先生のヒミツ
中庭で遭遇したガイコツを追いかけて、特殊教室棟までとんぼ返りした。ガイコツは硬質な音を立てて渡り廊下すぐの階段を上っていく。結構早い。
私も負けじと階段を上る。ガイコツとはどうにか視界に収まる程度の距離感を保っている。二階に上がり、三階にたどり着いたところで、ガイコツは階段ではなく廊下を走り出した。
「待てーー!!」
もはや好奇心やら意地やらで追いかけ回す。ガイコツは私の目の前で理科準備室に飛び込んだ。目の前でドアが勢いよく閉められる。
理科準備室、という表示に思わずたじろぐ。さっき来たばかりの教室。何度も訪ねるのは変人だろう。しかし、ガイコツの件もある。悩んだ末に、ノックをしてみることにした。
コンコンコン。小さめのノックをする。
「ガイコツ、走ってきませんでしたかー……」
小声で問いかける私。確実に不審者。しかし、そうとしか言いようもない。しばらくの無音。もしかして幻覚だったのかな、と自分の認識に不安を覚えた頃。
「入れ」
理科準備室の扉が開き、柳先生が顔を出した。先生は扉に内側から寄りかかるようにしてこちらを覗いている。
「は・い・れ」
「はいぃ……」
二度目の入れには圧があった。私は先生の言うことに従い、理科準備室に足を踏み入れた。
理科準備室は薄暗かった。カーテンは深く閉められ、教室の前後は棚でいっぱいだった。蛍光灯には一切電気がついていない。カーテンで深く閉められている窓際の机の上のノートパソコンだけが、室内の光源だった。
「あの、電気」
「あ゛? あー電気な、お前の方が近いよ。壁際」
言われた通り、壁際を探すとスイッチがあったのでつける。少しの点滅の後、理科準備室は明るくなった。
「あ~、スミオひどい!! その子、ボクを追いかけてきた子だよ!!」
少年じみたアルトの声。先程のガイコツの声だった。しかし、きょろきょろと周りを見渡すが、ガイコツの姿は見えない。
「隠れるな。ここだ」
柳先生が何かをつまむようにして背中側から私の目の前に何かを置いた。ガイコツだった。バタバタしている。
「ん、なぁ!!」
「そんなに驚くか? お前、コイツを追いかけてきたんだろ?」
「えっと、まあソウナンデスケド」
思わずカタコトになる私。動くガイコツは掴んでいる先生の手から離れようと必死だ。
「ボーン、お前はコイツの前でも動けるんだな」
「エ!? 確かに~。動けてる~。ふっしぎ~」
先生に話しかけられたガイコツはそれを言われた後、暴れることをやめた。
「えっと、そのガイコツ」
「ボーンだよ~」
「……ボーンはなんで動いてるんですか? 先生がいつも抱えているやつですよね」
先生は少し黙った。
「とりあえず座れ。長い話になる」
先生が椅子を出した。私がその椅子に座ると、先生は話し始めた。
先生がボーンと出会ったのは六歳の誕生日。誕生日プレゼントとしてもらったらしい。しかし、先生の家は共働きで遊び相手がいない。そんな中、先生は時間さえあればボーンとずっと遊んでいたらしい。
「はじめは人形遊びの延長みたいなものだったんだけどな」
いつしか、ボーンは話すようになり、中学に上がる頃には動き回るようになったらしい。ただし、人前になると途端に黙りこくって動かなくなる。けれど、妄想と片付けるにはボーンの存在を示す証拠がありすぎる。
先生は大学でそれを調べる研究をしていたが、大学院に進むほどのお金がなかったためとりあえず教師になることにしたらしい。
「結局、なんでいつも抱えているんですか?」
「ボク以外の動く標本に会えるかなって」
「コイツが駄々をこねたんだ。あとは、大学生活もコイツと常に一緒だったから、慣れだな」
「はあ」
「とにかく、コイツが動くことは誰にも言うなよ」
言っても誰も信じてくれないと思うけど。先生は念を押すように見つめてくる。
「わかりました」
「ふ、よろしい。帰っていいぞ」
「はい。さよなら」
理科準備室から出て、今度こそ教室に戻る。置いておいた荷物を持って、私の所属する文芸部の部室に向かった。
「おつかれさまでーす」
「あー、あすみん遅ーい。もしかして、原稿書いてきたぁ?」
「いや、日直の仕事があったので」
この軽そうな人は私の文芸部の先輩である
「今回はホラー特集だからねぇ。私は柳先生の抱える骨格標本について書くよぉ」
「え、ボーンのですか?」
「? あの子、ボーンっていうのぉ? 初めて聞いたけど」
「あー、さっきノートを柳先生に渡したときに聞いたんです」
先輩は名前があったことに驚いている。ちょっとだけ嘘をつく。本当は動いているのを見たからだけど、さすがにそれは言えない。
「へぇ、勇気あるねぇ。ボーン、ボーンかぁ……」
先輩はペンを回しながら何かを考えている。
「よぉし、決めたぁ!!」
不安だ。
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