第2話

俺の一日は朝食作りから始まる。

コーヒーを淹れ、食パンを焼いてる間に、目玉焼きも作る。

たまにヨーグルトなんかもつける。

腸内環境を整えることは、健康につながることはもちろんだが、学習にもいい影響を与える。

多分、知らんけど。

そしてそれを2階に届けて、ドアをノックする。

返事のないドアの前に朝食を置いて、自室で制服に着替える。

きちっとアイロンがけしたカッターシャツに、ブレザーのジャケットを羽織る。

メガネを磨いて、かけると優等生の誕生だ。

そしてダイニングテーブルの上にカップ麺を置いて、お昼に食べるように2階へ声をかけると、高校へ向かう。

高校で真面目に授業を聞いたら、放課後は買い物をして家に帰る。

晩御飯は栄養バランスを考えて、野菜や魚中心に作る。

脳にはやっぱりDHAが大切だ。

今日はアクアパッツァにしよう。

そして出来上がったアクアパッツァを取り分けると、2階へ運ぶ。

今日の晩御飯も上手くできた。


「・・・って俺のはお前の母ちゃんかよ!ずっとお前の世話してるんですけど!」

ドアの向こうに声をかけるが、返事はない。

もうかれこれ1週間はこの生活をしている。

涼介りょうすけが起きている間は一切音も出さないので、生きているか死んでいるのかわからない。食事を出してしばらくすると、綺麗に食べられた食器があるので、そこでかろうじて生きているということは確認できる。

「ったく、礼ぐらい言えよ」

そう言ってもドアの向こうからは何も聞こえない。

「ったく・・・なんなんだよ」

涼介は諦めて1階へ降りた。


アクアパッツアを食べながら、スマホで引きこもりについて調べてみると、意外に引きこもりの人は多かった。

様々なきっかけで家から出られなくなるようだ。


(あいつは何で引きこもってんだろ?)


そんな中でも目をひいたのが、引きこもりのまま年を重ねてしまったパターンだ。

両親や兄弟、さらに兄弟の子供にまで影響がでることがあるようだ。


「深刻な問題なんだな・・・って俺も将来的にやばいのか・・?」

しずかはこのままだとニートまっしぐらだ。

ニートになって生活保護を受けようとしたら、きっとこちらにも連絡が来る。

結婚相手にも嫌われる可能性だってある。

「やべぇじゃねぇか」


階段を上り、静の部屋の前まで行くと、ドアを叩いた。

「あのさ、何がイヤで部屋の中にいるのか知らねぇけど、俺ら二人で暮らしてるんだし、ちょっとは話さねぇ?」

もちろん、返事はない。

「いや、あのさ、返事くらいはできるだろ?なんでもいいからよ」

するとドアに何かをぶつけたような大きな音がなる。

「おいコラてめぇ!ドア、たたき壊してもいいだぞ、コラァ!」

それでも返事はない。

「しぶてぇな・・・」


□■□


有岡ありおか君、それはダメだと思うよ」

高校からできた友人、塩田しおたつとむはメガネを拭きながらそう言った。

この私立土岐津ときつ学園高校は、それなりの進学校だ。

昔の自分と決別するために必死に勉強して、涼介は見事合格をした。

そこで出会ったのが塩田だ。

ヤンキーなのを隠すために、塩田の真似をするようにしている。

完璧な優等生を目指すために、視力は裸眼2.0だが、伊達メガネをかけているくらいだ。


「声かけすぎたらダメなの?」

本当は怒鳴りまくったわけであるが、ここは優等生らしくたくさん声掛けをしたということで勤には相談した。

「無理矢理に外へ出そうとするような声かけをしちゃだめだよ。ほら、北風と太陽と同じだよ」

「北風と太陽?」

「昔の童話で、ある男のコートを脱がせようと太陽と風が対決するんだ。風は男のコートを吹き飛ばそうと必死になるんだけど、むしろ男は寒さをしのぐためにコートが飛ばされないようによりぎゅっと握ってしまうんだ。でも太陽が、さンサンと日の光を当てると、暑くなった男はコートを脱いでしまう、というお話だよ」

「ほぅ」

「つまり無理に出そうとしてもダメ。本人が出ようと思えなくちゃね」

「そういうことか。やっぱり学年1位の言うことは違うな」

「いやいや、ちょっとテストが上手くいっただけだよ」

勤はメガネを拭き終えると、さっと眼鏡をかける。

「さぁ、次の時間は数学だ。涼介君は数学が苦手だから真剣に聞かないとね」

それが言い終わる頃にタイミングよくチャイムが鳴った。


(無理やりはダメか)

涼介は肘をついて、ため息をついた。


□■□


「とはいってもなぁ・・・。会話が出来ねぇんだよなぁ」

高校から帰った後、早速部屋の前まで来たが、いざとなると何を話していいかわからない。

そう言えば、昔アニメで夜食に“お疲れ様”みたいなメモを貼っているのを見たことがある。


「話すのが無理なら、手紙ならいけるか?」

涼介は晩御飯をつくると、そこにメモを添えた。


“今日のご飯は回鍋肉だ。上手いだろ?”

その程度の短いものをつけてみた。


皿を回収に上がると、綺麗な皿だけが置かれている。

返事はないが、受け取りはしたらしい。

まぁ第一段階はクリアといったところだろうか。

涼介は鼻歌交じりで食器を回収すると、洗い物に取り掛かった。

次の日は、洗濯物を袋に入れて出せ、と朝食に付箋をつけて袋を一緒に置くと、学校から帰ると袋に洗濯物が入っていた。

「これでちょっとはコミュニケーションとれんじゃん」

洗濯物をがつがつ洗濯機に放り込んでいく。


「・・・え」


男性が普段目にしないものまで入っている。


「オイオイオイオイオイ!!普通入れるかよ、こんなもん」

赤面しながら、涼介は洗濯機の中に放り込んだ。


そして2人で暮らすようになって3週間も経つと毎日の家事をしながら学校へ通い、静の世話を色々する生活にも慣れてきた。

「俺って、主婦みたいだよな」

タオルをバンバンと振ってシワを伸ばす。

「高校2年生だっつうのによ」

さっきよりさらに力を入れてシワを伸ばしながら、干していく。

「メモを貼り続けるのも面倒くせぇな」

そして洗濯物を干し終わると、静の部屋の前まで行った。


「なぁ、ちょっと相談があるんだけどよ。2人で暮らしてると、相談したりする必要があるだろ?例えば、えーっと、晩御飯を何食うか?とかさ。毎回メモ書くのも面倒くせえし、LINE交換しね?」

涼介は事前に書いておいたLINEのIDをそっとドアの下の隙間から入れる。

「まぁ気が向いたら友達登録して連絡くれ」

涼介はそういうと、その場を後にした。


まぁ連絡なんてこないだろう、そう思っていたが、予想外に早くLINEがきた。


“不必要には連絡してこないで!”


「・・・おい!何なんだよ、こいつ。なんか俺がこいつを追いかけまわしてるみたいじゃねぇか」

悔しさがこみあげてくる。

「何で俺がこんな扱いを受けないといけねぇんだ、どうしてこんな目にあうんだぁあああ!?」

涼介の空しい叫びが響き渡った。

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