第2話 一日目

 私の名前は、須寿宮真心すずみやまなか。大学二回生で、学部の研究室の手伝いのために大学に来ている。

 大学は1月の後期試験が終わり、2ヶ月の春休みに入っている。構内をうろついていた学生たちは、箒で掃かれたようにいなくなった。

 もうすぐ新学期が始まる。新入生を迎える準備をするために学校に来ていた。


 大学正門を入って真正面のメインストリートの両サイドには、10メートルを超すメタセコイヤが立ち並ぶ。まだ裸の枝だけど、よく見ると小さな緑の葉が頭を出している。

 今は、3月のお彼岸の時期である。もう10とうかもすれば、この大通りも新入生で溢れ、市内にある有名神社の参拝者にも引けをとらぬほどの大勢の人々で溢れる。その時期には、メタセコイヤの枝は新鮮な薄緑の新葉を纏い、その下を学生たちが歩いていく。

 そして、メタセコイヤの木の下では、色々なユニフォームを着た先輩たちが新入生を勧誘する列ができる。私も新入生のときに声を掛けられた。だけどそれは、何故だかアメフト部だった。驚いて「私は、女です」と断ったが、彼は目を輝かせて「ぜひ、入って欲しい」と迫ってきた。是非ともマネージャーに、とのことだった。

 何故だか私はよく人に声をかけられる。とくに駅前の繁華街を歩いていると、よく外国人に道を聞かれる。よほど話し易そうに見えるのだろうか。私自身は、社交的でもないし姿も野暮ったいと思うのだが。



 本日の仕事がひと段落して昼になると、同じく別の研究室の手伝いに来ている横沢深雪よこざわみゆきとランチを一緒に食べるため、待ち合わせをしている食堂に向かうために部屋を出た。

  メインストリートを歩いて、壁一面がガラス張りの近代的ビルに挟まれた道を奥に入ると、赤い建物が視界に入る。このモーリス館は赤レンガと白い柱が美しい歴史的建造物だ。

 明治時代に作られ、国の重要文化財に指定されている。中にはきっと、宮殿の様な階段があって赤い絨毯とか敷いてあるんだろう、一度中に入ってみたいと思っているが未だに入った事はない。使われているのか、いないのかも分からない。


 その建物を見上げながら通り過ぎると、道の奥の方に木がいっぱい立っている所が見えた。

 こんなところに林があったのか、散歩用のコースなのかなと近づいた。小山が鬱蒼とした林に覆われ、その周りを遊歩道が囲っている。その小山の正面に高さ1メートル程の薄汚れた石碑が立っていた。

 近づくにつれ、表面に字が彫られていることがわかった。『箱山』と読める。興味を引かれて石碑の手前まで行くと、「まなか」と私の名前が呼ばれた。振り向くと金髪の美人が手を振っている。深雪だ。


「こんなとこにいたの、捜したよ」

 深雪が小走りでやって来るので、時計を見ると12時を過ぎていた。

 まだかなり時間があったと思ったけど、いつの間にか時間が経っていた。


 「ごめん」と言って深雪の方に走った。


 横沢深雪は、髪は肩までのゆるふわボブで、金色に染めている。目は猫目でつり上がり気味のきりりで、鼻筋は通り、小顔である。セーターもふわふわでおしゃれだ。でも美人だけどモテない。気が強い美人だから男が敬遠するみたいだ。

 私は、深雪と違い、髪は後ろでまとめて上げていて、前髪は七・三に分けている。よく地味な宝塚みたいと言われる。服装は、洒落っ気のない白いフリースコートを着ている。目立つのが嫌で、深雪とは、ほぼ真逆の性格だ。なのに彼女とは気が合う。


「私、来月誕生日なんだよね。別に気にしなくていいんだけどね」

 深雪がおもむろに言い出した。


「あっ、そうなのじゃあ何かプレゼントするよ」


「いや、いいよ気にしなくて。真心まなかは、誕生日いつ?」


「今日だよ」


「えっ、うそ。ほんとに」


「うん、真実。気にしなくていいよ」


「聞かなかった事にするか。まぁしかたない、ランチを奢ってやろう、Aランチ、リーズナブルセット。―いや、やっぱだめだ」


「え、なにが」


「わかった、まかせろ」


「だから、なにが」


 深雪が顎に指を当てて何やら考えている。彼女と並んで歩きながら、レンガの建物の角を曲がる時にチラッとさっきの林の方を見て、アレッと思った。何か違和感があった。だけど、深雪と話しながら食堂に急いでいると、その時覚えた違和感はいつの間にか霧散してしまった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る