薔薇色の人生
比呂
薔薇色の人生
暗く冷たい通路を、木枠の手錠を引かれて歩いた。
鎖の擦れる音が耳障りで、黴の臭いが肌に染みついている。
薄汚れた麻の囚人服など、衣服と呼べるかどうかも怪しい様相だった。
「っ」
出口から差し込む光に、目を焼かれる。
それが救いでないことなど、私は知っていた。
群衆のざわめきが、地鳴りの様に足元を揺らした。
処刑人によって、眩しい世界へ引きずり出される。
真っ白な世界に、色が宿った。
旧時代的な石造りの街並みに、市民が憩うための広場がある。
その中央で、古い木で作られた断頭台が、血を吸うために待っていた。
牢から断頭台まで専用の通路で繋がっていることを考えれば、広場に詰め寄る群衆の姿にも納得できる。
処刑が、庶民の娯楽であることの証明だ。
「さあ、みなさんお待ちかねの、大罪人だよっ」
笑う化粧の道化師が、断頭台の前で叫ぶ。
それをかき消す程の歓声が吹き荒れた。
幕は上がった。
さぞ楽しかろう。
この国の王子の婚約者だった私が、叛逆者として断頭台へ送られる様は、とても滑稽なことなのだ。
処刑されるものが悪人で、他人の正義に乗っかって溜飲を下げる娯楽ほど楽しいものはない。
「ふふふ」
口元が歪む。
あらいけない、慎まなければ。
気が触れたと勘違いされて、口に濡れた布を押し込まれてしまう。
石が飛ぶ。
そういう刑ではないのだけれど。
黒い頭巾を被った処刑人が、私の手錠を引いた。
空には鴉が舞う。
人間が、只の肉になる臭いを嗅ぎつけたのでしょう。
ええ、ええ。
存分に平らげてしまうといいわ。
未練は無いもの。
最後までの刻限を知らせるように、一歩ずつ断頭台へ近づいた。
ぶら下がった鈍い刃が光る。
飛び散った血の跡と、後処理の為の籠が見えた。
もう、道化師の声も聞こえない。
眼前に広がる有象無象が、輝く双眸で私を嘲笑する。
私は両肩を掴まれた。
きっともう、時間が無いのね。
だから言うわ。
「ねえ」
群衆が静まり返った。
私の最後の言葉が気になるのでしょう。
哀れな女がこの世に残す、死出の絶叫を聞きたいのだ。
波一つない湖面のような雰囲気に、一滴を垂らす。
「この私が、何の準備も無く、この場に立ったと思っているのかしら」
一瞬の静寂の後で、群衆が沸いた。
負け犬が吠えたと、嘲笑う声だ。
それがどちらかは、すぐにわかる。
「もう、いいわ」
群衆の喧騒に隠れて、銃声が鳴った。
私の肩を掴んでいた処刑人が、胸から血を噴いて斃れる。
まだ足りない。
何が起こったか理解出来ていない道化師の、化粧に塗れた頭が吹き飛んだ。
ああ。
そこでようやく、どちらが処刑人か理解したことだろう。
処刑場にされた広場の両側から、小銃を抱えた兵士たちが、隊伍を組んで現れる。
一斉射撃で、近くにいた群衆の一部が崩れた。
混乱は更なる惨劇の合図となる。
開かれた通路へ、我先に群衆が殺到した。
その様子を眺めていた私に、黒衣の兵士が声を掛けてきた。
黒髪で背が高い偉丈夫の割に、線の細い顔をしている。
猛禽のような眼をしているくせに、見事な敬礼の後で言った。
「包囲、完了致しました」
「そう、予定通りね。では、この手錠を外して下さるかしら」
「はっ。お召し物も用意しております」
黒衣の兵士が手錠を外しながら、背後に控えさせた部下に視線で指示を出していた。
私は手首を確認しながら言う。
「やけに用意がいいわね」
「いえ、御身が血で汚れておりますので」
「ああ」
私が自分の服を見下ろすと、処刑人の返り血でべっとりと赤く染まっていた。
「それで? 私はここで着替えるの?」
「それだと小官は大変嬉しく思いますが」
くくく、と黒髪の兵士から笑いが漏れる。
言葉は丁寧だが、態度は悪い。
後で叱ってやらなくてはいけないだろう。
でもそれは、目の前のことを片付けてからだ。
私は、片目を瞑って見せた。
「私の名は、ローズ・フロイアよ。この赤こそが、私に相応しいわ。人生の象徴とも言える色よ」
「ラヴィアンローズ、という訳ですか? 随分と生臭いですよ」
「ええ、生きているのだから当然でしょう。殺されたくなければ、殺すしかないのよ。貴方が教えてくれたことではなくて? 答えなさい、ヘイン」
黒髪の兵士が、その美しい面貌を歪めて言った。
幾ばくかの悔恨を湛えて。
「そうです、違いありません」
「だから私は、誰も恨まない。誰かが私を恨むことも許すわ。応報とは、そうあるべきなのだから」
私は、上げた手を振り下ろす。
兵士たちが、石畳に足を叩きつけて進軍し始めた。
群衆を押しのけ、報復を成すために。
ああ、私の人生よ、赤く染まれ。
さもなくば、薔薇のように。
薔薇色の人生 比呂 @tennpura
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