肩を竦めた。
「……はぁ。
分かったよ。
話があるんだろ?
ちゃんと聴くから、まず頭を上げろよ。
それとも、単に俺達に謝りに来ただけ?」
流石が首を傾げると、宝屋君は顔を上げる。
彼は〝いや〟と、首を横に振った。
「木田の言う通り、話しておきたい事があるんだ。
実は俺――車奈の事が好きでさ」
「……は、い?」
全く意味が分からない事を、宝屋君は、言い始めた。
これには無感動な私でさえ、流石より先に驚く。
「……え?
それはライクではなく、ラブという意味の好きって事?」
「ああ。
その通りだ」
「………」
ならば、なぜ、車奈さんを強盗のターゲットに選んだ?
そんな事をすれば、百%車奈さんは宝屋君を嫌うだろう。
恋愛関係の事に疎い私でも、それ位は分かる。
いや、それとも恋愛関係の事は疎いから、私は宝屋君の気持ちが分からない?
実は隠された、重大な真実があるとでも、言うのか――?
「あー、そんな大げさな話じゃないんだ。
実は俺って、施設で育てられてさ。
赤ん坊の頃に施設の前に置き去りにされた俺は、その施設で育てられるしかなかった。
完全な愚痴になるから、詳しい事は敢えて話さない。
ただ、俺の人生はロクな物じゃなかった。
俺の親は俺を捨てただけじゃなく、自分達の借金まで俺に押し付けたから。
どこで調べたのかは知らないけど俺が十歳の頃、その借金取りは現れた。
そいつは本当にイカれていて、子供の俺に借金の返済を迫ったのさ。
そいつは〝子供にしか欲情できない人間がいるから、紹介しようか?〟とさえ言ってきた。
何とかそういう事態は避けられたけど、俺は色々そいつにやらされたよ。
ペットボトルや空き缶の回収や、そいつの事務所の片づけとかもさせられた。
俺は俺を捨てた親の代わりに、しなくてもいい苦労を強いられた」
「………」
「その所為で、この様さ。
唯一の救いは、施設の人がよくしてくれた事だ。
お蔭で辛うじて人間らしさを保っていた俺だけど、施設の人が急死した事で全てが変わった。
彼女は恐らく殺されて、彼女を殺したのは、多分俺の両親だ」
「な、に?」
私と流石が、同時に驚きの声を上げる。
宝屋君は、自嘲気味の笑みを漏らす。
「証拠は、一切無い。
けど、彼女が俺の事を見かねて、俺の両親を捜していたのは事実だ。
その日、彼女は思い詰めた様子で、施設から出かけた。
彼女の遺体が発見されたのは、それから一日程経過してからだ。
その時、俺は直感したんだ。
俺がどんな生活をしているか俺の両親に諭そうとした彼女は、だから殺されたって。
俺に借金を押し付ける様な親なら、彼女を殺す事だってあるかもしれない。
そう思ったら、何もかもどうでもよくなった。
俺みたいなやつは、生まれてくるべきではなかったとさえ感じた。
それなら、彼女は死ぬ事もなかったと自暴自棄になったのさ」
「………」
「でも、だからこそ、俺は車奈を強盗の標的にした。
きっとあいつは俺みたいなやつなんて、相手にしない。
記憶の片隅にさえ、俺の存在なんて残さないだろう。
だったら、せめて、彼奴に忘れられない心の傷を残したかった。
俺の事を一生忘れられない様な、大きな傷を。
それだけが、俺に出来る、唯一の反抗だ。
こんな風に生まれて、こんな事しか出来なかった社会に対する反抗。
でも、実際は、俺の人を見る目は正しかった事を思い知らされただけだった」
と、宝屋君は、そこで一旦言葉を切る。
彼は照れた様に笑って、話を続けた。
「俺は遠くから車奈をみる事しか出来なかったけど、彼奴は本当に輝いていた。
家が金持ちだって事だけじゃなく、自分自身に本当に誇りを持っていたんだ。
そう思わせるだけの自信を、俺は彼奴から感じた。
俺が欲しかった物全てを、彼奴は持っていたんだ。
……本当に、心が、震えたよ。
……ああ、これが人を好きになるって事かって、その時になって俺は自分の人生に感謝した。
でも俺と彼奴では、どう考えても釣り合わない。
いや、本当に、そうなんだ。
だって、彼奴は本当に俺が思い描いた様な奴だったから。
だって、彼奴、俺を殆ど無条件で赦したんだぜ?
