第13話・・・落禅康紘/退・・・


 時は少しだけ遡り、ちょうど白鳥澪華しらとり みおか黛蒼斗まゆずみ おとの話し合いが始まろうとしていた頃。


 落禅康紘らくぜん やすひろは白虎山の林道を歩きながら携帯を耳に当てていた。


『…というわけで、ぜひ落禅くんに投資をして頂きたいんだ。まずは一回、じっくりと俺の「住家」で話したい。最高のおもてなしを約束するよ』

 その携帯から、熱意に満ちた声が康紘の耳に届く。


「おおきにです、先輩」

 敢えて微妙な敬語を使って、康紘が答える。

「ただありがたいことに他にも多くの先輩から声を頂いてましてなぁ。…前向きに検討の上、追って連絡しますんで、少々お待ち下さい」


『いい返事を期待しているよ』


「もちろんです」

 ピッ、と通話が切れた直後、康紘はにんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。


(こん先輩はもう少し焦らしてもよさそうやな。……そうすれば『金の流れ』がこっちに傾いてくれそうや)



 落禅康紘はあらゆる手を尽くして金儲けをすると認識されているが、その根幹は『金の流れ』を読む力にある。


 社会の情勢から『金の流れ』を読み取り、ピンポイントで投資をすることで中学生ながら莫大な資産を築いた。


 先日詩宝橋胡桃にちょっかいを出して小遣い稼ぎをすることも好きで、そちらが悪目立ちして『銭百足ぜにむかで』と呼ばれているが康弘は割と気に入っている。


 百本の手足で是が非でも『金の流れ』を掴み取る。

 意外と自分に合っていると思う。



 林道を抜けた落禅は眼前に広がる三軒の『七等住家』を見て、また意地の悪い笑みを浮かべた。

 以前『普凡科』の三人に買わせたこの『住家』も言わば先行投資だ。


 白虎山は言わば広大な未開の土地で、様々な学生がこの山を使ってお金儲けをしている。ある生徒はアパートを独自で建てたり、ある生徒はコンビニを建てたりと。


 そしてもちろん建物を建てるには『土地』を買う必要がある。


 誰か生徒が持っていればその生徒から買い、誰も生徒が買っていない土地は『四神苑宰盟会』から買う必要がある。



 そして、この三つの『七等住家』が建つ土地は、数ヶ月後には値上がりする土地・・・・・・・・・・・・・・なのだ。


 アクセスの悪い寂れた一軒家の『七等住家』だが、今現在上級生の一人がこの付近の土地開発を進めており、繋がりの薄い部下の名義でこの付近の『住家』や『土地』を購入する『金の流れ』に康紘は気付いたのだ。


 数ヶ月後にはその土地開発が本格始動すれば、『七等住家』は三等〜二等に並ぶ値で売れると考えている。


 ちなみに、『住家』は一人一つしか持てないので『普凡科』の名義を使ったが、そのお金は康紘が出して、『住家』に関する決定権も自分が持つように契約を結んでいるので全ての実験は自分にある。

『普凡科』の奴らが変な気を起こしても無駄なのだ。



(や〜。やっぱり『四神苑』ええわ〜。あちこちから金の匂いがぷんぷんする)

