第3話


“オムライス”

涼介りょうすけのスマホが鳴ったかと思うと、その一言だけが送られている。

涼介はイラっとした気持ちを抑えながら、スマホを伏せた。


有川ありかわくん、何か連絡が来たんじゃないのかい?」

塩田しおたは教科書を鞄に直しながら、不思議そうな顔をした。


「いいんだよ」

涼介はスマホをポケット入れると、鞄を担いだ。

「じゃあ帰ろうか」


塩田に言われて高校を出ると、日が傾いている。


「そうだ、有川くん。もうすぐテストもあるし、一緒に勉強しないか?」

「そうだね。勉強教えてほしい・・・」


しずかの“オムライス”の一言が思い出される。


「あー、今日はちょっと用事があったんだ・・・ごめん」

「いいよ、気にしないで。また明日」

塩田と別れると、スーパーへ向かった。


「卵たけぇな・・・あとは鶏肉か」

涼介はぶつぶつ言いながら、次々と籠へ放り込んでいく。

父親が十分なお金を置いていってくれているものの、無駄にするには気が引ける。

「駅前のスーパーの方が安かったかもな・・・ってもうこんな時間か」

時計は18時を指している。

今から帰って作ってとなると19時は回るだろう。


(あいつも腹減ってるだろうしな。しゃあねぇな)


家に帰ると、制服からトレーナに着替え、早速料理を始めた。

手際よくチキンライスを作り、卵でくるっと綺麗に巻くと、お皿に移した。


「おい!ご所望のオムライスだぞ」

静の部屋のドアを叩くと、ドアの前にオムライスを置いた。

「俺が丹精込めて作ったんだから、温かいうちに食えよ!」

そう言って少し離れると、静かに扉が開いたかと思うと、すーっと手が伸びてオムライスが回収されていく。


「ちゃんと礼くらい言えよ!」

涼介がそういうと、バタン!と扉が閉まった。


「かぁぁあ、腹立つ!」

涼介はイライラしながら自室へ戻った。


「塩田くんとも勉強できないし、スーパーで安売りを探す日々・・・俺は主婦のおはばんじゃなくて、高2だぞ」

涼介がぶつぶつ言っていると、スマホが震える。

スマホを見ると“ひっきー”と表示されている。

「ったく、次は何だよ」


“卵は半熟の方がいい”


「って文句かよ!ん?・・・まだ下になんか」

スクロールしていく。


“味は悪くない”


「かわいくねえ」


□■□


“ラーメンはみそ味が好き”


“唐揚げはもも肉がいい”


“カレーは辛口がいい”


相変わらず感謝もなく、文句ばかりではあるが、料理を出すたびにメッセージが届くようになった。


“何か言うことはないのか?”


“明日はシチュー希望”


「そういうことじゃねぇええ」

スマホを布団に投げた。


「でも、まぁ少しはコミュニケーションもとれてきるからマシなのか?」

ごろんと布団で横になった。


(それにしても、どうしてあいつは・・・)


「引きこもってるんだ・・・?」


□■□


「塩田くん、野々原静って知ってる?」

「野々原・・・?」

塩田は少し考えて、思い出したのか「あ」という顔をした。

「確か2組の子じゃないかな。しばらく来てないとか聞いたことあるよ。詳しくは知らないけど」

「そっか」

涼介は卵焼きを一口食べた。

今日もいい焼け具合だ。

「それにしても、有岡くんのお弁当は綺麗だね」

お弁当箱には卵焼き、ウィンナー、キュウリちくわ、プチトマトなどがバランスよく並べられていて、俵型のおにぎりがきちっとおさまっている。

「あぁ、そう?」

「いつも美味しそうだし、自分で作ってるんでしょ?」

「うん、まぁね。でもなかなか美味しいって言ってくれないんだよね・・・」

「お母さんに?」

「あ、え、まぁそんなとこ」

「再婚したんだよね?やっぱり大変だな」

「あーぁ、まぁうん」


(大変なのは母じゃなくて娘の方だけどな)


「あのさ、野々原静さんのこと知ってる?」

2組の前にいた女子2人に話しかけると、怪訝な顔をされたが、不登校の学生について学生目線で秘密裏に調査するように教師に頼まれたというと信用してくれた。

「野々原さんと仲良かったわけじゃないから詳しくは知らないけど、1学期は普通に過ごしてたと思う。友達もいたし」

「そうだよね、別に不登校になりそうな気配なんてなくて」

「でも2学期から突然来なくなっちゃったんだよね」

「そうそう、夏休みに何かあったのかなーって思ってはいたんだけど、私たちも仲いいわけじゃないから」

「そうなんだ。野々原さんと仲良かった子っているのかな?」

「あぁ、あの子だよ」

指差した先には緩くかかったパーマのロングヘア、制服もミニスカにして、進学校では目立つ格好をした女子が男子と楽しそうに話している。

「あの子の名前は?」

新庄しんじょうさんだよ」

「そういや、あの子も夏休み明けから変わったんだよね。一学期の時は大きな丸い眼鏡をかけて、ザ真面目!って感じだったのに」

「ふーん」


(新庄さん・・ねぇ)


2人にお礼を言うと、涼介は教室へ戻った。


放課後になり、皆が部活へ行ったり、家へ帰宅したりバラバラと動き出す。

塩田に用事があるからと言って先に帰ってもらい、涼介は校門前で新庄を待った。

しばらくして新庄は男子たちと楽しそうに話ながらやってきた。

「あの、新庄さん?」

「はい、そうですけど」

野々原静の件でというと、周りの男子を先に帰らせて、カフェで話を聞くことになった。


「で、なんですか?」

新庄は、イラついているのかコーヒーを雑にかき混ぜている。

「野々原さんが不登校になった原因が知りたくて。新庄さんが野々原さんと仲良かったって聞いたから」


かき混ぜていたスプーンの手が止まった。


「・・別に仲良くないし」

「どんな些細なことでもいいんだよ。何か気づいたこととかなかったかな?」

「知らないから」

そっぽを向いて話をまともに聞こうともしない。

イラつきでヤンキーの本性が出そうになるのを必死に抑えながら、質問を重ねるが何も答えない。

こちらが下手に出ていると、挙句に、「迷惑だから!」と怒って帰ってしまった。

大声を出されたせいで変な目で周りには見られた上に、飲み物の代金も支払わずに出て行ってしまったので結果奢るハメになった。


(ったく、なんで俺がこんな目にあうんだよ・・・)


軽くなった財布を持って、涼介はため息をついた。

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