五章Ⅱ 『なんで、受け入れてくれるの?』

□ □

 熱い。

 全方向から締め付けられて、俺自身の進みが止まる。

 融け合っているから、それが緊張から来るものなのだと、分かった。


「メルル……もしかして」

「……そうだよ。ちゃんとした経験はないよ、悪かったな!」


 両腕で顔を隠した彼女は、愛らしくそう言った。


「ゆっくりで、ふっ、お願い……昔、奴らにヤられたときは、気なんて効かせてくれなかったからな……」


 メルルは腕を、俺の背中に回した。その表情が露わになる。碧空は、雨で濡れていた。

 彼女の腿を掴んだ手を緩めて、ゆっくりと上下する。少しだけ汗ばんだ肌を舐め尽くすように。その感触を味わうために。


「んっ……ひひっ、くすぐったい……」


 紅い顔のまま、にへらと彼女は笑った。



 気持ちが良すぎて、逆に、感覚が無かった。

 なんというか、全部が燃えて、何も感じないみたいだった。だけど、繰り返し動かしてみると、刺激が爆発的に脳に伝わる。


「あっ……おまっ……私が昔……襲われた、ことをっ……気にするなら……無理にっ、シなくてもっ……! いいのにっ……!」

「……莫迦。そんなの、気にするもんか」

「私は、汚いだろ」

「汚くなんかない。綺麗だよ」


 頼むよ。俺で、そんな記憶なんて忘れてくれ。

 出来ることなら、なんでもやるよ。


 もしも戻れるのなら、君が小さい頃に戻って、全てを燃やし尽くすよ。

 メルルに触れた奴らを、八つ裂きにしてやる。

 教会なんて、燃やしてやる。


 俺が――無かったことにするよ。


――――――――

――――

――


 もう、何回目だろう。

 しばらくは彼女が上になって、腰を前後にスライドさせていた。

 そしたら、まるで乗馬みたいに、俺の上で跳ねた。

 汗ばんだ肌と肌が、ぴたりと張り付いては、離れる。なんども。


 彼女の妙声が響く。

 肉と肉がぶつかる音が奏でられる。

 彼女の胸部に付いた双丘が上下に揺れた。


 メルルの体温が、俺の中に広がる。

 もう、どっちがどっちなんて、分からなくなっていた。


――――――――

――――

――

「……はっ」


 メルルの上で――ふと、鼻で笑ったような声が出た。


 俺は、仲間を犠牲にしてまでここに来たのに、女を抱いている。

 彼女を好きだと言っておいて、彼女の過去を気にすることも無かった。

 あの時に彼女が見せた表情の奥に、何があったのかすらも考えもしなかった。

 ――なんて道化。

 ――なんて偽善。


 ここで、自身の舌を噛み切ってやろうか。

 俺の心の底から、暗黒の泥濘が噴き上がった。

 上顎と下顎の間に舌に這わせる。

 この寝台にある二つの肉塊――いいや、すでに一つとなっているか。

 肉塊が激しく揺れて、同じリズムを刻む。舌は上下からの圧で、少しずつその細胞を破壊していく。

 鉄の味がした。

 このまま、俺は顎に力を入れて、噛み切ろうと――!


 彼女の顔を見た。見てしまった。

 その腕が伸ばされた、それで……。

 俺は彼女に引き寄せられる。

 立ち位置は逆なのに、まるで、溺れている俺を、彼女が引き上げてくれるように。


「――――!」


 なんで、俺に。


「大丈夫だよ――?」


 なんで、そんな声で。


「私はここにいるから。イサムのそばに居てあげられるから」


 なんで、受け入れてくれるの?


 分かってる。そばになんて、居られない。

 俺は、帰らなきゃいけないから。


 分かっているのに、身体が動かせなくなって、蹲ってしまった。


 喉の奥から、心の奥から出てくるものを押しとどめたくて、胸を押さえる。

 だけど、彼女の手が後頭部に触れて――溢れ出す。決壊する。


「うあ、あ――あああ――――!!」


 もう枯れたと思っていた涙は、大きく、大きく、流れ始めた。

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