 康紘は涎が溢れそうになり、さすがにはしたないと上を向いた。


 そのまま康紘は『七等住家』の一つへと向かう。


 土地開発が始まるまでその『住家』を仕事場の一つにしており、日野船桂馬ひのふね けいまを始めとする『普凡科』の三人にデータ収集系の仕事をさせている。


 康紘が『金の流れ』を感じ取りやすいように、『白虎学園』の様々な情報を整理させているのだ。

 時々こうして顔を出している。


「入るで〜」

 康紘が機嫌よく『住家』のドアを開けた。


 平家の一軒家の内装を少しだけ変えてオフィスのようなインテリアにしており、仕事場に来たという気分が強くなる。



「ら、落禅くん!」



 すると、もさっとした髪を弾ませながら日野船桂馬が慌てた様子でリビングのドアから出てきた。

「ちょ、ちょうど連絡しようとしてたんだ…!」


「…?」

 わざわざ出迎えなくていいと言っているのだが、様子がおかしい。


「なんや? データ収集だけやのになんかトラブルでも起こしたんか?」


「そ、その…トラブルと言えばトラブルっていうか…」


「はっきりしぃ!」

 ぴしゃりと言い放つと、体をビクつかせた日野船がびしっととリビングの方を指差した。



「あ、あの人・・・が来てるんだ!」



「…んー?」

 康紘は眉を顰め、直接見た方が早いとリビングのドアを開け放った。


 リビングというよりオフィスと化しているその部屋で………その男・・・は、連れの女・・・・と一緒にお茶を飲んでいた。



 その男・・・は康紘を見て、「こんにちは〜」と手を振って親しげに挨拶してきた。



「待ってたよ〜、落禅くん」




「……………なぜ君がここにおる…っ。ひいらぎせん…ッ」




『翳麒麟』柊閃と、『五核初コア・ファイブ・五位』落禅康紘が、対峙した。




 ■ ■ ■




「…何の用や?」

 落禅康紘は柊閃の迎いに座り、敵意剥き出してで聞いた。


 柊柊閃の隣にはゴスロリ少女の籠坂爛々がリラックスした姿で座っている。噂通りこの二人は付き合っているのか。


 日野船を始めとした『普凡科』の三人はぎこちない仕草で同じ部屋の隅の方に座っていた。


 康紘は「帰りたければ好きにしろ。今日のノルマはいい」と伝えたが、三人とも居座っている。

 怖いもの見たさ、というやつだろう。


「あ、嬉しいな。白鳥さんや黛くんは問答無用で僕のこと突っぱねるから、こうして話を聞いてくれるの……嬉しい」

 柊閃はエメラルドルビー両眼オッドアイを薄ら細めて、微笑んだ。


「ほんまズレとんなぁ」

 康紘が吐き捨てるように言った。

「気に食わんかったら力ずくで追い払う。はよ要件言えや」


「うん。…すばり、」

 柊が親指を自身の胸に立てて無駄に勇ましいポーズを取った。



「僕と『超遊戯ハイ・ゲーム』で勝負しよう!」



「………はぁ?」

 康紘は不快感を覗かせながら頭に疑問符を浮かべた。


「そんな顔しないでよ」

 柊が笑う。

「ちゃんと、圧倒的に落禅くんが有利でリスクも少ない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、そういう内容になってるから」


「……その勝負、俺が負けたら?」

 康紘は表情を変えないまま柊に聞いた。


 柊は「ふふっ」と微笑んだ。

「ご想像の通りだよ。……しばらく黛くんと距離を取る・・・・・・・・・・・・・。それだけ。金銭も権限も、何も無し」


 ……確かに、康紘が想像した通りだった。


 柊閃は白鳥VS黛の戦いに興味を持っている。現状、豊富な人材を揃えた黛が幾分か有利だ。

 その力の一端である康紘をこの勝負から脱落させて引っ掻き回したいのだろう。



(まあ、そんなことはどうでもいい・・・・・・・・・・・・



「……んで」

 康紘が眉をくいっと上げる。

「俺が勝ったら、君は俺にどんな『利益』をもたらしてくれるんや?」


 ここが最重要ポイントだ。


「言っとくが、俺が黛に協力してるんは、『首席』の権限を手に入れられる可能性があるからや。……『首席』以上の『利益』を、君は何か与えてくれるんか?」

 康紘は高らかに語った。


 部屋の隅で日野船達が引き顔で見ている。

 今の自分はどれだけ醜悪に見えているのだろうか。


「うん」

 柊は淀みなく頷いた。

「用意してきたよ。それはね……」


 そっと、柊は手の平を優しく胸に当てた。




「僕の『退学』」




「ッッッ!」

 康紘の呼吸が一瞬止まった。


 部屋の隅では日野船達が「え!?」「は!?」と驚きの声を上げている。


「……本気で言うとんのかッ?」


 康紘の緊迫感ある問いに、柊は「うん」と元気よく頷いた。

「どう? 結構いい条件でしょ? ……落禅くんが勝てば、入学早々あの・・『翳麒麟』の一人を退学させた功労者だよ? ……抜群にいい『利益』じゃない?」


 ………本気だ。


 柊閃は本気で自身の『退学』を賭けている。


 追い詰められたわけでもないのに康紘の心の余裕がなくなっていく。


(何を企んどる? これで俺がOKすれば大したリスクもなく柊を退学させられるんやぞ…!)

