箱から出る道
九文里
第1話 地下鉄の清楚な奥様
朝の通勤ラッシュも終わった頃、大学に行く為に地下鉄に乗っていると、ついうとうととして後ろに頭を倒してしまった。はっとして、手を頭の後ろにやった。朝急いで結った髪が崩れてないか心配だったが、何ともなっていなくてほっとした。
ふと斜め前を見ると、白い着物姿の綺麗な女の人が笑顔を見せていた。
美しい白い着物で紫色の花が描かれている、多分桔梗の花だろう、それを纏っている人も髪を結い上げた清楚な人で、どこぞの奥様という感じの女性だった。
私は恥ずかしくなって、目を逸らしたが、彼女の顔を見直した。彼女の顔と着物に見覚えがあった。
ー ー ー ー ー ー ー ー
4年前の高校2年生のとき、私は同じ地下鉄で学校に通っていた。ある日の学校からの帰り道だった。私鉄に乗り替えるために、地下鉄から地上に出ると、出口前の円形花壇前に置いてあるゴミ箱の前で、お婆さんが立っているのが目に入った。
そのお婆さんは、手をぶらんと下げて、少しうつむき加減に、虚ろな目付きでゴミ箱を見ていた。
少し気になったがそのまま通り過ぎたのだが、気になってもう一度振り向くと、お婆さんの姿は見えなくなっていた。
そのときは、もう何処かへ行ってしまったのかと、不思議に思ったのだが、深くは考えずにやり過ごした。それで、また前の方に顔をもどしたのだけれど、そのときに視界に何かひっかかった。なんだろうと思って気になった方をじっと見ていたら、そのゴミ箱と花壇の間に白い物がチラリと見えていた。それは、紙屑にしては、異様に白く輝くように見えた。
近くによって手に取ってみると、滑らかな白い正絹の
袱紗自体が高そうな物で、明らかにゴミとは思えなくて、少し振ってみると手応えから数珠みたいに思えた。これは、大事な物だろうと思い近くの交番に預けたのだった。
それから、私鉄の駅に向かったが、しばらく通りを歩いた角で女の人とぶつかった。出会い頭の衝突だったが、勢いで倒れるほどのものではなかった。
「ごめんなさい。よそ見をしてたものだから」と女の人は、謝った。
「もしかして、数珠をお捜しですか?」と私は彼女に尋ねたら、彼女は、驚いたように「何故、分かったの」と返してきた。
「お着物の生地が袱紗の生地と同じ白の正絹だったので。よそ見をしてたのは、捜し物をしていたからですね。地下鉄の駅を出たところでゴミ箱の裏に正絹の袱紗に包んだ数珠が落ちていたので、近くの交番に預けておきました」と答えた。
彼女は、白い着物を着た清楚な奥様という感じの女性だった。
「何故、中身が数珠だとわかったの?」
「持った手応えが数珠みたいな感じだったので」
「そうなの、正確には数珠では無いのだけれど、水晶のブレスレットだから、形は数珠と変わらないわ」
「とても大切な物なの、何とお礼を言えばいいか、本当にありがとう」と何度もお辞儀をしていた。お礼をするから連絡先を教えてほしいと言われたが、それには及ばないとそそくさと別れて家に急いだ。
実は、あのときあの女の人の着物と、女の人が探し物をしている様子から推し測ったのは事実だが、同時にあの女の人があの袱紗を探している様子が頭の中に浮かんできたのだった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
今、地下鉄で目の前にいるのは、あのときの奥様だった。
「あのときは有り難う。お陰で大事な人を助ける事ができたわ」
向かいのシートの女の人は膝の上に両手を揃えてお辞儀をしてくれた。
「いえ、良かったです」
彼女の様子が少し大げさだと思えたが、そう返事をした。
大学の最寄りの駅に着いたので、彼女に挨拶をして電車を降りようとしたとき、彼女が言った。
「これから、何かおこるかも知れないけれど、あなたには味方が大勢いるから忘れないで」
私は、何の事だか分からなかったが、ドアが閉まるので急いでホームに出た。
窓越しに電車の中を見ると彼女は、微笑んで手を小さく振っていた。そして、電車は動き出しスピードを増して走り去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます