第17話 彩芽の家へ行く
思いがけない出来事があり、小倉真理は廊下で会えば「わあ~~ん、この間はありがとう」だの「逞しいのね~~」だの声をかけてくる。
そのたびに「もういいよ」だとか「またかよ」と苦笑いをするしかなかった。俺の存在感は増していき、男子からも女子からも注目されるようになっている。
彩芽との交際はあと数日で一か月というところまで来ていた。美波からは一か月続いた人はいないといわれ、麻里からは邪魔されたが、何とかこぎつけた。自分はただ一人の例外なのだと、気分は上々だ。
「健士、今週末はどこでデートしよう」
と甘えられると、気分はいつもマックスになる。記念すべき交際一か月目のお祝いをしようとしていたところ、彩芽から提案があった。
「あのね……」
「ふむ……何?」
「すごく言いにくいんだけど……」
「何かな……ここでは言えないこと?」
「そうじゃないけど……あの……家に来てほしいの」
そういうことか。家に行くということは、彩芽の部屋へ行き二人きりの時間を過ごせるということ。それは言いにくいに違いない、と心臓の鼓動が一気に早くなった。
「よっ、喜んでっ、行くよ! いつがいいの?」
「今度の週末でどうかな」
「今週末か……ああ~~っ、土曜日は練習試合があったんだ、残念だな。どうでもいいけど、人が足りないから行かないと……う~ん、それが終わってからになっちゃう。日曜日なら一日中空いてる」
「じゃ、日曜日に来てね、待ってる」
ということで、彩芽の家に喜び勇んで出かけた。だが、彼女誘うときに、浮かない表情をしていた。
嫌な予感がしてきた……交際一か月目だし。このまま交際がうまくできますようにと祈るような気持だった。
「ここが……彩芽の家なの」
思わず俺はぽかんと口を開けて門の前に立っていた。壮大な洋館が、門からのアプローチの向こうに佇んでいた。重厚な塀の内側には樹木が茂り、レンガ色の洋館が、人を寄せ付けない要塞の様にそびえたっていた。
「そうなの、驚いてないで、さあ入って」
彩芽は学校で話すときの様にいたって普通だ。その普通さが、このお屋敷の前ではむしろ際立って見える。いらっしゃいませ、健士さま。どうぞお入りくださいませ、という言葉の方がふさわしいような場所だ。
「あ……もちろん」
「遠慮しないでよ」
「うっ、うん」
門扉を開け恐る、恐る一歩を踏み出す。ところどころに赤や黄色の花などが咲いていて庭がよく手入れされていて綺麗なのだが、観賞している場合ではない。
玄関の扉もこれまた重厚で、防犯設備などもしっかりしていて、泥棒などには絶対に入られないだろうと思う。
「さあ、さあ、こっちよ」
「お邪魔します」
玄関もこれまた広い。彩芽の部屋へ行くのが楽しみだ。ドキドキするぞ。
彩芽の後について部屋へ入ると、部屋の中央にあるソファにどっしりと腰を下ろしている中年男性が見えた。ここは応接間。うおおおっ、緊張する。
男性はこちらをちらりと見たが、その時の眼光が鋭かった。年齢は四十代ぐらいか。
「ほら、座って健士君」
すると、男性は言った。
「飲み物をお持ちしろ、彩芽」
「はいっ、お父様」
ええっ、お父様って呼んでたのか。予想以上の……お嬢様。
「君が彩芽のボーイフレンドか」
「はい、大浜健士です。よろしくお願いします」
「フム」
まるで面接のよう。そこで、会話はストップし、紅茶が運ばれてきた。彩芽がこちら側に座り、まるで二人で面接試験を受けているような体勢だ。
「年齢は」
「16歳です」
「うん、それは聞いていた。将来の展望は」
「ええっと、将来のことはまだ考え中なので、これから三年間で決めようと思ってます」
「なにおっ!」
「へっ」
なぜか、ここで顔が赤黒く変わった。恐ろしい鬼のように見える。
「お父様、決めてないのが普通よ」
「そんなはずはない。彩芽、お前は黙ってろ!」
「一応……数学は得意なので理系へ進学しようかとは思っています」
「ふむ、そういえばいいんだ。それで、特技は?」
「そうですねえ、えっと、卓球です。中学生のころからやってるので」
「卓球かっ、せこいスポーツが好きなんだな」
「あの、場所は取りませんが、決してせこいわけじゃ……」
野球やサッカーのようなメジャーなスポーツに比べれば、確かに競技人口が少ないかもしれないが……生涯できることを考えれば便利なスポーツ。ということは言わなかったが。
「このお屋敷なら、卓球台もおけるはず……とても便利です」
「なにおっ、小癪な。この家にはビリヤード台がすでにあるわ」
「ああ……余計なことを言いました。忘れてください」
この面接で、一か月以上続かなかった理由がわかってきた。
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