 康紘は心を落ち着け、口を開いた。


「………一つ聞く」


「どうぞ」


「その『超遊戯ハイ・ゲーム』のルールはどうする気や? 生徒会や『四神苑』のAIにルールを決めてもらうんか?」


「いーや。ルールは僕が決める」


 康紘の視線が鋭くなる。


 ここだ。

 柊閃はここで何か企んでいる。


「と言っても、」

 康紘が何か言う前に柊が口を開く。

「これ勝負っていうか、ただのクイズなんだけどね」


「……クイズ?」


「うん」

 頷いた柊が、肩を竦めながら大したことないように述べた。



「出題者は僕。回答者は落禅くん。問題は一個。…僕が出題する二択問題・・・・に正解すれば落禅くんの勝利」



「な…ッッ!」

 康紘は驚愕のあまり言葉が詰まった。

「柊…ッ。それって…!」



「そう。正答率50%。……つまり、50%の確率で僕を『退学』させられるんだ。…破格過ぎる条件だと思うけどな」



 ……間違いなかった。


(仮に意味不明な問題を出されても五分五分で正解できる…ッ。そうすればコイツを退学に…!)


 ゴクリ、生唾を飲み込む康紘。


「もちろん、変な難癖をつけて『その答えは違います!』なんて愚かな言い逃れはしないよ。…そもそも『超遊戯ハイ・ゲーム』するとなればAIがディーラーとしてクイズの答えを管理することになるだろうしね」


 ご丁寧に柊が説明してくれた通りだ。


『四神苑』のAIの管理の元で執り行えば半端な誤魔化しは不可能。


「……おい、籠坂爛々」

 康紘は柊の横で寛ぐ籠坂に目を向けた。


「ん? 私?」


 目を丸くする籠坂に康紘は訊ねた。

「……お前はええんか? 柊がこんな無謀な勝負に出とんのやぞ」


「? 別に全然?」

 籠坂がこてんと首を傾げる。

「……どうせ閃が勝つし。もし負けても一緒に私も退学するだけだし」


「……そうかい」


(ダメや。この女から情報引き出せるかと思ったが、話が通じん)

 当たり前に康紘が負けると思われているが、妄信で目が曇った愚人の言うことをいちいち間に受けたりはしない。


 ……腹を括るか。


 康紘は決心し、柊と目を合わせた。

「最後にもう一度確認や。俺は本当に『黛と距離を取ること』だけを賭ければええんやな?」


「うんっ」


 ……狂っている。

 つくづく康紘は思った。


(たかだかこんなことの為に『退学』を賭けるなんざ、ド阿呆のすることや。…想像を遥かに超えて『翳麒麟』は理外の存在らしいな。…でも、ちょうどええわ)


 ……康紘の脳裏にあの時・・・の柊閃のセリフがフラッシュバックする。


 黛蒼斗が白鳥澪華に宣戦布告したところに柊が登場した時。

 柊は話の中でこう言った。


『「首席」「次席」、ついで・・・に「五位」の…』


 ついで。

 

 落禅康紘を『ついで』呼ばわりしたのだ。


(あん時、おまえは俺の手で捻り潰してやりたいと思うたんや…ッ)


 怒りが湧き上がる。


 舐められたままで終われるか。



「オッケー、柊閃。……お前の息の根、俺が止めたる」



「決まりだねっ」



 柊閃の両眼オッドアイが妖しい輝きを放った。




 ■ ■ ■




 ……とんでもないことになった。


 もさっとした髪の、目に少しかかっている部分だけを掻き分けながら、日野船桂馬ひのふね けいまは必死に呼吸を整えた。


五核初コア・ファイブ・五位』落禅康紘と、『翳麒麟』柊閃の勝負を間近で見れるとは。


 正直、ここにいることが怖い。

 

 巻き込まれやしないかと体が震えて止まらない。


 ……でも、日野船もステップアップを目指して白虎学園に入学した身だ。


 ここで逃げてはいけないと本能が叫ぶ。


「マジか…どうなるんだこれ…!?」

「…やば、超やば…!」

 日野船の隣で自分と同じように落禅に『住家』を買わされた二人の『普凡科』の男子生徒も怯えを口にしながら去ろうとはしない。



(……こんな現場に立ち会えるなんて、二度とない機会だ…ッ。この目に焼き付ける…!)


 日野船は充血するほど目をかっぴらいた。


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