迷惑をかけたら
マカロニサラダ
第1話 成尾響
序章
「やはり、人の世はみな同じだね。
みな誰かに優しくできるのに、みな誰かに迷惑をかけずにはいられない。
私の母星でもそうだったし、今まで私が見てきた全ての星も同じだった。
人の善意と悪意は、表裏一体。
何者も、この理から脱する事は出来ない」
私が当たり前の事をぼやくと、和服姿の少女はキョトンとする。
「何を、今更な事を。
人と天使と悪魔の役割は、別ですからね。
天使や悪魔はただ存在するだけで、許される。
でも、人は違います。
人はその善意と悪意を以って、世界を形成する必要がある。
善意だけでは文明は発展せず、悪意があるからこそ人は他人より優れていたいと願う。
悪意と言う邪念が、時に人の進化に繋がるのです。
人は、善意だけでは、今の文明は手に出来なかったでしょう。
貴女はその前提を、否定する気ですか?」
彼女が言う通り、これは今更な話だ。
人には文明を進化させるという、明確な役割がある。
その為には、人には悪意が必要だった。
戦争による征服欲が、いい例だろう。
他国を侵略して、他国を思うが儘に蹂躙する。
その為には、母国は他国より優れていなければならない。
他国を圧倒する為に人は知恵を絞って、様々な兵器を開発した。
人を殺傷する剣に、遠方から敵を刺せる長槍。
更に遠方から人を殺害できる、弓と矢。
何れその兵器は銃となり、ミサイルとなって、効率よく人々を殺せる様に進化した。
仮にその試みが完全な善だと言うなら、なぜ人は人を殺すのかという疑問が生じる。
殺人が罪だと言うなら、やはり兵器の開発は完全な善とは言えない。
寧ろ悪意による行為だとさえ、言えるだろう。
つまりはそういう事で――人類の進化とは即ち悪意の所業に他ならない。
無論、その全てが、悪意だったとは言わない。
人々の為に発明をしてきた偉人達も、多くいるから。
だが、現実は残酷で、現在有用されている科学は概ね軍事転用されてきた。
いや、軍事開発された科学が、民間に転用されたという方が正しいか。
まず、軍事ありき。
それが普遍的な物になった所で、民間でも使用できる様になる。
先に人を効率よく傷付ける道具を開発して、それが民間に導入されるというのが現実だ。
けれど、それこそが、人間なのだ。
前述通り、人の役割とは文明を発展させる事にある。
人々に多様な考え方があるのもその為で、その多様性こそが人間の武器とも言えた。
ある人物がある物を開発した場合、多くの人に使われる事で思わぬ発想を得る場合がある。
インターネットとて、初めから悪意がある使われ方がされるとは思っていなかった筈。
けど今ではその匿名性を利用され、犯罪の温床と化している。
その一方で、仮に飛行技術が最初に飛行した人物だけの物だとしたら、どうなるか?
恐らくここまで急激な飛行技術の発展には、ならなかった筈だ。
誰かの偉業を、誰かが引き継ぐ事で、物事は発展する。
一個人では成し得ない事も、誰かが別の視点で物事を進めれば、進化する事もある。
車、飛行機、原子力、宇宙技術がいい例だろう。
その全てには、始まりがある。
その始まりを成し得た人々の偉業は、称えられて然るべきだ。
だが、それ等を発展させてきたのは、一個人ではない。
多くの人々がその分野を利用する事で、新たな着眼点に至る。
ガソリンでしか動かなかった車も、今では電気や水素で動く様になった。
これは車を初めてつくった人物には、無かった発想だ。
全ての科学は、一人だけの力で進歩する訳ではない。
誰かとは違う発想を持っている誰かがいるから、科学は発展していく。
それこそが、多様性の力だ。
その多様性が癌化した時、人類は滅びる事になるだろう。
いや、私はその人類が滅びる様も、何度も見てきた。
人類の最期は何時だって決まっていて、彼等はやがて己の知識に押し潰されるのだ。
「でも――仮に人類に悪意が欠落したらどうなるだろう?」
「……はぁ」
私が疑問を呈すると、彼女は首を傾げた。
〝相変わらずアホな事を言っているな〟と公言しかねない表情だ、これは。
「つまり貴女は、人類に別の滅び方をもたらしたい?