俺は自分の命惜しさに彼奴に謝ったって言うのに、彼奴は歯牙にもかけなかった。
今の世界で言うなら、俺は間違いなく死に値する罪を犯した。
でも、車奈弥代は、そんな俺を追い詰める事はしなかった。
……そうなんだ。
俺の人生は、たったそれだけの事で、もう報われていたんだ。
車奈が俺の思った通りの人間だって思い知った時点で、俺はもう満足だった。
車奈弥代のお蔭で――宝屋正治は人として大切な何かを思い出す事が出来た」
「………」
今度は、困った様に笑う、宝屋君。
彼は最後に、こう漏らす。
「これが――俺の遺言だ。
今は、こんな世界だからな。
俺みたいなやつは、いつ死ぬかわからないから、誰かに俺の気持ちを知っていて欲しかった。
宝屋正治は、本当に車奈弥代が大好きだったって、誰かに言っておきたかったんだ。
……本当に、すまなかった。
アンタ達に、こんな役を押し付けちまって。
本当に、俺は、誰かを傷付ける事しか出来ないロクデナシだ」
そう結論する、彼。
私と流石は宝屋君の話に圧倒されながらも、事実だけを語るしかない。
「……えっと、宝屋、そろそろ後ろを向いた方がいいと思う」
「へ……?」
意味が分からないと言った面持ちで、宝屋君は振り返る。
そこに居たのは、そっぽを向いている車奈さんだ。
「――く、車奈ぁぁぁっ?
い、い、いつから、そこにぃぃぃぃ――っ?」
「……ああ、もう、五月蠅いわね。
そんなの、最初からに決まっているでしょう。
アンタが成尾さん達のクラスに入るのを見かけたから、気になって私もついていったの。
そしたら、これよ。
本当に、何よ、それ?
そういう事は、堂々と本人に言いなさいよ。
そういう事ができないから、アンタは駄目なの。
いいから、胸を張りなさい、宝屋正治。
死ぬかもしれないなんて、簡単に言うな。
生まれなんて、関係ないでしょうが。
アンタはアンタなんだから、堂々としていればいいのよ。
だから、私は今の話は一切聞かなかった事にする。
アンタが面と向かって、私自身にその話をするまでは、私は一切今の話は知らない。
お願いだから、私が好きだって言うなら――それ位の気概はみせて」
「……ああ、ああ」
車奈さんの宣言を聴いて、宝屋君は、身を震わせる。
その表情は〝やっぱり此奴はこういう奴か〟と言いたげだった。
「なら、俺は自惚れる事にする。
何時か、車奈弥代を振り向かせるだけの奴になれるって。
それだけの器量が自分にはあるって――俺は心底から自分の可能性を信じる事にするよ」
やはり、はにかむしかない、宝屋君。
その姿はきっと、車奈さんの胸裏に焼き付いただろう。
これは、恋の成就なんていい物じゃない。
まだその入り口に、さしかっただけだ。
けど、それでも、成尾響はただ感動している。
宝屋君の〝告白〟を見聞きしただけなのに、私は心を動かされたのだ。
「………」
だったら、尚更、車奈さん達を巻き込む訳にはいかない。
いや、私は今こそ自分が何をなすべきなのか、理解した。
成尾響は全ての責任をとる為に――白い人を倒す。
彼女を打倒して――せめてもの償いにする。
この手で白い人を殺して――元の世界を取り戻すのだ。
そう決意した成尾響は――今こそ立ち上がった。
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