1:成績表と幼馴染
「ほんっとうになぁ~お前みたいなアホをクラスに持つと毎っ日苦労するなぁ~」
……あのライブの日から、遡ること2カ月ほど前の放課後。
私は、中間テストの結果のことで担任に職員室まで呼び出されていた。
吹奏楽部の練習の音や、グランドから運動部のホイッスルの音が聞こえてくるなかで、担任の
糸畑先生の年齢はわからない。
見た感じ50代だと思うが、生徒が何歳か聞くと本人からは決まって「ハタチや」と信じられない返答が返ってくる。
顔にはところどころにシワやシミが目立ち、ころっと太ったお腹が目立つ男性教師だ。
先生がいま手に持っているのは、この前校内で行われた一学期の中間テストの成績表。
国語18点、数学3点、英語10点、物理8点、日本史12点
全て私が頑張った結果である。
だけどその見るに堪えない成績表を糸畑先生が自身のデスクの上に置くと、私にジロ、と目を遣って言葉を続けた。
「お前この点数でよく一回も留年もせずに三年まで上がってこれたな」
「っ、ありがとうございます!」
「褒めてないっ!呆れてるんだよ!」
糸畑先生はそう言って怒るけれど、今の褒め言葉じゃないなら何なの?
私が頭に疑問符を浮かべていると、先生が「とにかく明日親御さんに連絡するからな」と言うから、私はヘラっと笑って「はい」と返事をした。
…………
職員室から教室に戻ると、夕焼けに染まる教室に同じクラスの女子生徒が数人ほど居た。みんなは手にモップやらホウキやら雑巾を手に持っていて、私が入って来るなり不満そうに振り向く。
「美鈴~どこ行ってたの」
「あ、ごめん。糸畑先生に呼ばれてて」
「だからって、アンタ今日うちらと一緒に教室掃除の日だったでしょ」
「うん。でもね、あのっ」
「ハイ。途中までやったから、美鈴あとお願い」
みんなはそう言うと、その掃除用具たちをあたしに次々と押し付ける。
「あ、あの、あとはどこをやれば…」
「んー、テキトーでいんじゃない?汚れてるとこお願い」
「うちらこの後ちゃんと用事があるんだから、糸畑にチクんじゃないよー」
口々にそう言いながら、「じゃあね、美鈴」と私の頭を撫でて、それぞれ教室を後にしていく。
…行ってしまった。だけど用事があるんじゃ仕方ない。
途中までサボっちゃったから、ちゃんと掃除してから帰ろう。
私はそう思うと、まずは濡れた雑巾でみんなの机の上を拭き始めた。
…しかし、掃除を始めてほんの5分くらい経った頃だった。
「みーちゃん?」
「!」
クラスの半分ほどの机の上を雑巾で拭き終わった頃に、聞きなれた声が教室の出入り口付近から聞こえてきた。
その声にくるりと後ろを振り向くと、そこには幼馴染の「かずくん」が立っていた。
かずくんとは幼稚園に通いだす前から交流があり、高校生になった今まで一時も離れることもなくずーっと仲が良い。
クラスは違うけれど同じ学年で、なかなか友達が出来ずどんくさい性格の私を見かねて何かと世話を焼いてくれる存在だ。
かずくんはたった独りで教室の掃除をしている私を見て、目を丸くすると、言った。
「…えっ、もしかしてお前独りで掃除してんの?何で!」
「うーん、みんな途中まで掃除して、後は用事があるからって帰ってった」
「は…何だそれ。用事ってそんなの嘘に決まってんじゃん」
「え、そうなの!?」
私はかずくんの言葉にそう言って目を丸くすると、思わず掃除をしているその手を止める。
え、嘘なの?なんで嘘なんてつかなきゃいけなかったの?意味がわかんない。…まぁ別にいいけど。
私がそう思っていると、かずくんがその辺にカバンを置いて、代わりに近くにあるホウキと塵取りを手に持って言う。
「どーせみんな掃除したくないからみーちゃんに押し付けたんだよ。みーちゃんは頼まれたら断ることを知らないから」
「でも、途中までサボったのは私だし…」
「…え、お前サボったの?マジで?嘘だろ?」
「ううん、本当。糸畑先生に、成績のことで呼ばれてたから」
私はそう言うと、やがてみんなの机の上を拭き終わって、バケツに入っている水で雑巾を洗う。
するとそんなあたしの後ろで、床を掃きながら「それサボったって言わねぇし」と呟くかずくん。
…そうなの?
「っていうか糸畑先生に呼ばれたって何で?何かあった?」
「…」
そして掃除を手伝いながらそう問いかけてくるかずくんに、私は言った。
「…この前の中間テストの結果が凄いって」
「凄い?“悪い”の間違いじゃなくて?」
「んー、お前この点数でよく三年になれたなって。怒られた」
「…やっぱ悪かったんじゃねぇかよ…」
私はそう言うと、かずくんの方を見て「でも0点はなかったよ!」と自慢する。
するとかずくんはため息交じりに私の目の前までやって来くると…まじまじとあたしの目を見つめながら言った。
「……俺、好きだよ。みーちゃんのそういう、放っとけなくなるとこ」
そう言って、真剣な顔をする。
…かずくんはここ最近やたら私に「好き」「好き」言ってくる。
だけどその本音まで伝わっていない私は、いつものように笑って言った。
「ありがと。私もかずくん大好きだよ」
「…」
私はそう言ってニコニコとかずくんを見つめるけれど、一方のかずくんは「そう言う意味で言ったんじゃないんだけどな」とどこか悲しげに呟いた。
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