第2話 女子高生をエロい目で見る女子高生

     2 女子高生をエロい目で見る女子高生


「おはよう、忠信。

 今日も朝練かね? 

 いいね。

 キミには、生き甲斐があって。

 正に、青春小僧って感じだよ」


「やかましいわ。

 ぶっちゃけ、姉ちゃんはぼーとし過ぎなんだよ。

 きっと姉ちゃんの体感時間は、俺の十分の一程の速度だぜ。

 姉ちゃんがトイレに行っている間に、俺は飯と風呂と皿洗いを済ませる自信がある。

 それだけ姉ちゃんはスローリーだって事を、偶には自覚しろ」


「………」


 私が一つ揶揄すると、弟は三倍にして返してくる。

 そういう意味では確かに、私達の体感時間はズレていると言えた。


「後、その男装としか思えないファッションセンスも、どうかと思う。

 姉ちゃんは磨けば光るんだから、もっと努力したらどうだ?」


「……はぁ。

 それは――私に対する宣戦布告かね?」


「――何でそうなるのっ? 

 マジで、意味不明なんですけどっ?」


 いや、だって私に対して磨けば光るとか、禁句も良い所だ。

 私はそこら辺に転がっている、石ころにすぎない。


 その私のどこをどう磨けば光ると言うのか、私の方が意味不明だ。


「姉ちゃんさ、偶には人の言う事にも耳を傾けたら? 

 姉ちゃんはちょっと、卑下しすぎなんだよ。

 その所為で称賛の声が、自分をハメる為の甘言に聞こえている。

 何時でも他人の暗黒面を探ろうとするのが、姉ちゃんの一番ヤバイ点なんだ」


「………」


 遂に弟にヤバイ人扱いされはじめたぞ、私は。

 私としてはただ事実を語っているだけなのだが、一体どういう事だ?


「と言われてもね」


 私は試しに、自分の姿を鏡に映してみる。

 そこに居るのは、如何にも凡庸な少女だ。


 長い黒髪を後ろで結び、緑のパーカーとジーンズを着ている。

 ややつり目な私は、一見する限りだと本当に男子に見えるかもしれない。


 その私が制服など着たら、弟に大爆笑されるだろう。

 いや、それ以前に恥しくて、鏡など見る事はできない。


 フトモモを晒している私など、とても想像がつかないのだ。


「というか、あれって只の羞恥プレイでしょう? 

 何でフトモモは晒しているのに、ハイソックスを履いているの? 

 ハイソックスって無駄に優等生ってイメージがあって、本当に不味いと思う。

 だって優等生がミニスカート穿いているのって――ただエロいだけじゃない」


「………」


 今年中学三年になる弟は、何故か完全に顔をしかめる。


「……女子高生が女子高生を、エロいとか言うな。

 アンタはそう言う目で、今まで女子高生を見ていたのか?」


 私はどうも弟の不評を買った様だが、その理由は今一釈然としない。

 エロい物をエロいと言って、何が悪い。


「というか、忠信も気を付けなさいよ。

 女子高生はね、別に自分のフトモモを他人に見せつけたい訳じゃないの。

 自分の美脚を、披露したがっている訳じゃないのよ。

 あれはただ、己の露出願望を満たしているだけ。

 ただ肌を晒す事が目的で、別に男子にエロい目で見られたい訳じゃない。

 その辺りを誤解していると、何時か痛い目をみるよ」


「………」


 と、忠信は一間空けてから、また顔をしかめた。


「……え? 姉ちゃんは女子高生を、エロい目で見ているのに? 

 姉ちゃんは許されるのに、俺達男子はダメだって言うのか?」


「そうよ。

 同性では許されても、異性だと許されない事もある。

 これは、その典型ね。

 女子高生をエロい目で見ても許されるのは――私達女子だけなの」


「………」


 忠信は〝どういうレベルの暴論だ?〟と言わんばかりの表情になる。

 それでも思春期男子である弟は、開き直った。


「いや、女子高生は、皆の物だ。

 女子だけの、物じゃない。

 俺達男子は男子であるが為に、女子高生を遠くから眺めて愛でなければならんのだ」


「………」


 と、今頃気付いたが、私達、本当にどうでもいい会話をしているな。

 もしかして、私は潜在意識のレベルで普通の女子高生に憧れている?


 その思いが、つい口に出たと言うのか――?


 私がそう慄いていると、忠信は全く話を変えた。


「……げ。

 また迷惑メールだ。

 一体どういう魂胆で、こう言う物を他人様に送ってくる? 

 なぜ他人は他人に、迷惑をかけずにはいられないと言うのか? 

 姉ちゃんも、怪しいメールには気を付けろよ。

 姉ちゃんの場合、本当に何時の間にか闇バイトにハマっている可能性があるから」


「………」


 いや、そこら辺は安心していい。

 私は、バイトとか興味がないから。


 ただ植物の様に、一生を終えたい。

 波風を立てずに、生活がしたい。


 それが成尾響の、偽る事がない本心だ。


「というより、忠信は部活に行かなくて良いの?」


「あ! 

 俺も何時の間にか、姉ちゃんのスローペースに巻き込まれていた! 

 なぜ俺の姉ちゃんは、こうも人の心を癒してしまうのかっ? 

 人相が悪いパンダかよ、俺の姉ちゃんはっ?」


「………」


 え? 

 何で私、実の弟にパンダ扱いされているの? 


 私はどちらかと言えば、猛禽の類だと思うのだが、違うと仰る?


「――ご馳走様、母ちゃん! 

 俺の皿は姉ちゃんが洗ってくれるから、安心して!」


「………」


 私にとっては、全く安心ではない事を言い残して、忠信は去って行く。

 私と違い、相変わらず弟は忙しない。


 私は遠くを見ながら、溜息をつき――取り敢えず朝食を頂く事にした。


     ◇


 突然だが――迷惑には三種類あると思う。

 

 一つは、無意識による迷惑。


 例えるなら、通路に置かれた鞄などがこれに該当する。

 本人は気付かないが、明らかに通行の妨げになっている。


 無意識故に悪意も善意も無いこの迷惑は、だから一番質が悪いと言えた。

 何しろ無意識であるが為に、本人さえその迷惑には気付かない。


 誰かが指摘するまで、その迷惑は続く。

 その指摘というのが、中々に勇気がいる事だ。


 それは感受性が低くなった老人が、道の真ん中を歩いている様な物だ。

 後ろから車がきても彼等は、全く気付かない。


 よって車は老人が気付くまで、徐行運転するしかない。

 いや、クラクションを鳴らせば済む話だが、それにはやはり勇気がいる。


 他人を気遣う余り、誰もが〝指摘〟と言う物をしたがらない。

 ならば無意識による迷惑とは、その当事者が気付くまで、続く事になるだろう。


 ついで二つ目の迷惑は、善意による迷惑。


 これはある種の結果論で、その当事者に悪意はない。

 良かれと思ってした事が、かえって周りの迷惑になる。


 旅行のお土産を近所に持っていったら、そのお土産は苦手な食べ物だった。

 映画をすすめてみたら、それは嫌いなホラーものだった。


 以上の例の通り、やはり当事者に悪気はない。

 これは試してみなければ分からない事なので、誰も責められないとさえ言える。


 ただ善意もまた迷惑に繋がるという事は、覚えていてもらいたい。


 最後は――悪意のある迷惑。


 これは最早語るまでもない、完全な迷惑行為だ。

 何せ当事者は確信犯的に、迷惑行為をしている。


 誰かに迷惑をかけること自体が目的で、加害者はまず他人を困らせたい。

 悪戯や犯罪行為がこれにあたり、中には精神疾患から他人に迷惑をかける場合もある。


 他人に迷惑をかける事が生業の人種も居て、彼等こそが犯罪者と呼ばれる人々だ。

 詐欺、空き巣、強盗、痴漢、殺人などがこれに該当して、迷惑以外の何物でもない。


 問題はどんなに平和な国でも、一定数他人に迷惑をかけたがる人間が居るという事。

 どんな親や教師が教育をしても、そういった偏りは必ず発生する。


 悪意もまた人足らしめている要素の一つなので――切り離す事は絶対に出来ない。


 しかし、善良な人間にしてみれば、迷惑はやはり迷惑なのだ。

 善良であるが故に平穏な生活を望んでいる人々にとっては、不条理この上ないだろう。


 いま私が選ぶべき事は、どちらを重視するかという事。

 迷惑をかける側か、迷惑をかけられる側か。


 いや、既に答えは決まっている。

 嘗て勇者と呼ばれた私であるなら、それは自然とさえ言える行為だろう。


 そう決意して、私は街に出る。

 キョロキョロと周囲を見渡してから、これはという人物を選別する。


 やがて答えは出たので――私は彼女達をこの空間に招待する事にした。

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