第12話・・・『盤上詰め師(チェックメイター)/毒牙・・・


 黛蒼斗はとある庭園のベンチに座りながら携帯を眺めていた。


 そこは庭園というより自然公園のような場所で、デート中のカップルやランニング中の生徒が行き交っている。

 蒼斗は携帯画面を長い前髪の隙間から見つめながら、くすりと微笑んだ。


(…これが、『最神種者ノヴァ・シード』の力の一端、ですか)


 と、そこへ。


「何一人で笑ってるの?」


「っ!」

 不意に声をかけられ、振り向く。


 そこに立っていたのは雹堂莉音ひょうどう りおんだった。

 いつも通りボーイッシュな佇まいで、氷のように凍てついた瞳が蒼斗を刺すように見つめている。


「…笑いもしますよ」

 蒼斗は肩を竦めて携帯を振った。

「これ、見ました? さすが白鳥さん。『戦乙女ヴァルキリー』と呼ばれるだけあって戦うとなったら容赦ないですね」


「見た。……結果なんて見えてたし、驚かない」

 雹堂が冷たく言い放つ。


「…詩宝橋さんが負けると思ってた?」


「うん。……黛もわかってたでしょ? 『首席』でも足元掬われる可能性あるとか言ってたけど……仲良しこよしの詩宝橋じゃ勝てないって」


「わかってましたけど、こんなにあっけなく決着がつくとは思いませんでした。……僕の予想では詩宝橋さんが『社交会』当日まで粘っての大敗でした。ですが、白鳥さんの火力が高すぎましたね。誰の目にも明らかな大差がついてしまいました」

 どうやら白鳥澪華は実力を小出しにするつもりはあまりないようだ。蒼斗は心のメモに加えておいた。


「…ですが」

 蒼斗が薄らと笑う。

「詩宝橋さんは十分役目を果たしてくれました。…この前哨戦・・・のおかげで生徒達にも僕対白鳥さんの構図が強く印象付けられたはずです。こういうのは何度もインプットさせるのが大事ですからね。僕が公衆の面前で宣戦布告し、一番槍として詩宝橋さんが仕掛ける。これで『白虎』だけでなく、他の三学園の関心もそれなりに引けてるでしょう」


「それだけ注目されれば、もう『首席』としては勝負から降りることは許されないわけね」


「その通りです」


「……それじゃ、」

 雹堂が目を細める。

「そろそろ本格的に仕掛けるってこと?」


「はい」


黛が頷く。


「本格的に『首席』の権限を獲りにいきます」




 ■ ■ ■




「……ねぇ、爛々らんらん


「ん〜? な〜に?」


「……なんか僕、忘れられてない?」


「かもね〜」


「………そろそろ、僕も混ぜて・・・もらおうかなっ」


「うん! 行こう!」




 ■ ■ ■

 



 白鳥澪華は自身の『住家』の二階にあるモニターの前で頭を下げていた。金髪のポニーテールが頬に触れる。

「早速協力頂いてありがとうございます。『樹嶺長』


 そのモニターに映る人物『樹嶺長』は「いいのよ」と微笑んだ。

『むしろ私の方がお礼を言いたいぐらいよ。……今回の件で「神羅界の樹ユグドラシル」の登録者が一気に増えたわ。しかも『最神種者ノヴァ・シード』の景色の一部を見せることでモチベーションが一層増す。

 これが一般校の生徒ならすぐに熱が冷めて継続率や解約率に影響が出るところだけど、『四神苑』に通う生徒だけあって地道に続けてくれる子が多そうね』


「はい。『樹嶺長』の計らいで最初の登録料も30パーセント引きにして頂いたので、この機を逃さず登録しようとみんな動いてくれています」


『普凡科』の生徒は言わばフリーランス。

 個々人の実績や肩書きが特に重要。

 澪華の狙いは間違えてはいなかった。


『何はともあれ、これで一人目撃破ってところかしら?』

 話題の焦点を澪華の勝負に変える『樹嶺長』。


「はい。…ただこの前哨戦に関しては『次席』の彼も結果は見えていたように思います」


『その詩宝橋さんという方としっかり争うことで『次席』の子との対決が生徒達にも定着した。…ふふっ、これで簡単には逃げられないわね、澪華』


 楽しそうに笑う『樹嶺長』に、澪華は強気な笑みを返した。

「元より逃げるつもりなどありません」


 澪華の言葉を受けて『樹嶺長』がまた微笑んだ。


『…そうそう』

 すると『樹嶺長』が思い出したように言う。

『先に澪華に確認しておきたいんだけど、今回の「次席」の子との勝負で「聖財の泉ウルズ」を使う予定はある?』


聖財の泉ウルズ』。

 それは『神羅界の樹ユグドラシル』の生徒が無利子無利息で借りれる銀行口座のようなものだ。

 ランクに応じて借りられる金額は限られているのだが、『最神種者ノヴァ・シード』は投資という形で実質頂く・・ことができる。


 つまり澪華は莫大な額の資金援助を得られるのだ。



「『聖財の泉ウルズ』を使う予定はありません」

 澪華ははっきりと答えた。

「お金を使った物量作戦は使い方を誤れば生徒から忌避される可能性もありますからね」


『そう。…あ、勘違いしないでね』

 少し申し訳なさそうに『樹嶺長』が言う。

『知っての通り、貴女達「最神種者ノヴァ・シード」はわざわざ私に許可を取らなくても、いつでも口座からお金を下ろしていいのよ。……ただ澪華が既に「聖財の泉ウルズ」を使う予定があったら把握しておきたかったの』