人が人でなくなればどうなるか、という事を知りたい訳ですか?」
「さすが、話が早い。
そうだねー。
よく考えてみたら、そのパターンは今までなかった。
〝ある事〟が出来なくなったら、人類はどうなるか?
これは、一見の価値があるかもしれない」
私が己の企みを語ると、彼女はもう一度首を傾げる。
「……はぁ。
恐らくその場合――大勢の人間が死ぬでしょうね。
最初の一日目で、人類の総数の四分の一は亡くなるかもしれない。
貴女はそういう事が分かっていて、喋っている?」
「もちろん、分かっているよー。
けど、これも私の好奇心を満たす為だからね。
必要な犠牲ではあるんだ。
いえ。
仮にその後、人類がいい方向に存続するなら、人類にとっても必要な犠牲でしょう。
このパターンの人類がどうなるか、私としては試してみる意味はあると思う」
私は別に、神でも何でもない。
いや、寧ろ最近は、悪魔に近い存在な気さえする。
嘗ては勇者と呼ばれたこの私でさえ、この様なのだ。
なら、誰だって一度は、私の様な妄想を抱くだろう。
人類にとって不運だったのは、私にその妄想を実現できる力があると言う事。
神足り得ぬ私は――そのくせ神を越える力を持っていた。
「うん。
話は決まった。
ならば、早速行動に移るのみ。
他の惑星に介入するのはひさしぶりだから、一寸楽しみかも」
「……はぁ。
貴女は言い出したら、聞きませんからね。
それこそガチで言い争いになったら、どちらかが死ぬまで話の優劣はつかないでしょう。
私としてはそういう事態は避けたいので、妥協案を提示しますわ。
この星の人類にも――チャンスをあげてはどうです?」
それだけで、私は彼女が何を言っているのか察した。
成る程。
それもそうかと、私は納得する。
「分かったよー。
なら、そういう方向で話を進めよう。
選ばれし人々に、私の魔の手から人類を守る様に設定する。
そういう事で、良いかな?」
私が堂々と言い切ると、和服姿の彼女は露骨に呆れた。
「そうですか。
少し安心しました。
自分がしようとしている事が、魔の手に通じると分かってはいるんですね。
それでもそのプランを実行しようとしている辺り、貴女は本当に質が悪い。
貴女――自分が排他主義者だと気付いている?」
「――いえ、全く」
「………」
とにかく、これで話は決まった。
後は、実行あるのみ。
かくして私は――遂に彼女達と対面したのだ。
1 成尾響
やがて――朝が来た。
今日はいい天気で、昨日の大雨が嘘の様だ。
――私こと成尾響はベッドから体を起こして、大きく伸びをする。
体中の関節がボキボキと音が鳴る中、私は速やかに着替える事にした。
私は今年十六歳になる、高校一年生だ。
私服校である我が母校は、だから統一感という物がまるでない。
着ている服も十人十色で、皆それぞれの感性で服を選んでいる。
私としては、入学した高校が私服校で良かったと思っていた。
何せ私は、制服と言うやつが全く似合わない。
あのミニスカートに黒のハイソックスを着なければいけないとなると、震撼する思いだ。
性格的に可愛げなど微塵もない私は、外見さえも可愛げがない。
きっとそういう物は、みんな母の胎内に置き忘れてきたのだろう。
お蔭で私は、どうも素っ気ない性格らしい。
いや、更に踏み込んだ言い方をするなら、冷静過ぎるのだ。
その為、皆が驚く場面で私は驚けない。
皆が喜ぶ場面で、私は愛想笑いさえ出来ない。
ここまで面白味が無い人間も珍しいと、弟には言われている。
いや、きっと弟だけでなく、私の周囲の人々は皆そう思っているのだろう。
実際、私は、自慢ではないが友達が少ない。
教室でも窓の外をぼーと眺めているのが、私の日課だ。
偶にカラオケに誘われても、私はやはり歌など歌えず、ぼーと過ごす事になる。
いや、このぼーというのは、弟の評価だ。
〝姉ちゃんは、ぼーとし過ぎだろう〟というのが、弟の口癖である。
私としては色々考えているつもりなのだが、どうも弟の評価は違うらしい。
実に、遺憾な心証である。
と、私は既に朝食が用意されている、台所に向かう。
早寝早起きが日課である弟は――既に朝食を食べ終えていた。
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