第16話
そこからも日々外出の特訓を続けた。
少しずつ前に進み、駅まで行けるようになった。
「もう少し早起きしなきゃ学校に遅刻しそうだな」
今日はギリギリ間に合うが、もっと距離を伸ばすならもう少し早起きしなければならない。
「えぇ…これ以上早く起きるとか無理」
「じゃあ夕方にいってみるか?俺が学校から帰ってきてからなら時間気にしなくていいしよ」
「夕方ねぇ」
静はその態勢のまま考えている。
「ライブは夜だから昼過ぎには出かけることになるしな。練習のためにいいかもしれないぞ」
「わかった」
「じゃあいってくるわ」
「いってらっしゃい」
静に見送られて、涼介は家を出た。
いよいよ来週がライブの日だ。
夕方に練習出来ればもっと距離を伸ばせるだろうし、なんとか間に合いそうだ。
涼介は自転車を漕ぎながら、触れる風の気持ち良さを感じた。
夕方の練習も順調だった。
朝よりも人が多いので心配していたが、人の多さなどはそこまで関係ないようだ。
いつものように駅まで来て、帰ろうとしていると、見たことある人影がこちらを見ていることに気づいた。
「
心配そうな顔でこちらを見ている。
涼介が声をかけようとすると、走って去って行ってしまった。
「どうしたの?」
「新庄がさっきいたから声かけようとしたんだけど、どっかいっちまった」
「そう…」
返事をした静の方を見ると、真っ白な顔色になっている。
「おい、お前大丈夫か?」
首をプルプルと横に振る静を背負うと涼介は全力で走り始めた。
「我慢しろよ、家まであと少しだからな」
その言葉も虚しく、涼介は家に着いた途端に服を着替えることになった。
(どうしてこんな目に…!)
心の中でそう叫んだのはいうまでもない。
□■□
いよいよライブの日なった。
これまでの少しずつ距離を伸ばしてきたものの、電車に乗るまでは出来ていないので一抹の不安はあるが、静本人のやる気がすごいので、とりあえず行けるとこまで行くしかない。
涼介は大きなリュックを背負うと、静香を伴って家を出た。
「なんでそんな大きなリュックなの?」
「着替えも詰めてるからな」
途中休憩をすることも加味して、1時間程度で着く場所だが、開場時間の4時間前に家を出た。
静は緊張のせいかまだ家を出て5分もしていないのに顔色が悪い。
「何顔青くしてんだよ」
「なんか行けるかなって緊張しちゃって…」
「お前の推しのライブに行くんだろ?しかも、1人じゃねぇ」
涼介は静に手を差し出した。
「俺もいるんだからよ」
「…なにそれ」
「絶対ライブに連れてってやるって言ってんだよ」
「…わかってるし」
「こんな時でもかわいくねーな、お前は」
そう言って涼介が手を引っ込めようとすると、パシッと静が手を握った。
「…なんだよ?」
「杖くらいにはなるでしょ」
「人を杖扱いするなよ」
そう言いながらも涼介は手を握ったまま歩き出した。
「俺がチケット代出してやったんだから、楽しめよ」
「…恩着せがましい」
静はそう言って少し恥ずかしそうな口を尖らせた。
順調に進んでいき、駅で30分ほど休んだものの電車には乗れた。
電車は座って目を閉じていれば大丈夫らしく、問題なくクリアした。
駅に着くと、少し喫茶店で休むことにした。
静の疲れもあったが、順調過ぎてかなり早めに着きそうだったからだ。
喫茶店に座ると、静はふぅーと息を吐いた。
やっぱり疲れていたらしい。
コーヒーとカフェラテを注文すると、スマホを確認する。
開場まであと1時間半ほどある。
「ここまで来れりゃあと15分くらいで着くから、1時間くらい休憩できるぞ」
「うん」
静は少し目を閉じて背もたれにもたれかかった。
「ねぇ、涼介」
静は目を閉じたまま、声をかけてきた。
「なんだよ?」
「…ありがとうね」
「なんだよ、急に。気持ち悪りぃな」
「他に言い方ないわけ?」
「お前もいつも俺にはそんな感じだろ」
「…そうだね、確かに涼介には気を使ったりしてないかも」
「もう少し使ってもいいんだぞ?」
「なんか涼介にはありのままの自分でいられるんだよね…なんでだろ?お母さんにだって気を使うのになぁ」
静は独り言のように呟いた。
「なんでかは知らねーけど、家族なんだし、いいんじゃねぇか?」
「そっか…それもそうだね」
「まぁもう少し気を使ってもいいんだけどな」
「…それは無理」
「なんだよ、それ」
そんな会話をして、少し休んだら1時間ほど経ったので、再び会場に向けて歩き出した。
休んだのが良かったのか心なしか静の顔色が良い。
そして、いよいよ会場が見えてきた頃、涙ぐみながら静を待っている人がいた。
「あゆり…」
静は新庄の名前を呼んだ。
「しずかぁ…」
新庄は駆け寄ってきて、静を抱きしめた。
「ごめんね…私のせいだよね…ごめんね…」
「違う、あゆりのせいじゃない」
静は少しだけあゆりを離すと目を合わせた。
「あゆりのせいじゃないよ」
そう言って静が微笑むと、新庄も安心したように涙を浮かべたまま微笑んだ。
「どうしてライブに行くこと知ったの?」
「有岡くんが教えてくれた」
「久々に友達に会うのも悪くないだろ?」
涼介がそう言うと、静は新庄を見て頷いた。
「さ、行くぞ!ここまで来たら楽しむのみだ」
涼介は2人を連れて勢いよく会場へ入った。
「おい!なんだこれ!?」
思った以上にたくさんの客が来ている。
開場と共に流されるように入っていき、スタンド席はぎゅうぎゅうだ。
静がマーライオンにならないように庇いながら、指定された場所まで移動する。
足は踏まれる、蹴られる、女性に触れてもないはずなのに睨まれるで散々な目に遭いながらもなんとかたどり着いた。
「ったく、どうしてこんな目に…」
お気に入りの靴も泥がついている。
バンッ!!
大きな音がして音楽が流れ始める。
顔を上げると、ライブが始まったようだ。
横を見ると静が嬉しそうに新庄とステージの方を見て手を振っている。
あんなに笑っている顔を初めて見た。
(まぁ…しゃあないか…)
涼介もステージに向かって手を振った。
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