「わかっています。他の『最神種者ノヴァ・シード』も使うから管理が大変ですよね」


『そう言ってもらえると助かるわ』

 笑みを浮かべた『樹嶺長』が話を戻す。

『……それで、「次席」の子が次にどんな手で出るか、検討はついてるの? それとも次は澪華から仕掛けるつもり?』


「はい。…次は私から彼の仲間の誰かを脱落させようかとも考えていたのですが、それより早く『次席』の彼が動き出しました。……と言いますか、私に直接メッセージが来たんです」

 澪華が言うと、『樹嶺長』が興味津々に目を輝かせる。


『どんなメッセージ?』


「私と話し合いがしたいと。……要するに『交渉』ですよ」



 早くも『盤上詰め師チェックメイター』と呼ばれる交渉の達人、黛蒼斗まゆずみ あおとが動き出したのだ。




 ■ ■ ■




 入学後約一週間が経った。


 昨日、白鳥澪華と詩宝橋胡桃の『社交会』が開かれた。

 澪華の『「神羅界の樹ユグドラシル」専用仮想通貨「ノルン」説明会』は盛況の内に終わった。詩宝橋胡桃の『春の蕾会』は中止することも考えられたが、けじめとして開催することにしたらしい。来場客数は雀の涙ほどではあったが、詩宝橋胡桃の理念に賛同を示してくれる人と出会えたようだ。



 そして迎えた今日。

 澪華は栞咲紅羽と共に本校舎の廊下を真剣な面持ちで歩いていた。

 今二人は、黛蒼斗との舌戦に向かっていた。


「澪華」

 隣の紅羽が口を開く。

「何度も言うけど、絶対に黛くんの提案や条件を全部OKしちゃダメだからね」


「わかってる」

 澪華が肩を落とす。

「うまく躱して、こちらに有利な条件をそれとなく加える、でしょ?」


「わかってるならいいけどね。…澪華って例え相手に有利な条件でも受け入れて話を進める癖があるからなぁ」


 紅羽の言う通り、確かに過去の交渉でも相手の有利な条件を受け入れて進めていた。

 しかしそれは後に自分に有利な形に取り戻せると判断してのことだ。

 当然紅羽はそれも理解しているが、澪華の攻撃的なスタイルを危なっかしく思っているらしい。


 心配無用だと思いつつ、こういった細かいところを忘れないようしっかり伝えてくれる紅羽は本当にありがたい。




 ……その時だった。




「ん?」

 澪華は首を傾げて立ち止まった。


「どうしたの? 澪華」

 澪華はポケットから携帯を取り出した。マナーモードにしていた携帯が震えていたのだ。


「誰かからメッセージが来たみたい」



 言いながら澪華は携帯を開き………、


「………え?」



 目を見開いた。




 ■ ■ ■




 澪華が指定された会議室のドアをノックをせずに開いた。


 こじんまりとしているが一対一で話すには贅沢な広さの部屋だ。


 澪華が姿を現すと、中で待っていた人物が席を立ち、姿勢を正した。

「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

 前髪が目で隠れた少年・黛蒼斗。本日の交渉相手だ。


 後ろに雹堂莉音も控えている。落禅康紘と鯨井帯土の姿は見当たらない。


「お待たせしました」


「いえ、この場を設けた僕が先に待つのは当たり前のことです」

 澪華はそれに対しては何も答えず、椅子を引きながらちらりと雹堂莉音を一瞥した。


「…今日は彼女一人?」


「ええ。鯨井くんはともなく、落禅くんはいない方が白鳥さんとしてもやりやすいでしょう?」


「仲間に対してそんなこと言っていいのかしら」


「仲間だからこそのちょっとした冗談ですよ」


「…そう」

 澪華はそれだけ呟いて着座した。

 そして目を細めて黛を真っ直ぐ見詰める。

「さて、世間話はもういいから、本題から入ってください」


「その前に、」

 黛が手を上げた。

「僕から一つ提案です」

 そして人差し指を部屋の隅に向けた。


「……この話し合い、撮影して・・・・後ほど『牙の導』で公開してもよろしいでしょうか?」


 その指し示す先には、小型のカメラが備え付けられていた。


「……撮影?」

 澪華が眉を顰めた。

 これは予想外の提案だった。


「はい。…自分で言うのも恥ずかしいですが『首席』と『次席』の交渉を見たいと思う生徒もいると思うんです。実際、数十人の生徒に聞いてみたら『是非見たい』という声を多く頂きました」

 なるほど、と澪華は容易く黛の願いが読めた。


 自分が得意とする交渉で『次席』が『首席』を上回る様を撮りたいのだろう。


 しかもここで澪華が断ればその『是非見たい』と言った生徒から広まり、評判に傷がつく。

(…早速、細かいところから仕掛けてきますね)


