第16話 プールサイド②

 初めは水に慣れようということで、体に水につけて各自思い思いにウォーミングアップをした。すでにクロールなどを始める人から、キャーキャー言いながら水をかけあい遊んでいるグループもいる。


 その後、泳げる者とあまり得意でない者に分けられて、別のコースで練習することになった。俺は泳げる部類に入るのだが、彩芽があまり得意そうではないので、あまり得意ではないと申告し一緒に泳ぎを見ることにした。


 ビート板を持ってバタ足で進む彩芽の横で、身振り手振りで動作を説明した。


「体をもっと伸ばして、こうやって」

「あ~ん、沈みそうになっちゃう」

「こうだよ」


 何度も泳いで見せる。


「体を水平に保とうとするんだけど、だんだん曲がってお尻が沈んじゃう」

「お腹をもっと水平にして、こう」


 俺は彩芽の腹の部分に腕を添えて下から支えた。当然腹部に手が触れる。ウェストのくびれに手を触れていると、くすぐったい様な感覚が体を走る。


 周囲からは手を触れていることは分からない。水の中というのは怪しい空間だ。彩芽は体に力が入っているせいか、あまり意識していないようだ。


「う~~ん、難しいなあ。もう一度お手本を見せて!」


 彩芽は、泳ぎを止めてこちらの顔をじっと見てきた。ここはいいところを見せなければ。よ~し、とばかりに残りの半分のコースをクロールで泳ぎ切った。


「お~い、ここまでおいでよ」

「オッケー!」


 ビート板を両手でつかみ、バタ足で残りの距離をこちらへ向かって泳いでくる。ゴールで勢い余ってこちらの体にぶつかった。


「お疲れ」

「ふう……健士君上手だったんだね」

「そう、夏休みは良くプールで泳いでたんだ」

「いいな、私も上手になれるかな」

「なれるよ……多分」


 プールの端で一休みしていると、小倉真理と月島雪乃が相変わらず水をかけたりふざけたりしている。相変わらず一緒にいるのだ。


 雪乃が一人で泳ぎ始めた。泳げないグループに入っていたのに、平泳ぎですいすいと進んでいる。


 それを見た麻里は、血相を変えて追いかけようとしている。だが、ビート板すら持たずまるで犬かきのような動作を繰り返している。ビート板でバタ足の練習をするように言われていたはずなのに、全く聞いていなかったようだ。


 犬かきと平泳ぎを交互に繰り返すが、手の動きに気を取られると足の方が全く動かない。彩芽は面白そうに笑っている。女同士というのは結構残酷なものだ。恋敵の無様な姿を見ると、思わず笑ってしまうものなのか。


「なんか、どうしようもないなあ。あれで泳いでるつもりなのかな」

「ほんとッ、しょうがないわねえ」


 すると、麻里は顔を引きつらせ一瞬水面に姿を消した。


「あれ……」


 すぐ浮き上がってくるだろうと思い待っていた。だが、一向に顔が見えない。


 体は見えているし、いくら背の低い麻里でも足はつくはずだ。溺れるはずはない。


 そう溺れるはずはない……はず。


 おお、よかった顔が上がった。だが、引きつった顔を上に向け、かろうじて口だけを水面から出して金魚の様にパクパクしている。息はしているのだろう。


 だが……やはりおかしい。あの引きつった顔。


 俺は思い切り泳いで麻里のところへ向かった。麻里は足がつって動けなくなっていたのだ。顔を上に向けさせ、からだを担ぎ上げながらプールサイドまで連れてきた。ぐったりしている体は想像以上に重く、肩にのしかかったが水の中にいると呼吸困難 になると思い必死だった。その時は告白されたことなどは忘れていた。

 

 異変を感じた先生が、待ち構えていて麻里を引き上げた。


 雪乃の方はというと、すいすい泳ぎ切って麻里のことにはまったく気づかなかった。真っ先に駆け付けなければならないのは雪乃だろうに。


「おい、大丈夫か!」


 心配そうに、他の生徒たちも取り囲んでいる。


 麻里はぐったりとプールサイドに座り込み、肩にバスタオルをかけてもらった。


「急に足がつって……動けなくなっちゃったの。怖かった」

「急に体に力を入れると足がつることがあるんだ。足がつると怖いよな、浅いところでも」


 俺は嫌味っぽくいった。


 麻里は、ゼイゼイ肩で息をしながらこちらを熱く見つめてくる。そんな視線を向けないでほしいのだが。


「でも、私のこと急いで助けに来てくれたのね。健士君が真っ先に来てくれた」


 目に涙を浮かべている。


「人命救助は大切だから、当然のことをしただけだから、気にするなよ」

「ありがと……健士くん。命の恩人……」


 さらに熱っぽいまなざしで見つめる麻里。本当に足がつったのか、怪しいものだ。

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