第5話

「今日は豚汁だぞー」


涼介りょうすけはいつものように豚汁にご飯、焼いた鮭が乗ったトレーを置いた。

すーっと部屋に吸い込まれるのを見送ると、もう一つのトレーから豚汁を手に取った。

「豚汁ってうめぇよな」

透明な出汁ににんじん、大根、里芋、そして豚肉が入っている。

「俺好きなんだよなぁ、豚汁」

一口食べると、温かい出汁が喉を通って身体を温めてくれる。

そしていつも豚汁を食べると、母の笑顔が浮かぶ。

“涼介、それ食べたら友達にごめんなさいしてきな”

「俺にとってはお袋の味なんだよね、これ。俺は小さい頃から喧嘩っぱやくて、友達と喧嘩ばっかしててよ。誰かと喧嘩したら、その日は絶対豚汁で、友達に謝ってこいって言われてたんだよな。なーんで、豚汁なのかは今となってはわからずじまいだけどな」

ブルっとスマホが震える。

“いいお母さんだったんだね”

「どうだろうなぁ、7年くらいしか知らねーし」

“私のお父さんは家に帰ってこない人だったよ。だから離婚して2人になっても何も変わらない、思い出すこともない生活だよ。でも涼介のお母さんは違う。今でも豚汁と共に思い出されるんだもの。家族を愛してた人だったんだと思う”


「…まぁそうなのかな」

涼介は豚汁を一口飲んで、すぅっと息を吸い込んだ。

「あのよ、あいつに会ったぞ、新庄とかいう女」

スマホは震えない。

「何があったのか知らねーけど、あんな女の言うこと気にすんな。人間にはどうしようもねぇ奴っているんだよ。人を下に見なきゃ自分を保てないバカが」

涼介はドアの方に向き直った。

「まぁようは他人の評価なんて気にすんなってことだ」

それから何となく何を話していいのかわからなくなって、ドアを隔てて2人とも静かに豚汁を啜った。

「ごちそうさまでした。じゃあ、食べ終わったら、出しといてくれ。あと、洗面台に髪落としたら拾っとけよ、長い髪の毛落ちてたらビビるから」

それだけいうと涼介はヨイショと立ち上がり、下に降りようとすると、スマホが震えた。

「ったく、また文句かー?髪の毛はマジで拾って欲しいんだって…」

“豚汁、美味しかった”


「…なんだよ」

涼介はそう言いながら口笛を吹きながら階段を軽快に降りた。


□■□


「ふぁあああああ」

涼介はベッドから起き上がると、時計をみた。

「もう9時か」

今日は土曜日なんの予定もない。

「何するかな・・・」

いつものように朝ご飯のパンを焼いて静の部屋に置くと、「にゃあ」とかつおが“私のは?”という顔をしている。

「かつおの朝ご飯も準備するからおいで」

かつおはひょこひょことついてくる。

かつおにご飯をやり、さぁ勉強でもしようかと自室に戻ろうとしたら、チャイムが鳴った。

「誰だよ、こんな土曜の朝に」

家の前の様子がモニターに映る。

「ゲ・・・塩田・・!」

塩田はカメラを真顔で真っすぐ見ている。

「塩田くん、こんな土曜の朝にどうしたの?」

「あれ?忘れたのかい?土曜日にテスト勉強する約束をしたと思うんだけど」

涼介はここ最近の記憶を呼び起こしてみると、そういえばそんなことを話した気もする。

「あーそうだったね、ちょっと待ってくれる?」

「構わないよ、約束より早めに着いてしまったからね」

「ありがとう」

モニターを切って、改めて自分の格好を見てみる。

豹柄のスエットにボサボサの髪…

部屋を見渡せば、かつての思い出たち(バイクの部品、親父の特攻服、知らない女の人のグラビアのポスター)が飾られている。

「マズイ…」

涼介は服を着替えて髪を整え、自室を片付けるのは諦めリビングにある親父の思い出の写真などを自室に放り込んだ。

「これでよし」

涼介は平静を装って扉を開けた。

「お待たせ」

「あの別にいいんだけどさ、なんで制服?」

「なんていうか制服着た方が勉強に集中出来るんだよね」

(…着る服がなかったんだよ)

笑って誤魔化しつつ、塩田を部屋に招き入れた。

「早速だけど、勉強を始めようか」

「そうだね」

勉強を始めてすぐスマホが震えた。

“誰?”

静からだ。

“俺の高校の友達”

素早く返信して、数学の問題と向き合っていると、またスマホが震える。

“聞いてない”

“俺も塩田が来るまで忘れてたんだよ。静は部屋にいればいいから”

“困るよ!お風呂とかトイレとか色々涼介がいないお昼にしてるのに”

“我慢してくれ”

そう返信するとスマホを裏向けて置くが、すぐに返信がきている。

無視していると連投しているのか震え続けている。

「有岡くん、連絡来てるんじゃないのかい?」

「うるさくしてごめんね。ちょっと家族から連絡があって…」

「ご両親は新婚旅行に行かれてるんだったね」

「うん、まぁそう…」

スマホを見ると、“トイレ”と連投されている。

「マジかよ…」

「どうしたんだい?」

「いや、大丈夫。ちょっとトイレ行ってくるね」

涼介は席を外すと、静の部屋の扉まで向かった。

「トイレって今席外したから、今いけ」

小声でそう声をかけると、扉に近づいてくる気配がする。

(もしかしてやっと顔見れるのか…?)

ガチャ…

扉が開かれる。

その瞬間にガサっという音とともに目の前が真っ暗になる。

「なっ…」

「その袋、絶対取らないで」

女の声がして、その後トイレに向かう音がした。

やがて静が部屋に戻る音がした。

「ふぅ…なんで俺がこんな目に…」

頭につけられた紙袋をとると、目の前には塩田がいる。

「帰ってくるのが遅いから何かあったのかと思ったんだけど…君は紙袋をしてトイレに行く習慣があるのかい?」

「ハハハ」

乾いた涼介の笑い声だけが響いた。

(どうしてこんな目に遭うんだ…!)

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