うちの中学の理科教師はかなりヘン
先崎 咲
骨、ホネ、ボーン
中庭のガイコツ
うちの中学の理科教師はいつも骨格標本を抱えている。私たちより一回り小さいくらいの骨格標本。ところかまわず抱えている。授業中でも朝会中でも抱えている。ついでに表情筋も死んでいる。でも、身長は割と高くて、顔も整っている。結構若い、多分二十代くらい。
その変人不気味教師の名前は
柳先生が骨格標本を抱えている理由は不明だ。生徒の間でも、実は恋人の骨だとか、呪われているとか根拠のない突飛な噂話ばかりが飛び交っている。
ある日のことだ。私は日直の仕事で柳先生の理科準備室にノートを届けることになった。相方の男子は、「オレ、部活あるから!」と言って早々に教室を飛び出していった。
私だって文系の文芸部とはいえ部活自体はある。なのに、何も聞かずに飛び出すというのはいかがなものか、とムカついたので舌打ちをした。幸い、クラスの中にはもう誰もいなかったので、この舌打ちは誰にも聞かれることが無かった。一応、クラスの中では穏やかな読書好きのあすみちゃんというイメージで通っているのだ。
中学進学を機にこの旭中学校に転校してきた私は、小学校までの友達ができない口が悪い陰キャという自分イメージを一新すべく気を遣っている。なので、人前では舌打ちしないし、悪口も言わないようにしている。そのせいで、若干優柔不断だと思われている気もするが。
ともかく、一クラス分のノートというものは女子にとってはかなり重い。それを抱えて理科準備室に行くのはかなりのハードワークである。しかし、小分けにして理科準備室に何往復も向かうのも嫌だ。あの部屋は日当たりも良くないためか、薄暗くて不気味なのだ。
どうにか一クラス分のノートを抱えて教室を出た。手がふさがっていたので足で教室のドアを開けた。しかし、廊下には何人かの生徒が残っていたので、閉めるときは顎を使ってノートを動かないようにしつつ、手でどうにか動かしたが。
ノートを抱えて渡り廊下を歩く。この旭中学校では普通教室棟と特殊教室棟は渡り廊下でつながっている。私は二年生なので、今通っている三階からは中庭がよく見える。ゴールデンウィークも終わり、だいぶ日も長くなってきているため、まだ明るい中庭。そんなうららかな景色の中で、──ガイコツが動いていた。
普通教室棟一階の保健室の窓に張り付くようにのぞき込んでは、ばれないようにするためか慌てて窓から離れて壁に張り付く。まるで子供のスパイごっこだ。
「は?」
思わず、ノートを抑えるためにうつむいていた顔を上げて呟いてしまった。窓の方に前のめりになる身体。嘘みたいな光景に目を凝らして見ようとした瞬間。
ズザザザーー。
綺麗な直線を描いて落ちていくノート達。顎で押さえていたところを離してしまったがために起きた事故。
「うそでしょぉ……」
気分は一気に急降下。拾うためにかがむ直前。窓の外を見たが、中庭にはガイコツなんて影も形も存在しなかった。
どうにかノートを拾い集めて理科準備室にたどり着く。気合のバランスで片手を開けてノックする。
「二年B組の
しばらくの無音。コツコツという革靴の音が徐々に聞こえてきて、ガラガラと理科準備室のドアが開いた。無表情で不愛想な柳先生が姿を現した。左脇には相変わらずの骨格標本。しかし、その体はだらりと下がっており、先ほどの動くガイコツとは比べ物にならない。ガタリ、と骨格標本の頭が動いた。不気味だ。
「ノートか」
「は、はい」
「ご苦労だった。全員分だな、戻っていいぞ」
私が両手で苦労して運んだノートを片手で軽々と持つ柳先生。先生は理科準備室へ戻っていく。ぴしゃりと閉じられるドア。
こんなにノートを軽々持てるなら、授業中に集めて持って行ってくれたらいいのに。そんなことを思いながら、教室へ戻る。戻る途中の渡り廊下の窓。先ほどみたガイコツは幻覚だったのかな、なんて思いながらまた中庭に視線を移した。──ガイコツがいた。
「え……」
窓際に駆け寄る。何度も目を瞬かせる。目を擦る。しかし、ガイコツはそこにいる。先程のように、保健室の窓際でスパイごっこを繰り返している。
急いで渡り廊下を渡り切る。水切りの石のように階段を駆け下る。中庭に面した一階の渡り廊下にたどり着く。果たして、そこにガイコツはいた。
「な、なにしてるの?」
声が上ずった。緊張からだった。目の前に動くガイコツがいる。そんな、非日常が目の前にある。その事実だけで、好奇心めいた勇気が湧き上がってきた。だから話しかけた。
ガイコツはわたしの言葉にビクッと体を震わせてこちらを見た。空っぽの眼窩ではあったが、目が合ったように感じた。
「ア、ア……」
ガイコツはこちらを見たまま動かない。声変わり前の少年じみたアルトの声は目の前のガイコツからだろうか。
「スミオ~~!!」
タッと特殊教室棟の方に駆けていくガイコツ。思わず、あっけにとられる私。けれど、どうも幻覚ではなさそうだった。
「待って!」
私はガイコツを追いかけることにした。
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