「どうぞ」

 澪華はあっさりと了承した。

「……他はないですか? なければ本題に入ってください」


「……わかりました」

 黛が素直に頷く。

「僕からの提案は一つです。……白鳥さん、僕と『超遊戯ハイ・ゲーム』で勝負をしませんか?」


「『超遊戯ハイ・ゲーム』…」


「もちろん、ご存じですよね?」


「もちろん」



超遊戯ハイ・ゲーム』。

 大層な名前だが、要はギャンブルのことだ。

『四神苑』では完全AI管理の元のギャンブル『超遊戯ハイ・ゲーム』を採用しており、ここで賭けたモノは必ず執行される。



「お互いに大切なものを賭けたゲームをしませんか?」


「大切なもの、ですか」

 言わずもがな、澪華には『首席』の座を賭けろと言うのだろう。


「…僕達の対決をシンプルにしたいんです」

 黛が結論から述べる。

「今、僕と白鳥さんの対決構図がはっきりしてきている思いますが、詩宝橋さんと白鳥さんが『社交会』対決をしたようなものを幾つもやっても無駄に長期化して鑑賞する生徒達はもちろん、白鳥さんも疲れるでしょう」

 確かに、長々と茶々を入れられ続けるのは気が滅入る。


「だからこそ僕からの提案です。僕と、四対四の『超遊戯ハイ・ゲーム』をしてください」


「……」


 四対四、と言われても驚きはなかった。


 黛陣営は彼合わせて残り四人。黛としてはこのアドバンテージを失う手はないだろう。


「……さらに」

 何も言わない澪華に、黛が畳み掛けるように、口を開いた。

 


「そしてこの『超遊戯ハイ・ゲーム』で僕は……『次席・・の権限全て・・・・・を賭けます」



「……ッ」


 可能性の一つとして考えてはいたが、実際に『次席』を賭けると聞くと驚きはある。


「私の『首席』と、貴方の『次席』を賭けた大勝負、ですか」


「…一つ下・・・と同列に扱われるのは不満ですか?」


「そんなことありませんよ」


『次席』の権限を取得し、それを紅羽に与えれば澪華陣営のこれ以上ない強化が見込める。

 権限は『首席』の下位互換と言えど、活用の幅はとてつもなく広い。


 

 ………しかし、澪華はしっかり見抜いている。



 ………黛に『次席』を賭けるつもりはない・・・・・・・・・、と。



(そもそも四対四の『超遊戯ハイ・ゲーム』が実現しない。…なぜなら私が断るから)


 当たり前と言えば当たり前だ。


 黛側は信頼関係に難ありと言えど、利害が完全に一致したそこらの信頼より強固なチーム。

 対して澪華は仲間集めにまだ力を入れていないので実質紅羽ただ一人。


 ここに来る前に紅羽に注意されたが、この条件だとさすがの澪華もすんなりOKとは言わない。


(黛くんの本当の狙いは、私が別方向へ『超遊戯ハイ・ゲーム』や賭け代をすり替えていくのに沿って黛くんも条件を緩め、最終的に黛くんも大きなリスクを取らずに私の力を削ぐこと)


 おそらく『神羅界の樹ユグドラシル』の力を少しだけ借りるとか、そういった形に収めるつもりなのだろう。

 それだけで澪華には十分ダメージだ。



 雹堂達生徒や、己の『次席』の権限など、強い駒を揃えて相手を追い詰めていく『盤上詰め師チェックメイター』黛蒼斗。


 伊達にそう呼ばれてはいない。



 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………だが。



「いいですよ」



「……………………………………へ?」



 澪華の言葉に、黛が口をぽかんと開けた。前髪で目は見えないが、さぞかし驚いていることだろう。

 そんな黛に、澪華は冷静に告げた。



「やりましょう、四対四の『超遊戯ハイ・ゲーム』」




 ■ ■ ■




(………どういう、ことですか…!?)

 黛蒼斗は何が起きているのか一瞬飲み込めなかった。


『首席』と『次席』の座を賭けた四対四の『超遊戯ハイ・ゲーム』を白鳥澪華が了承した。


 ……そんなことがあるか?


 明らかに黛有利のこの勝負。まさか自分一人で『次席』や『五位』を含めた四人を相手取れる、なんてことを考えるほど愚かではないはずだ。


(………絶対に裏がある……けど、)

 黛は閉じた口の中で下唇を噛んだ。


 ……もうここで引くことはできない。


 自分から『次席』の権限を賭け、撮影までしてしまっている。……ここで黛の方から取り消しはできない。


(……一体白鳥さんはどんな手を打った…!? 一番考えられるのは雹堂さん達三人の誰かを脱落…………………………………………………………………………あ…)



 ………その時、黛の脳裏に……ある人物が、思い浮かんだ。



「…気付きましたか?」



「っ」


 自分がどんな顔だったかわからないが、表情に出てしまっていたらしい。



 白鳥が静かに声をかけてきた。

「そう」



 白鳥が続けて言う。



「既にこの争いは、の毒牙にかかっています」


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