第3話 私の娘はヤバイヤツ

     3 私の娘はヤバイヤツ


「というか――確かに響ってヤバイヤツよね」


「は、い?」


 私が朝食をとっている時、今度は母まで妙な事を言い出す。

 私は、眉を顰めるしかない。


「信の、言う通りよ。

 アンタは余りに、無自覚すぎる。

 無自覚の内に、他人様に迷惑をかけるのが響なんだわ」


「………」


 私は一度黙然としてから、口を開いた。


「御免。

 全く意味が分からない。

 母さんは、何が言いたいの?」


 心当りが無い私は、ただ首を傾げるばかりだ。

 母の暴論は、続く。


「だがら、そういう身に覚えがない辺りがヤバイのよ。

 アンタ、小学生の時をもう忘れたの?」


「………」


 小学生の、時? 

 私は記憶を探って何かを思い出そうとしたが、やはり身に覚えはない。


 何か大それた事を、私はしたのだろうか?


「……やっぱり、忘れているのね。

 アンタにとっては、それだけどうでもいい事なんだわ。

 アンタ、小六の時に三角関係に巻き込まれた事があったでしょう? 

 ここまで言われても、まだ思い出せない?」


「……あー」


 相変わらず、苦虫を噛み潰したかの様な表情の母。

 私はそこまで聞いて漸く合点がいった。


「そういえば、あったね、そんな事も。

 どうでもいい事だから、完全に忘れていた」


「………」


 私がそう断言すると、母は益々顔をしかめる。

 母の説教(?)は、更に継続した。


「そう。

 あれは、アンタが十二歳の時。

 アンタの友達だった陽子ちゃんは、翔太君が好きだった。

 でも翔太君はあろう事か、アンタにほの字だった。

 何を思ったのか、翔太君は響にぞっこんだったのよ」


「………」


 褒めているのか、貶しているのかよく分からない事を母は言う。


 いや。

 自分の娘がモテているのに〝何を思ったのか〟と言う事は、やはり貶している?


「その所為で陽子ちゃんはフラれ、トラウマ級の傷を負った。

 更には翔太君もアンタにフラれ、やはりトラウマ級の傷を負った。

 響は結局、誰もが不幸になる結果しか生まなかったのよ」


「………」


 まあ、事実だけを語れば、そうなるか。

 しかし、私にも言い分はある。


「いえ、陽子をフッた男子と、私が付き合える訳がないでしょう? 

 それ以前に私は翔太に、全く興味がなかった。

 興味がない人間と、どう付き合えばいいの?」


「………」


 と、今度は母が一間空けてから、口を開く。


「……正に、鬼畜の所業ね。

 自分を好いてくれている男子に興味がないとか、どんなレベルの無関心さよ。

 響は〝愛の対義語は、無関心〟だって知らないの?」


「………」


 えっと、これってやっぱり、説教だよね?


「お蔭で私は陽子ちゃんのママに怒鳴り込まれて、翔太君のママにも怒鳴り込まれた。

〝ウチの大事な子供に、何さらしてくれてんねん?〟と言った感じで。

 これを迷惑と言わず、何を迷惑と言う?」


「……えーと」


 確かにそれは、母にとっては迷惑だったのかもしれない。

 母が言う通り、私は無自覚な迷惑をかけていた。


 それは疑い様もない、事実だろう。


「要するに母さんは、男子のフリ方に一家言ある訳? 

〝私、あなたに一切興味はないから〟じゃ不味いと言っている?」


「――酷い! 

 我が娘ながら、余りに酷すぎる! 

 私でも酷いと感じるのだから、翔太君の傷は更に深かった筈よ。

 そういう事がまるで分かっていないから、響はヤバイの」


「いえ、でも女子にフラれた事を母親に告げ口する時点で、翔太の方がヤバイでしょう? 

 私の人を見る目は正しかったと、今でも自負しているわ」


 私が堂々と言い切ると、母は両手で顔を覆って涙を隠すジェスチャーを見せた。


「それが、鬼畜の所業だというのよ。

 確かにアンタには、悪意はなかったのかもしれない。

 陽子ちゃんの事を思っていたなら、寧ろ善意とさえ言えるかも。

 でも、やっぱり響は色んな所で無自覚なの。

 もう少し自分が、他人にどう思われているか考えた方がいいと思う。

 少しは私を安心させて」


「………」


 一体、この母は何を言いたいのだ? 

 私には、全く身に覚えがなさ過ぎる。


「というか、アンタ――流石君とは何かあったの?」


「んん? 

 流石? 

 流石が何?」


「………」


 私がキョトンとすると、母はまた顔をしかめる。

 それ処か、母は露骨な溜息までついてきた。


「……アンタは、一昔前のギャルゲーの主人公か? 

 本当に無自覚すぎて、泣けてきた」


 本当に涙を拭う、母。

 今度は私が、顔をしかめた。


「はい、はい。

 お説教は、終わりね。

 私も学校に行くから、もう構わないで」


 やはり冷静過ぎる私は、淡々と席を立つ。

 私と違って感受性が鋭い母は、こちらを見上げてくる。


 あろう事か母は舌打ちしてから、こう要求した。


「いえ、アンタ、まだ皿洗いが終わっていないでしょう? 

 信の分まで、ちゃんと働いてから学校に行きなさい。

 家事もロクに出来ない娘が、学業を優先するなと言うのよ」


「………」


 いや、母親なら、まず子供の学業を優先する物なのでは?

 そう疑問視する私を見て、母はもう一度舌打ちする。


 ……この態度が悪すぎる母に監視される形で――私は家事を優先する羽目になった。

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